あなたに回復魔法

@happy-writing

第1話 プロローグ

 悲鳴のような絶叫でわたしを呼ぶ声が聞こえる。

 痛みしか感じない。

 まるで全身が焼かれているかのような苦痛。

 自分のものでないような咆哮ほうこうの後は、もう声もでない。痛い、苦しい。

 わたしの目の前には、さっきまでわたしだった足が血だまりの中で白いふくらはぎをさらしている。

 なに、これ。

 どうなっちゃうの、これ。

 こんなことってある?さっきまで自分だった足を怖くてまともに見ていられない。

 それに痛い、痛いよう、痛すぎておかしくなりそう。

 がっくりと力を失い、血の海の中に崩れ落ちる。

「ノゾミ!」

 黒魔術師のサヤが泣きそうな顔をしてわたしの肩を抱く。

 サヤの真っ白な衣装がわたしの流した血で染まる。

 いつも人一倍お洒落しゃれに神経をとがらせているサヤの袖口が、襟元が赤黒く汚れていく。

 そう言うサヤも傷だらけじゃない。顔色も悪いよ。きっと魔力を使い過ぎたのよ。

 喋ろうとしても声が出ない、どうしよう、全身から力が抜けていく。

 前衛ぜんえいの二人は、勇者マコトと戦士ダイゴは、まだ戦っている。

 魔のほこらの主、竜ガゴンドラクスと。

 ガゴンドラクスはその翼を広げると家一軒すっぽり覆ってしまうほど大きくて、すごい威圧感。つま先の鍵爪かぎづめなんて大人一人軽々運ぶことのできる大きさだ。

 天井には氷柱のような鍾乳石しょうにゅうせき、地上には無数の石筍せきじゅん、魔の祠は地底深くへと続く巨大な洞窟だった。

 祠の奥底にやっとたどり着いたと思ったら、ガゴンドラクスと「戦う」を選んであっという間にこの有様。

 あの鋭い鍵爪にやられたんだ、わたし。

 痛くてたまらない。

 ガゴンドラクスは炎を吐き、鍵爪を振り回す。ダイゴは頑丈な盾でドラゴンの炎を受け止め、マコトは剣で懸命の一撃を加える。防ぎきれなかった鍵爪がわたしの足を切り裂いた。

 マコトが振り返ってなにか叫んでいる。

 わたしを見て必死に叫んでいる。

 マコトがなにを言っているのか聞こえない。応えようにも声も出ない。

 油断しないで、ガゴンドラクスはまだほとんどダメージを受けていない。

 それなのに、白魔法師のわたしが倒れてしまうなんて、なんという不覚。

 マコトの顔が苦痛に歪む。ガゴンドラクスの鍵爪攻撃をまともに食らったのだ。お願いだから、わたしの方を見ないで、敵に集中して!

 もう痛みも感じなくなってきた。

 巨大なドラゴンに立ち向かう勇者マコトの背を見つめる。

 勇者マコト、あなたは魔王の支配する、この絶望の世界の中で、たった一つの希望の光。わたしたちの故郷小さな村ピピンで生まれて育った、たった一人の勇者。

 わたしはもう駄目だ。

 ならばわたしの最後の力を振り絞って、あなたに回復魔法。

 

 サヤがわたしを呼ぶ声が遠ざかっていく。

 目の前が霞んで光を失っていく。

 ああ、あれは村の長老さま。ピピンの村の広場で、まだ赤ちゃんのマコトを抱いて涙を流しながら村人たちに語りかけている。みんなで長老さまの言葉を聞いて、母さんが子どものわたしの手をぎゅっと握り締めたことをよく覚えている。あの時わたしは小さな勇者を守ろうと心に決めた。

 それから魔法学校で優秀な成績を修めた時の喜び、立派に成長したマコトと再会した時の感激、旅立ちの朝の父さん、母さんの涙、ダイゴとの出会い、初めは敵のスパイだったサヤとの出会い。いよいよ王さまに謁見えっけんできるという時の緊張とくすぐったいような誇り……

 これが走馬灯というものなのね。

 それから深夜の父さんと母さんの言い争う声、妹の、まるで毛虫でも見るような目つき。「きもっ」っておまえ、それわざと聞こえるように言っているだろ。それからみんなが退会してたった一人で残されたLineの画面……

 え、なに、この走馬灯。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る