メロディー

 子どものころから髪が伸びると父に連れられて理髪店へ行った。いわゆる床屋でバリっと刈り上げてもらうのだが、子どもはじっとなどしていられない。だから、少しでも仕事がはかどるようにと店は機嫌を取ろうとする。それが子どもながらに心地よく、いい子にしていた褒美にくれるマルカワの10円ガムは値段とは不釣り合いな満足感を与えてくれた。

 髪は床屋で切るもの。そういう思い込みが子ども時代に根付いたのは当然の成り行きだった。


 中学に入る頃、空前のアイドル・ブームが幕を開け、瞬く間に若い世代を席捲した。テレビ局やコンサートホールには追っかけと呼ばれる熱狂的なファンが詰めかけ、ファッションやヘアスタイルを真似る若者が巷にあふれていた。流行に疎い自分にとってもテレビの中で躍動するアイドルの姿はとてもまぶしかった。


(人気絶頂の男性アイドルの流れるようなウェーブ、俺もあの髪型にするぞ!! )

 

 そう意気込んだところまではいいが、昭和感漂う床屋でおしゃれなパーマがかけられるとはとても思えない。だが、一方で美容室は女性が髪を切ってもらうところという思い込みが強すぎて、店に足を踏み入れるまでに二年の歳月を要した。それでも待ちに待ったハレの日はやってきた。



 横浜駅前の某有名百貨店の地下一階。開店と同時に多くの買い物客でひしめく売り場で当時アルバイトをしていた。


(生まれ変わった自分をお披露目するのにこれ以上打ってつけの舞台はない。)



 はずだった。騒ぎになったのは開店準備で慌ただしい最中。


「ちょっと、なにその髪型?」

 若い社員が自分の頭を指さして笑い転げた。彼女は二つ年上で、互いに気心知れているだけに情け容赦がない。

「いいじゃない、男って感じでねぇ。」

 パートのおばちゃんがなだめてくれたが、それでも涙を浮かべて笑っていた。少し経って落ち着いたかと思ったら、

「漁師さん、何かいいお魚釣れました?」

 ニヤニヤしながらそうちょっかいを出してきた。



 前日の美容室。ベテランと思しき美容師は梃子摺っていた。はじめこそ気取って立ち振る舞っていたが、カールを一切受けつけない直毛に焦りと苛立ちの色が徐々に滲み出し、ついには客前であるにもかかわらず小さく舌打ちまでした。そして二回り細いロッドを持ち出してギャウギュウ力任せに巻き直す。それが終わると滴り落ちるほどパーマ液を浴びせかけ、加熱時間はそれまでの倍に及んだ。いくらなんでもやり過ぎじゃないかと思ったが、不安は見事的中してしまった。


 仏様の螺髪は知恵の象徴と言われているが、自分の頭の無数の渦巻きには煩悩と愚かさがぎちぎちに詰まっていた。人相はひどく厳つい。なぜその顔つきとアイドルの髪型がマッチすると思ったか。思春期の熱に浮かされ正気を失っていたとしか思えない。調和がとれていたのはパンチの効いたあのヘヤー。当時のことを思い返すと、懐かしのあのメロディーが耳の奥で流れ出す。



 北島三郎、北の漁場 

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