第二ラウンド
「■■■……ォオオオオ!」
吼える厄神が大きな翼を激しくはためかせる。
巨大台風を思わせる暴風がオレたちを襲った。
隙を晒した厄神にトドメを刺そうとしていた全員が吹き飛ばされ、厄神から引き離された。
「クッ……」
オレの軽い体もアッサリと飛ばされる。
立ち上がり前を見れば、厄神の身体に新たな変化が訪れていた。
全身から紫色の炎が噴き出している。
自然界において存在しない色をした炎は、厄神の身体を焼き煌々と燃え上がる。
「オ、オオオオオオオ!」
厄神の唸り声は、まるで怨嗟の声のようだった。
地獄の底から響くような、この世界への憎悪を凝縮したような悍ましい唸り声。
先程までとはまた違った悍ましさに、動揺が走る。
「あれは……?」
「形態変化ってのが一番近いかもな。病理の神だけでなく、恐怖と絶望を司る神への拡大解釈。自己の再定義だ」
とりわけ象徴的なのは、体を取り巻く紫色の炎だ。
厄神の黒い体は、もはや表面が見えないほどに全身が燃え上がっていた。
「紫の炎が意味するのは核兵器への恐怖だ。悪名高い兵器がバラまいたのは破壊だけじゃない。放射線による病理、それに伴う迫害。厄神にとって、核兵器の破壊とその後の分断は自らの領分だ」
畏れが厄神の身体を強化する。
『虚構の浸食』にとって基になったものの知名度は強さに直結する。
人類の中に共通で存在する嘘の規模が大きければ大きいほど強力になる。
噴き出す炎はかつて一撃で都市を崩壊させた破壊兵器の力だ。
「暑い……!」
厄神の纏う鎧は紫色に燃え続け、凄まじい熱を放っていた。
自ら纏った炎に焼かれる厄神は、激しい痛みを覚えているようだった。
時折苦し気な唸り声を上げている。それでも尚、その怒りすらこちらへの殺意に変えてこちらを睨んでいる。
「来るぞ」
怒れる神の顎が開く。
口腔には紫色の火の粉がチリチリと舞っている。
「またブレスが来る!」
放たれたブレスは、先ほどまでの何倍も大きく、激しく、殺意に満ちていた。
「『現世浄土』……クッ……!」
カノンがシールドを展開し、すぐにブレスと激突する。
光のドームと炎の奔流が接触してすぐに、カノンは苦しそうな声を上げた。
術者である彼女の背後、観音像の突き出した掌がみるみる腐食し始めていた。
黄金色に輝く仏像が腐り落ちる様は冒涜的ですらあった。
「これは、少々厳しいですね……!」
永遠にも思えたブレスの放射が終わる。
『現世浄土』の展開を止めたカノンは、右腕を抑えてその場に跪いた。
「カノン!」
「大丈夫です。……ただ、次は防げないでしょう」
カノンが抑え込んだ右腕は、表面が焼け爛れていた。
観音像の負傷のフィードバックだろう。
彼女の能力は厄神と相性抜群だったが、第二形態と正面からぶつからせるのは少々無茶をさせ過ぎたようだ。
従来の作戦通り、ここからは機動力を活かした白兵戦を仕掛けるべきだろう。
「ヒバリ、もう一度突貫、いけるか?」
「もちろん!」
結局、彼女に無茶をさせることになってしまった。
ヒバリに蓄積したダメージは軽くない。
出血は動き回るほどに激しくなり、力の消耗も多くなる。
けれど、彼女の瞳は未だキラキラと希望を輝かせている。
彼と腹を割って話し、希望を背負うと誓った彼女は強い。
希望が潰えない限り、その瞳の光が消えることはない。
「ハアアアアアア!」
飛行する彼女の勢いが衰えることはない。
たくさんの血を流して尚、彼女の煌めきに陰りはない。
先陣を切った彼女を援護するべく、各々が動き出す。
