英検二次

 その中学2年の女子生徒はマイペースで、まったく物おじしなかった。

 

 一度こんなことがあった。テスト中におもむろに顔を上げ、監督していた初老の男性教師に向かって声をかけた。


「お母さん。」


 

 彼女が英検の一次試験を突破して初めて二次試験にコマを進めたときのことだ。二次試験は英語のコミュニケーション力を試す面接だが、過去問に沿って準備すれば、それほどハードルの高いテストではない。しかし、普段が普段なだけに何をしでかすか分からない。そこで練習することになった。


 入室から退室まで日本語はご法度で、試験そのものは英問英答。序盤は予想外に順調に進んだが、途中で突如黙り込み、固まった。そしてまるで躊躇なく日本語で話し始めた。


「何て言ったか分からなかったんですよ。」

「そういうときは"Pardon?"って言うの。『もう一度言ってください』って意味だから、同じ質問を繰り返してくれるよ。試しに一回言ってみようか。」

「パードゥン?」


 日頃のことを思うと、これはまちがいなく忘れるなと思った。それで少しでも印象に残そうと十回繰り返して言うように伝えると、目の前で左右の手を広げて指を順番に折りながら

「パードゥン、パードゥン、パードゥン、パードゥン、パードゥン............」


「覚えた?」

「はい、完璧です。」

「聞き取れないときはそう言うんだよ。」

「はい、任せてください。」

「ん? まあ、いいか。じゃあ、続けよう。」


 それから5分ほどたったとき、早くも成果を試す時が来た。ところが、顔をしかめ、例の一語がなかなか出てこない。


「えーっと、何だったんだっけな。うーんと、うーんとね。ちがいますよ、忘れたわけじゃないですよ。覚えてます、覚えてるんですよ。忘れるわけないじゃないですか。ここ、もうここまで出かかってるんですけどね。もうちょっと待ってもらってもいいですか。すぐ出ますから。えーっと、パー?」


(おうおう、パー何だよ。)


「パー……、パー……。やっぱりこれじゃないな。」


(パーでいいんだって!)

 

「ピー……。プ……。ぺー……? これはちがうな。じゃあ、ポ?」


 目の前にいる教師があたかも見えないかのように、彼女はペラペラと自問自答を続ける。もはや英語の面接練習でも何でもない。ダメだ、こりゃあと思いかけたときだった。


「アーッ、思い出した!!行きますよ、いいですか。」


 彼女は満面の笑顔で言った。




「イリュージョン?」




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