第3話 町の音楽、戦いの音楽(2)

 サヤとダイゴの回復を待って、それからマコトの頭の包帯を外してもらって、旅の記録をつけてもらって、たいへんお世話になった医者兼聖職者のおじさまに何度も頭を下げて、教会を出る。

 ここは四方を山に囲まれたダイロキューサの町。

 山の斜面を活かした広大な果樹園は世界的に名高く、四季折々の果物が自慢の町だ。

 特にブドウは有名で、隆線りゅうせんに沿って延々と広がるブドウ棚と網の目のようにびっしりと張り巡らされたつるとたわわに実る宝石のような一面のブドウは一見の価値ありだ。わたしたちが訪れた時には濃い紫色に熟したブドウの甘い匂いがそこかしこに漂っていた。ブドウは収穫を待つばかり。収穫のあかつきには町で華々しく収穫祭が催されるという。

 そのダイロキューサの町から半日ほど西に進むと、山のふもとにわたしたちが危うく全滅しそうになった、竜ガゴンドラクスの住まうほこらがある。

 

 魔王が復活した時、それまで長い間竜の祠の奥底でずっと鳴りを潜めていたガゴンドラクスはにわかに活気づいて、毎年の収穫祭の季節に、ダイロキューサの町の娘を生贄いけにえとして捧げることを要求してきた。

 断るとガゴンドラクスは町を襲った。炎と鍵爪で多数の死者が出たという。

 勇気ある者が何人も祠へ挑んできたが、その度に返り討ちにあった。

 それからというものダイロキューサの町は収穫祭の度に生贄を差し出すようになっている。哀れな娘はたった一人で祠に入らなければならず、そして生きて帰って来た者は一人もいない。生贄の娘が逃げようものなら、祠から出てきたガゴンドラクスに町が悲惨な目にあうことはもはや火を見るよりも明らかで、だから町の人たちは胸が張り裂けるような思いで、毎年娘を一人、生贄にする。

 今年の収穫祭の生贄の娘は既に籤引くじびきで決まっていた。

 わたしたち四人がダイロキューサの町に入った時、待ち構えていたように生贄の娘の両親が飛び出してきて、勇者マコトの足に取りすがり、涙を流して訴えてきたのだった。

「お願いです、勇者さま、助けてください」「この娘がいなくなったら、わしらも生きていられません」「たった一人の娘なんです」「どうかお願いします、勇者さま」

 マコトは直ちに祠へ、ガゴンドラクス退治に向かうとその場で宣言した。

 そしてその足ですぐに、入ったばかりのダイロキューサの町を出て、祠へ行ったのだ。

 準備もせずに。

 ずんずん奥へと進んでいって、祠の主と出会うと躊躇ちゅうちょなく「戦う」を選んだマコト。

 その結果がこの有様。


「もうちょっとちゃんと町の人たちの話を聞こうよ」

 だから黒魔術師サヤの言うことはもっともだ。

 サヤは胸元も露わなチューブトップに長い手足が透けて見える薄衣うすぎぬをまとい、大ぶりのネックレスにイヤリングが動くたびにシャラシャラ音を立てる。

 そして快晴の空のような真っ青な髪色をしている。別に赤髪も緑色の髪も珍しくはないのだけど、サヤのようなはっきりした色の青い髪はとても珍しくて目立つ。その青い髪を頭のてっぺんで結んでいて背中に豊かな毛量を垂らしている。青い毛先は動くたびにゆらゆら揺れる。さらにいつもメイクに余念がなく、今日もサヤの眉と睫毛は完璧な角度と分量。そこにいるだけでとても人目を惹く、派手なおねえさんなのだけど、サヤの黒魔術の腕は一級品。それに元はといえば敵方のスパイだった訳で、なかなかの苦労人なのだ。人は見かけによらない。

「ちょっと、そこのお兄さん」

 サヤはさっそく梨や栗や柿がどっさり積まれた荷台を引いている若者に声をかけた。お天気の話からはじめて、収穫祭のこと、そしてガゴンドラクスに捧げる生贄のことまで上手く聞き出している。

 情報は命!

 負けてられないとばかりにマコトも道端で遊んでいる子どもたちに愛想よく声をかける。

「じゃあ、わたしも」

 買い物かごを手に石畳を歩いているおばあさんにこんにちはと声をかけた。

 ガゴンドラクスが復活する前は、収穫祭には観光客がどっさりやって来て、市場には数えきれないほどの露店が並び、移動遊園地や移動動物園が華やかに繰り広げられ、芝居小屋に大道芸人たち、楽隊が一日中音楽を奏でて「それはそれは賑やかなお祭りだったのよ」話を聞くと、おばあさんは懐かしそうに目を細めた。

「でもねえ、今はもう祠に送られる娘さんが可哀そうで可哀そうで」おばあさんはそっと目の端に浮かんだ涙を拭った。

 ダイロキューサの町は、生贄に選ばれた娘を思って暗く重い空気が支配している。なのだけど、町の片隅にはこっそりと小さいカボチャの人形が飾ってあったりして、後ろめたくも近づく収穫祭を心待ちにする気配もある。

 わたしたちは、この世界を救うために魔王を倒そうと旅をする勇者とその三人の仲間だ。この世界を統べる国王陛下のお墨付きもたまわったので、勇者マコトの名前は広く国中に広がった。どの町を訪れようとも大抵たいてい歓迎される。そして大概の人はたいへん親切で協力的、情報は惜しげもなく開示してくれる。

 おばあさんにひとしきり話を聞いてから別れて、わたしはふと思った。

「ねえ、さっきから音楽が流れているわよね」

 ダイゴがうなずいた。

 わたしよりも身長も体重も縦幅も横幅も大きな戦士ダイゴは、その広い背中よりも大きく重く頑丈な亀の甲羅のような大盾を常に背負っている。前に持たせてもらったことがあるけど、わたし一人の力じゃ数cmしか持ち上げられない。その重い盾は寝る時以外、当たり前のように彼の背中に陣取っている。食事の時も外さない。

 ダイゴは普段ほとんど喋らない。

 こうして他の三人が町の人たちに声をかけて情報収集にいそしんでいる時でも、ごく当然のような顔をして一人何も言わずにただ待っている。

 はじめはとても気難しい人なのかと思って多少敬遠していたのだけれど、だんだんと物静かな人だということが分かってきた。あまり表情を変えないのだけどその目は穏やかで優しい。なによりも戦闘となるといつも一番前で敵の攻撃を受け止めてくれるのだから頼もしい。

「収穫祭が近いから、どこかで誰かが演奏しているのかしら」

 ダイゴは何も言わず片方の眉を上げる。

「でも教会を出てからこの音楽、ずーっと流れているわよねえ。演奏している人たちずっと弾き続けているのかしら。疲れないのかしら」

「……」

「さっき話を聞いたおばあさんは収穫祭になると楽隊がやって来て一日中音楽を奏でるのだと言っていたわ。でもそれはガゴンドラクスが生贄を要求する前の話のはずだし、そもそもまだ収穫祭でもないのにねえ……」

「……当たり前だと思っていたから、今までそのことを考えたことはなかったな」

 ダイゴがぽつりと言った。

「え?」

「……音楽はいつも流れているものではないのか?」









 

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