私は彼女に恋をする

池田エマ

あなたに看取られたい

 里奈と二人で久しぶりに映画を観に行った。家の最寄り駅にある映画館のレイトショーだった。平日の深夜という人もまばらな映画館で、それぞれポップコーンとジンジャエールを買った。里奈が選んだ映画は意外にも時代劇だった。

 全部見終わって館内が明るくなるのを待ってから里奈にハンカチを差し出した。予想通り里奈はボロボロに泣いていて、酷い顔をしていた。ヒロインが死ぬシーンから鼻を啜っている音が聞こえていたから、そうだと思った。今日の映画は優しい里奈の心を揺さぶったらしい。

 人はまばらとは言えぐちゃぐちゃになってる里奈をそのままにしておくのは忍びなくて、里奈の手を引いて映画館のトイレに駆け込んだ。

 里奈がマスカラやアイラインのせいで真っ黒になった目の下をどうにかしてる間に、ハンカチを濡らしてきつく絞っておいた。このままでは里奈の目が腫れてしまうから応急処置だ。

 トイレの中はしんと静まり返っていた。私と里奈以外、利用客はいないらしい。もうすぐ日付けが変わる夜の映画館は、音がないせいでとても不気味に見える。

「ゆうか」

 里奈が私の名前を呼ぶ。その声は泣いたせいで少し熱っぽく舌足らずだった。なんだか久しぶりにちゃんとした里奈の声を聞いた気がすり。そっとハンカチを目元に押し付けようとしたら、それを制するように里奈が私の手を掴んでこう言った。

「私、優香に看取られたい」

 静かなトイレに響いたその声は、まっすぐに私の胸を貫いた。

 映画のワンシーンが思い浮かぶ。ヒロインが死ぬ時に、愛しい人の頬に手を添えて言ったセリフが蘇る。

「一緒のお墓に入ろう、じゃなくて?」

 ついそう言ってしまうぐらいには、里奈のセリフはヒロインのセリフからかけ離れたものだった。たしかヒロインはこう言ったのだ。「あなたが死ぬ時には、どうか私の骨をお傍に置いてくださいまし」影響されやすい里奈を揺さぶったそのシーンが、拡大解釈を得て私に返ってくる。プロポーズみたいだな、なんて思う。

「看取られたいって……急すぎ。影響され過ぎ。まだまだ先の話だし、そもそも私たちは……」

「優香がいい」

 私がなにを言おうとしたのか気付いたのか、里奈は真面目な声でそう言ってじっと私の目を覗き込んだ。少し充血した瞳が、蛍光灯の光を受けて輝いて見えた。そんなことを言われたら、期待してしまう。

「トイレでプロポーズって……」

「でも、優香は許してくれるでしょう?」

 そっと息を吐いて、私は里奈に向き合った。遠い未来を想像して、込み上げる感情をゆっくり言葉にしていく。

「じゃあ私が里奈を看取ったら、私が死ぬ時まで里奈の骨を持っていても、いいの?」

 ヒロインの骨をずっと懐に忍ばせて晩年を過ごした映画の彼のように。里奈の欠片を愛しいものとして、抱えて過ごす権利をくれるの。

 里奈は私の手をそっと両手で包んで、小さな声でこう言った。

「いいよ。優香にあげる」

「……っ、そっか」

 里奈があまりに優しく微笑むから、私はなんだか泣きたくなってしまった。いつだって里奈は私に赦しをくれるから、私は縋ってしまう。そして、この優しい人を大切にしたいと心から思うのだ。

「私、里奈より長生きしなきゃってことじゃない?」

「あは、そうだね。私より一分でもいいから長生きしてね」

「一分って。里奈の骨持っていけないじゃん」

「あれ、本当だ! じゃあ、一週間ぐらい?」

「テキトーだなぁ」

 深夜の映画館のトイレで、そんな浮ついた会話を交わした。いつもより子供っぽく見える里奈が、大人びた顔で笑う。ああ、好きだなと思った。だから私はそっと誓うのだ。一生里奈の傍にいて、里奈より長生きすることを。

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