第4話 町の音楽、戦いの音楽(3)

「みんな、来て頂戴!」

 サヤがメモを片手にみんなを呼ぶ。

 サヤとわたしで集まった情報を整理する。ダイゴの重々しい相槌あいづちは話を先に進めてくれる。時にマコトが見当違いの方向に話を持っていこうとするのを三人がかりで軌道修正しているうちに、答えは自ずから導かれる。

「爆薬と導火線」

「町長さんに至急会わなければね」

「戦っちゃいけなかったのね、ガゴンドラクスとは」

「道理であの竜、強すぎると思った」

「うむ」

「じゃあ、さっそく町長さんのお屋敷に急ぎましょう。収穫祭が目先に迫っているから、早くしないと」

「町の東の方だって」

「うむ」

「え、どういうこと?どういうこと?」


 町長はもう何十年もダイロキューサの町を治めているおじいさんで、真っ白な髪と髭と刻まれた深い皺が故郷ピピンの村の長老さまを思い出させる。わたしたちが訪れると町長は目に涙をいっぱいに溜めて歓迎してくれた。

「よく来て下さった、勇者どの。これでようやく娘たちを差し出さずにすむ。ああ、わしが長い間、こうして町長をつとめておったのは、こうしてあなたたちにこの呪文を伝えるためだったのかもしれぬなあ」

 わたしたち、一度失敗しているのだけどね。

 数百年前に竜ガゴンドラクスを封印したという呪文はこの町の町長に代々受け継がれていた。呪術的な魔法なので、町長の口伝くでんで黒魔術師サヤが覚えることになる。

 町長の広く、風通しの良い部屋の中で、神妙な顔をした勇者マコトと戦士ダイゴ、そして白魔法師のわたしが並んで座っている。町長は正面に座ったサヤに低い声で呪文を伝え、サヤがよく通る声で呪文を繰り返す。長い呪文なので何度も同じところを言い直す。サヤも繰り返す。心地良い響き。なんだか眠くなってくる。すでにマコトは船を漕いでいる。風に乗って外から音楽が聞こえてくる。

「あの、この音楽、ずっと流れていますよね」

 サヤに呪文を伝え終わり、感無量の顔をしている町長に思い切って尋ねてみる。

「どこでどなたが演奏しているのでしょうか?」

「……はて?」

 町長は首をひねった。「音楽、音楽ねえ。ふむ、確かに聞こえるのお。これまでそんなこと考えたこともなかったのう。なにしろずうっと流れているからのう」

「ずっとなんですか?休みなく?」

「そう言われたらそうじゃのう」

「みんな、行くぞ。いざ、竜のほこらへ」

 うたた寝をしていたマコトが突然目を見開き立ち上がって歩き出す。

「その前に爆薬と導火線でしょ」サヤが冷静に突っ込む。


 爆薬と導火線は町を出て10㎞南の工事現場にあるという。山にトンネルを掘っているのだそうだが、附近に出没するモンスターのために工事は遅々として進まないという。

 わたしたちは町を出てしばらく歩いた。そして鬱蒼うっそうと茂った、昼間でも暗い森の中に入る。巨木の梢が太陽の光を遮って空気がひんやりしている。土と苔の匂いがする。

 気をつけなければならない。

 人の住む町から遠ざかれば遠ざかるほどモンスターは多くなる。森の中や山の中、木の陰に、藪の中はモンスターの格好の住処すみかだ。魔王が復活する前、彼等は野ネズミとしてシカとしてイノシシとして、さまざまな種類の生きとし生けるものとして、普通に暮らしていたのだ。それなのに魔王復活以来、タガが外れたように狂暴となり、特に人間に対して敵意を持って襲いかかってくるようになった。村や町の外に出て旅をするのは、今や命の危険を伴うことだ。

「あまり弱いモンスターは向こうからは襲ってこないはず。出会いがしらを避けて、注意深く進みましょう」

「そうね、ここは無用な戦いを避けるべきだわ。『聖水』撒いとく?」

「うむ」

 故郷ピピンの村を出発した時はやっとの思いで倒していた噛みネズミやつのウサギ、突進イノシシなどはもうわたしたちの敵ではない。弱すぎる敵は避ける方が無難だ。わたしは腰に下げた麻の薬袋から聖水の瓶を探す。

 それなのに。

「わあっ」

 先頭を歩いていたマコトが踏んづけたのは強臭きょうしゅうスカンクの尾。怒り狂うスカンクは牙をむき、甲高い鳴き声で味方を呼び寄せ、たちまちわたしたちは取り囲まれた。強臭スカンク、この毒を浴びたら厄介だ。おまけにとてつもなく臭い。

 やむなく戦闘態勢に入る。

 あれ、この音楽。

 森の中でもずっと音楽が聞こえていると思っていた。ダイロキューサの町で聞こえていた曲とは違う曲になったようだったけれど、演奏している人たちもさすがにずっと同じ曲では飽きるのだろうなあ、いったいどこまでこの音楽、聞こえてくるのだろうと思いながら歩いていた。

 今、流れているのはテンポの速い勇壮な曲。身体の奥からやる気がわいてくるような、杖を握りしめたこの手に思わず力が入るような元気がでる曲。

 そして聞き覚えがある曲。

 聞いたことがある。そう、何度も何度も。

 いつ?

