日米対決
「先生、何かいいことあったんですか。」
しゃべり好きな女子生徒が教室に入るなりそう話しかけてきた。
「いや。なんでそう思うの。」
わざとつれなく答えた。
「だって、いつもよりニコニコしてるから。」
子どもの観察眼、恐るべし。だが、
「そうかな。」と、やはりとぼけてみせた。
最前列のまん真ん中の席に陣取った女子生徒は、一目で下ろし立てとわかるパーカーを着ていた。ピンクを基調としたパステルカラーのデザインは、
「カワイ~ッ!」
ファッションにうるさい年頃の女子たちにとてもウケがよかった。本人は嬉しそうにはにかんでいるだけだが、どこか誇らしげでもあった。ところが、最も目立つところにデカデカと刺繍されたロゴに思わず我が目を疑った。
SILLY
"愚か"って……。
危うく吹き出しそうになるのを既の所で堪えたのは、その生徒を気の毒に思ったからだ。
どういうつもりでこんな底意地の悪いデザインをしたのか。意味の分からない英語に飛びつくほうがいけないと言うなら、騙される人間が悪いと決めつける詐欺師の言い分と変わらない。生まれついての天邪鬼の仕業か、あるいは毎日辛いことの連続で歪んでしまったのか。いずれにしても、こんな鬱屈した発想はなかなか浮かばない。
そんなことをぼんやり思い返しながら家路についていた。その日、午後十一時を過ぎた電車はいつになく混んでいた。週末はやはり人々の心も軽く、一杯やってきたと思しきサラリーマンの姿もちらほら見受けられる。が、それにしても騒がしい。見れば、五人の外国人が大話をしている。通路を挟んで二手に分かれ、身を乗り出してバカでかい声で何か捲し立てている。それで腰を上げた。
"When in Japan, do as the Japanese do."
「郷に入っては郷に従え。」そう物申してやるつもりだった。ところが、一番行儀の悪いやつの前まで行ったが、何も言えずにおめおめと引き返してきた。
おそらく彼らは近くの米軍キャンプの海兵隊員。普通サイズのポロシャツがまるでチビTのようで、袖から突き出した腕は太ももにしか見えない。屈強であるのははじめから分かっていた。臆病風に吹かれたというのではなく、出鼻をくじかれて威勢を削がれたのだ。
その男の首には一辺が5、6センチはあろうかという大きなタトゥーが刻まれていた。
協調
しかも見事な明朝体。
欠片もないくせに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます