秘密基地

 実習棟にある美術準備室は昼休みの間だけ、私たちの秘密基地になる。

「ねえ彩花、好きだよ」

 雪乃は髪を耳にかけながら、甘い声で私に囁いた。遠いところから響く昼休みの喧騒を聞きながら、雪乃の唇を受け入れる。雪乃からはふんわり甘いシャンプーの匂いがして、私の心臓は鼓動を早めた。この音が雪乃にも聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらい、この部屋はとても静かだ。

 教室棟から中庭を挟んで反対側にある実習棟は、移動教室の時にしか訪れることのない場所だ。その中でも美術準備室は渡り廊下から一番離れた位置にあるせいか、滅多に人が通らない場所だった。

 雪乃がキスをしながら、制服の上からそっと私の胸に触れた。ドキドキしてたまらなくて、震える手でそっとスカートの裾を握る。皺になってしまうかもしれないと思ったけれど、そんなの途中からどうでも良くなってしまった。

 触れ合った唇から柔らかく溶けていくようなキスだった。お互いの境界線がグズグズに溶けて、雪乃と私がひとつになっていくような甘いキス。もっとを強請るように雪乃の腕を掴んだ瞬間、意地悪なチャイムに現実に引き戻されてしまった。

「……戻ろう」

 キスをやめて、雪乃は残念そうにそう言った。昼休みが終わればここは私たちの秘密基地ではなくなってしまう。この部屋の扉から一歩外に出れば、私たちはただの友達に戻るのだ。二人だけの時間は終わり、この熱も鼓動も無かったかのように振る舞わなければならない。そう思ったら胸が空っぽになってしまう気がして、なかなか首を縦に振ることができなかった。

「ほら、いい子だから」

 雪乃の優しい声が降ってきて、しぶしぶ頷く。そうすれば雪乃はもう一度「いい子」と言って頬にキスをくれた。どんなに触れ合っても溶け合っても、雪乃と私は別々の個体のままひとつにはなれない。それが少しだけ寂しい。

「雪乃が好き」

 寂しいのは、雪乃のことが狂おしいほどに好きだからだ。その目も、唇も、声も、手も足も、全部好き。雪乃も私も女の子だけど、雪乃のこと食べちゃいたいぐらいに好きなんだ。

「知ってる」

 雪乃の答えはそれだった。「ねえどこまで知っていてくれるの?」そう聞きたかったけど、やめておく。それをいま知るのは勿体ない気がして。

 次の次のチャイムが鳴ったら、家に帰って答え合わせをしてね。そしたら私も全部全部雪乃にあげるから。

 ああ、ねえ。雪乃のこと、食べちゃいたいぐらいに大好き。

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