 いつって、いつもでしょう?わたしたちはモンスターと対峙たいじする度にいつだってこの曲に励まされてきたじゃない。

 

 ――それだけじゃない。

 階段を降りると、薄暗い部屋。そこだけが光っているモニター。

 モニターの光に照らされる黒い髪。薄いグレーのスウェット上下。

 そして、この曲。なんだか行進したくなるような軽快なこの曲。

 ただし夜中に流すにはボリュームが大きすぎる。

「ちょっと、何時だと思ってるんだよ」

 思わず声が出た。

「夜中だぞ、うるさいじゃないか」

 母さんはもうずっと腫れ物に触るように妹を扱っている。

 自分だってわざわざ妹に声をかけたくない。でもさ、夜遅くまで期末テストの勉強をしていてさ、正直あまりはかどらなくてイライラしていたところにさ、下の階から繰り返し繰り返しこの同じ音楽が聞こえてくるものだから切れたくもなるさ。

 妹はこっちを向いた。

 まるで毛虫でも見るような目付き。

 そしてまたモニターをじっと見つめて手元のコントローラーを動かす。

 無視かい。

 モニターの中では、巨大なイノシシのようなモンスターが大暴れしている。時折画面をはみ出さんばかりに突進してくる。その度に妹の操作しているキャラクターたちはダメージを受けるらしく「うっ」とか「きゃっ」という悲鳴とともに画面が赤く揺れる。

 妹の操作するキャラクターは四人。中世の騎士のような鎧を身に付け、剣を振るうイケメン。大きな盾を構えるガタイの良い、これもイケメン。色っぽい美人の魔法使いと、修道女のような黒いローブ姿の女性。

 よくあるゲームだな。

 なんか話題になっていたよな、このゲーム。グラフィックとか凄いんだけど内容がレトロで初心者でも親しみやすいとかなんとか。有名なゲームクリエイター、馬頭なんとかっていう人の新作。

 うん、おれも小学生の時はRPGに夢中になったもんだ。何時間もプレイしてなかなか寝ないからよく母さんに怒られていた。

 中学受験で塾に通い始めたのをきっかけに、この手のゲームはやらなくなっちゃったなあ、だって時間がかかるから。

 へえ、でもすごいな。本当だ、しばらく見ないうちに映像めっちゃ綺麗になってない?イノシシもすげえリアルだ、あの毛皮のフサフサ具合ときたら。鳴き声なんか本物みたい、それになにこの滑らかな動き。うわ、魔法すげえ。まるで本当に燃えているみたいな炎の魔法、氷の魔法の空気が凍りつく音なんてすげえ。

 画面に見とれていると、妹はこちらを見向きもせずに言った。

「きもっ」


 気がつくと目の前の戦闘は終わっていた。

「もう気をつけてよね、よりによってスカンクを踏んじゃうなんて」とサヤ。

「悪い悪い、ノゾミ、毒を受けちまったんだ。頼むよ」

 言われて強臭スカンクから毒を受けて紫色の顔をしているマコトに毒消しの魔法をかける。でも毒を消してもなお、漂ってくる悪臭。

 マコトと三人の距離が少し離れる。

 BGMは戦闘の音楽から、森の中の音楽へ戻っていた。


 ――これは妹がプレイしていたゲームだ。

 思わず手を見る。ほっそりした白い手で自分の頬をつねる。痛い。

 あの時、妹の頭越しに見た画面の、四人のキャラクターのうちの、黒いローブに黒いつば広の帽子を被っていた、いかにも回復係な感じの魔法使いだ。

 それがおれ?

 森の中のしっとりした空気も、固い土を踏みしめて歩く足も、木製の杖のごつごつした感触も間違いなく自分のものだ。

 もう片方の頬もつねる。痛い。

 それに竜ガゴンドラクスに右足を引きちぎられた時の身体を貫く激痛ときたら、思い出すだけでも震えがくる。あれは夢なんかじゃない。

 うつむいた頬に栗色の髪がかかる。胸のあたりまである髪は、触ってみるとしっとりさらさらだ。

 胸が丸く膨らんでいる。

 触ってみるとやわlkjhgfさmんbvcxz

 夢じゃない。

 なにが、どうして、こうなった?



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