第6話 勇者マコトと白魔法師ノゾミ(2)
なんだっけグループの名前。似たようなのがいくつもあって覚えられない。
とにかく七人で並ぶといつも真ん中に杉浦真琴がいる。電車の中でネットの中でなにか食べたり飲んだり踊ったり車を運転したり、とにかくいろいろな広告に出ているので目にしない日はない。あまりテレビとか見ないおれがフルネームを知っているくらいだから、相当売れているのだろう。
妹は好きなアイドルの名前を主人公の勇者に付けたんだ。
顔や身体つきも、たぶん勇者マコトは杉浦真琴にそっくりだ。
っていうか、妹がキャラクターの外見を杉浦真琴に似せたんだ。
うわ、最近のゲームすごいな。
確か、同じグループにダイゴっていう名前の男もいたはず。ダイゴの方はフルネーム覚えていない。
ということは、ノゾミって、あいつ、兄の名をキャラクターに付けたっていうのか?
なんだよ、あいつ、そんなに兄のことを。
普段は思い切り煙たがっている癖に。
背中がむずむずするような気がしたけれど、謎はすぐに解けた。
……ノゾミ違いだ。
女の子のアイドルグループの、こっちもグループの名前思い出せない。
オーディション番組で選ばれたとかいう十二人で、さらに始終メンバーが入れ替わっているらしいけれど、その中に
そしてノゾミという女の子も同じグループにいたはず。色が白くて目が大きくて髪がロングのストレートの清楚な感じの可愛い子。
……今のおれの顔かたちにそっくり。
でもなに?ノゾミ違いでも、おれ、相沢希はそのアイドルのノゾミって女の子をモデルにしたノゾミになっちまったっていうの?
名前が同じってだけで?
そんなことってある?
っていうか、本物のおれはどこにいった?どうやったら元に戻れる?誰か助けて!
――なんだろう、変な感じ。
時々夢の中で魔法学校の先生になったり、踊り子になったりしたことはあるけれど。
それとは違う、変になまなましい感触。パニックになって泣き叫びたい気持ちになった。嫌だわ。
しかも何を悲しんでいるのかさっぱりわからない。何?アイドルって、広告って?
落ち着きなさい白魔法師ノゾミ。わたしの使命は、旅の終わりまで勇者マコトをサポートすることよ。今はそれ以外のことに惑わされている場合ではないというのに。どうして変な雑音がわたしの中に入り込んでいるのかしら。
疲れているのかしら。白昼夢でも見ているのかしら。嫌だわ。
ちゃんと眠っておかないと明日は前回失敗した
満点の星空にぽっかりと浮かぶ月を仰ぎ見る。
故郷ピピンの村で見た夜空を思い出す。
父さん、母さんは元気かしら。
平和だったピピンの村は魔王が復活して変わってしまったという。
魔王の復活はわたしの生まれるよりも前の話なので、長老さまや父や母から聞いた話なのだけど。
魔王が復活する前は、村を出てもネズミやバッタに襲われることはなかったそうだ。動物たちはむしろ人間が近づくと逃げていたのですって。信じられない。
今は武装せずに村の外へ出るなんて考えられない。特に夜なんて腕に覚えのある護衛がいなければ、村の外は生きるか死ぬかの危険な場所になってしまった。魔王復活前は、村の外で怖れられたのはむしろ山賊や追剥などの人間たちで、動物たちをそこまで警戒する必要はなかったのですって。
魔王の復活後、村の外は危険地帯になってしまった。他の村や町との行き来がしにくくなり、交易がしにくくなっただけではなく、村から出て畑作をすることが困難になってしまった。
ピピンのような小さい農村には大打撃だった。土を耕しているだけで、麦畑や野菜畑に育つ作物の世話をしているだけで、噛みネズミや軍隊バッタ、空からは性悪スズメに暴れカラス、地中からは絡まりミミズや泥モグラに襲われてしまう。長い間、争いもなく平和に暮らしてきたピピンの村の人々は武器を持ったこともなくて、鋤や鍬でモンスターに応戦してもまったく歯が立たない。ピピンの村の収穫は激減し、村人たちはみんな貧しく腹を空かせている。
父さん、母さんはお腹が空いているのに、いつもわたしに自分の分のパンをくれた。
「娘よ。おまえには白魔法の才能がある。おまえはわたしたちの誇りだ。どうか勇者を手助けしてさしあげるのだ」
「どうしたの?眠れないの?」
頭に盛大な寝癖をつけたマコトがひょっこり現れた。
――杉浦真琴だよ、間違いない。
改めてよく見ると、勇者マコトは杉浦真琴によく似ている。黒々とした瞳はちょっと垂れ目で、少しこけた頬、高い鼻筋、さらさらの前髪。すっと弧を描いたような眉が笑うと少し下がるところまで。
今どきのゲームのグラフィックすごい。
そしてここまで綿密にキャラメイクした妹の執念もすごい。
あ、そうか。
ダイロキューサで碌に情報も集めず
主人公の勇者を操作しているのは妹じゃないか。
あいつが粗忽者なんだ。
道理で、あいつ、他人の話なんか聞きやしないからなあ。
ちょっと待てよ。妹が操作するって、あんないい加減な奴が神さまのごとくおれたちの運命の主導権握っておれたちの生殺与奪の権を握ってこれからもあんな危険な目に遭わせるってこと?
右足をちぎられた恐怖と激痛を生々しく思い出して吐きそうになる。あんな目に遭うのは二度と御免だ。っていうか、おれ、いつまでここにいなきゃならないの?どうしたら元の高校生に戻れるの?
「顔色悪いよ。疲れているの?」
マコトはごく自然に隣に腰かけると心配そうにおれの顔を覗き込んだ。
近い近い。
白魔法師ノゾミの心臓が早鐘をうつ。
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