転職活動記

茶漬三郎

第1話 終わりの始まり

 わたしは新人2年目で転職を意識し始めた。そして実際に行動を起こしたのは4年目の夏である。

とある6月のある日、わたしの体に異常が起きた。昼休み少し前から心臓が大きく跳ね上がり、押し出された血液が一気に脳内を駆け巡った。その波は頭部にある小さい血管一本一本に津波のように押し寄せ、思考が一気に真っ白になった。その時のわたしにできたことは、唯一の肉親にSOSの電話をすることであった。

母親が電話越しに出ると我先にと口が動き、「会社辞める」と言い出した。

てっきりいつものように突き放されると思っていたが、母は「辞めなさい!」と力強く返してくれた。

電話越しのわたしはこの時過呼吸気味になっていたらしい。

わたしはその日のうちに転職サイトへ登録し、即エージェントへ連絡を取った。

しかしとったはいいものの、すぐに困ることになる。それは現状分析と退職理由を考えねばならなかったからだ。


残念なことに、嫌だから辞める、は通用しないのだ。

一貫性のないわたしの主張はすぐに求人へと反映された。常に大量採用を実施している大手や物流など苦手意識のあるものしか来ない。

ならいっその事精神が擦り切れた、と推したらどうだろうか。

だめだ。まず診断書がない。首の皮一枚で繋がっているタフさなのだ。

それに心象も悪くなる。


 物流の定義は千差万別あり、俗にいう現場作業を管理し客先の要望通り輸出先まで面倒を見るところまで、というところもあれば、通関や乙仲など書類作業を含めて物流と称する場合もある。なんにせよ、この業界は細かな作業の集合体なのだ。オートメーションがいち早く必要な現場であるにも関わらず、重い腰がなかなか持ち上がらない世界だ。

なので馬鹿正直に心情を伝えたり、これ以上心象が悪くなると、すでにキャリアがあるこの業界での転職ですら危なくなる。人間関係で疲労困憊した経験など絶対に言ってはならない。


 悪いことが頭の中を駆け巡るが現状は必ず打破しなければならない。作業内容をろくに知らず、人材育成を怠たる係長と知らぬ顔で口を尖らせる先輩たちに囲まれている状況は文字通り八方塞がりなのだ。


転職活動はまだ始まったばかりなのだ。まずは一歩踏み出した自分を誉めなければならない。

その日は少し多めにタバコを吸った。

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