第2話 町の音楽、戦いの音楽(1)

 目覚めたら、天井が白かった。

 おそるおそる手を伸ばしてみると、わたしの右足の感触があった。

 そーーっと動かしてみる。右足の親指がもぞもぞ動く。ちゃんと反応する。叩くと痛い、つねると痛い、くすぐったらむず痒い。ちゃんと、ある。

 なによりも、わたし、生きてる。

 息を吸って、吐いた。

 清潔な布団カバーとシーツの香りがする。窓のカーテンが風に吹かれてふわりと揺れて、外の爽やかな空気を運んでくれる。

 言葉にならない思いに胸いっぱいになると同時に不安になる。他のみんなは?マコトは?

 首をぐるりと動かすと、木製のベッドが並んでいてダイゴとサヤが眠っているのが見えた。死んでいないよね、生きているよね。

「気がついた?」

 マコトだった。

 頭に包帯を巻いているけれど、それ以外は大丈夫そうだ。生きてる。

 ふうーーーーーーーっとお腹の底から息をついた。よかった、マコト、元気だあ、よかったあ。

 わたしがついていながらマコトをむざむざと死なせてしまったら、ピピン村の長老さまをはじめ、期待を寄せてくれている村の人たち、何にもまして両親に会わせる顔がなかったわ。ああ、よかった、本当によかったあ。目の奥が熱くなる。

「ここは村の教会の中にある病院だよ。おれがみんなを連れて来たんだからね」

 しばし得意そうに鼻を高くした後、マコトは言った。

「あの時、ノゾミがおれに回復魔法をかけてくれたから、みんなが助かったんだよ」

 ニコニコと屈託なくマコトは話す。

「ノゾミの後、サヤもがんばったんだけど死んじゃってさ。その後はおれとダイゴで結構粘ったんだよ。ダイゴが盾を片手に大立ち回りするところ、かっこよかったよ。でもさ、やっぱり薬だけの回復じゃ全然間に合わなくてさ、ダイゴもやられた。おれ、たった一人になっちゃって、さすがにヤバい!と思って、それからは逃げる一択。ガゴンドラクスの攻撃を必死に避けながら、ノゾミとサヤをこう、こんな感じに両肩に担いで走ったんだぜ。両腕は塞がるし重いしで、ダイゴはおれのベルトを鎧に引っ掛けて引きずりながら走ったよ。こんな風にずるずると」

 マコトは全身を使ってわたしが死んだ後の様子を再現してくれた。いつもマコトが喋る時は身振り手振りが大きい。

「大変だったんだよう。三人は重いし、ガゴンドラクスは炎を吐き続けるし、ほら、おれの髪の毛、炎に焼かれてちりちりになってしまった。怪我と違ってこのちりちりは治るまで少々時間がかかりますねとお医者さんが言っててね。いや髪なんてどうでもいいや。とにかく背中にずっとドラゴンの炎を浴びて、熱いし痛いしおれもほとんど死にそうになっていた。やっとほこらの出口にたどり着いた時ははっきり言って瀕死ひんしだったね。ぎりぎりセーフだったよ、本当にぎりぎり。ノゾミがあの時回復魔法をかけてくれなかったら、きっとおれもやられちまって四人とも祠の中で全滅していたよ」

 大きな瞳に星を輝かせながらマコトが喋ると、死線を彷徨さまよった深刻な物語もいつものなんてことのない日常のようになる。生まれついての勇者は生まれながらにして明るく周りを照らしてくれる。話を聞いているだけで自然と笑顔になる。

「ノゾミはさあ、足をふっ飛ばされていたからそれもちゃんと持って帰ったんだよ。これがなかなか重いし嵩張かさばるんだ。足一本ごろんと転がっていたのを、ほら、こうやって脇の下に挟んでさ。太くて重くてずるずる落ちそうになるのをこうして脇を締めてよいしょと運んだんだ」

「……」

 勇者はデリカシーには欠けるらしい。

 白衣の医者が現れた。

 お医者さんが言うには、わたしたち三人は完全に死亡していたし、マコトもかなり危なかったらしい。

 わたしはベッドに上半身を起こして丁寧に礼を言う。

「傷は全部治っていますし、気力も体力も充実しています。先生の完全復活の魔法はいつも本当に素晴らしいですね」

 

 この世界のほとんどの町や村では、医者は聖職者を兼ねている。

 彼ら医者兼聖職者の能力は高く、戦いで敗れて死んだ人もこうして復活の魔法でよみがえらせることができる。毒を浴びて衰弱した身体も、麻痺して動かなくなった身体もたちどころに直してくれる。それにわたしたちの旅を記録につけてくれるという重要な役割も果たしている。

 わたしは白魔法師なのだけど、やっと身につけた復活の魔法はまだ不完全で、死から蘇ったとしても重傷の状態だし、そもそも死から蘇らせることのできる確率も低い。何度も呪文を繰り返さなければならなくて、その間にわたしの方が消耗しょうもうしてしまうこともたびたび。

 だったら、わたしなんぞの中途半端な白魔法師よりも彼ら医者兼聖職者のおじさまたちが勇者とともに旅をしたらいいのに、と思うでしょ。わたしもそう思う。

 だけど彼ら医者兼聖職者のおじさまたちは、自分の担当する地域から離れることができないのだ。絶対に。

 これはこの世界の自明のルールなのだ。

 夜の次には朝が来るのと同じくらいの当たり前の常識のルール。

 それからわたしたちの仲間が、一人の生き残りも無く全滅してしまったら、ということも同じくらいに明々白々のルールだ。そこら辺の子どもだってそんなこと常識だよって言うでしょう。

 なぜって言われても、そうだから、としか言いようがないわね。

 手からリンゴを落とせば、下に落ちる。上に行ったり横向きに行ったりしない。例えて言うならば、そういうこと。

 だから今回は本当に危なかった……よかった、みんなこうして生き返らせてもらって。本当によかった。


 

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