第2話 形だけの法令遵守

 私は職場で泣くことを異常だと思っている。しかし職場ではそれを推奨された。曰く、真面目に向き合った結果なのだから成長するいい機会だという。私の考えはその反対で、涙は人を成長されるのは事実だが、感情を爆発させるのは良いこととは思えないのだ。ましてや職人として金銭を稼ぐわけでもないのになぜこのような仕打ちを受けるのか。


 私は高く積まれた書類をトントンと指で叩きながらポロポロと涙をこぼしていた。

20半ばの成人が情けない。一体何があったのか。

端的にいえば人間不信である。頼りにできるはずに人間が信用できないのだ。

作業内容を軽く説明しよう。

普通の輸出作業である。

船のスペースをブッキングし、客先へいつ空のコンテナを手配し、いつまでにコンテナヤードへ搬入しその後すぐ輸出許可を切る。最初の説明はそうだったのだが。

後々私の知らないところで以下3つの問題が露呈する。

一つ、通常のコンテナではなく空冷機能を備えたリーファコンテナでの作業であること。

二つ、本船が遅延し、カット日が変更になった。これによりコンテナヤードに搬入できる日程が週を跨ぐ形となり、低温が必須な貨物は最低でも三日間炎天下の元管理されなければならない。

三つ、積荷の体積が客先、フォワーダー双方が把握しておらず、このまま税関へ申告する場合、輸入国にて検査が行われた際申告内容と差異が発生してしまうと虚偽申告に当たる。


 これらは作業を行う上で徐々に明らかとなったものであり、特に三つ目は深刻な問題であると判断された。そしてその責任は全て私にあった。

一つ目は数日前に判明しなんとか対応できたが、二つ目、三つ目は直近となって判明したことでありクレーム案件となってしまった。

怒りを抑えた係長が「虚偽申告って知ってる?」と問いて来た。

「はい。知ってます。」

「ならどうしてM3(体積)確認しなかったんだ。」

「お客さんに確認したところ、元々そのような数値は前任者時代から伝えてなかったそうです。改めて聞いたところ知らないの一点張りでした。」

「じゃあどうやって申告書類を作成していたんだ。」

「個々のバラ貨物のM3を計算して合計値を申告していたようです。」

「今回サイズの違う貨物を二つのリーファで運ぶようだけど。」

「コンテナサイズを考慮して推測で決めていたそうです。」

おそらく前任者も同じことを伝えたのだろう。そしてなんとかなりますよ、と無責任なことを言われたのかもしれない。コンプライアンスが重視される時代に、反抗せんとするばかりの作業内容だった。彼のやり場のない感情が私に注がれた。


 その結果私は課長に呼ばれ一連の出来事を確認するように山積みの書類を抱えて面談室へと赴いた。

そして私は涙を流したのである。

職場の先輩方と双方信頼関係を築こうと挨拶や感謝はもちろん、指示や指導内容に文句を言わずに過ごしてきたが、周りの「奴ら」はつけ上がるだけだった。

そっぽを向き、教えただろ、君の仕事だ、こっちに持ってくんな、など言われる始末だ。おそらく彼らの中では周りの誰かがすでに伝えていると思っているのだろう。しかし奴らには業務上の横のつながりはない。だから抜けるのだ。

責任者は誰か。そこでチビチビとコーヒーを飲んでいる係長アンタだ。コンビニで入れたコーヒーを飲み干し、そのコップに洗浄など行わず香料たっぷりの缶コーヒーを注いで飲む、訳のわからん飲み方をするお前だ。

「給料もらってる身なんだよ?」と問いかけるお前はいくらもらっているのだ。

私の倍以上?ならそれだけの仕事を係長としてしなければならないのではないか。


 泣き疲れ、課長の憐れむ目線を浴びならがクレーム案件となった作業結果を考える。頭の処理が追いつかない。

地獄にいる私は天を見上げ、いつ蜘蛛の糸が垂れてくるかと待ちわびるが、来たのは大量採用を行なっている企業の書類選考結果のみだった。

面接の日程を決めなければならない。しかし先の予定が立てられない。休んでも物流は動く、そして誰もカバーできない環境では腰を下ろして対策など練られるはずもない。ミスれば「お前のせい」であり、出社すれば誰かしらからの目線を感じるようになる。


ここは生き地獄のような職場環境だ。

皆、絶対物流業界には携わらないように。

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