「幻想徴用──武装、限定展開」
彼が「
どうやらマナとの好感度レベルは十分に上がっているようだ。
彼の腕に装着された機械腕は、マナの展開するソレよりも幾分か形状がトゲトゲしい。
「ッ」
彼の構えた大型機関銃が火を噴いた。弾丸は真っ直ぐに敵へと向かっていく。
しかし、彼はすぐに困惑の声を上げることになる。
「効いてない……?」
マナの弾丸は厄神の動きを抑制する程度の効果があったが、彼の放つ弾丸を受けた厄神はほとんど反応しなかった。
彼とマナで弾丸の威力には大差はない。
ただ、厄神の外殻が異様に硬くなっているのだ。
彼の元に近づき、単刀直入に問いかける。
「お前、ヒバリの力を借りられるか?」
「え? ……試してないけど、多分今ならできると思う」
「それなら
そう言って指を刺すと、ちょうどヒバリが突貫するところだった。
「ブレード、拡張展開……!」
ヒバリの光り輝くブレードは、厄神の脚部に鋭い傷をつけた。
銃弾をものともしなかった厄神がわずかに動揺したような気配を出す。
「……分かった。君の言うことを信じる」
ヒバリの力の源である
対して今の厄神が新たに取り込んだのは、圧倒的な破壊とそれへの恐怖。
恐怖を誤魔化すため、人は様々な嘘をつくりだす。
それらは差別となり、弾圧となり、あるいは虐殺へと繋がっていく。
それら人の最も醜い嘘、恐怖に抗う光を、人は希望と呼んだ。
「オオオオオ!」
厄神のそばを飛ぶヒバリに攻撃が迫る。
爪による一撃。視覚外からの尻尾の一撃。溜めの小さい小規模なブレス。
いずれも先ほどよりも精度速度共に上がっているが、ヒバリは全て紙一重で回避する。
しかし、時が経てば体力的に劣る人間が不利だ。
振り下ろされた爪がついにヒバリの体を捉えた。
「ッ、あ……!」
間一髪、ヒバリは突き出したステッキで爪先を防御していた。
しかし、宙を飛んでいた彼女の体は地面に叩きつけられる。
「もう、一度……!」
致命傷になりかねない負傷だったはずだが、彼女の瞳の輝きに衰えはない。
再び立ち上がった彼女に、手が差しのべられる。
「ヒバリ、僕も一緒に飛ぶ」
ヒバリの力を借りた彼の手には、無骨な作りのステッキが握られていた。
魔法少女のそれ、というよりもむしろマジシャンのステッキのような印象だ。
「──うん、ありがとう」
厄神が吠える。その顎には再び火の粉が集中し始める。ブレスの前兆。
それを見た全員の判断は早かった。
素早く散会し、各自で回避行動。
カノンの護りに頼れない以上、機動力を活かす他ない。
しかし、厄神の攻撃は先ほどまでとワケが違った。
狙いは正面にいたオレ。全速力で走るオレの背後に着弾した炎弾は、コンクリートにぶつかると
「ッ、クソッ!」
爆風が背中を襲い、オレの軽い体は吹き飛ばされた。
こんな時は自分の矮躯が恨めしい。
「ライカちゃん!」
「気を付けろ! ブレスの性質が変わってる!」
一点を貫くビームから広範囲に破壊を撒き散らす爆撃へ。
自己の再定義を行った厄神にとって、この程度の応用は容易いようだ。
「スイッチング──ハンドガン」
再び炎弾がオレの元へと迫ってくる。
拳銃を胸元で構えて発砲。
狙い通りに放たれた小口径弾は、飛来する炎弾を打ち抜き、空中で爆散させた。
「これは思ったよりシビアだな……!」
高速で飛来する炎弾を撃ち抜くのはかなり難易度が高い。
今回は上手くいったが、次以降防げる自信はあまり持てなかった。
「ライカ。今の私がやる。この攻撃頻度なら私だけでも十分対応可能」
振り向けば、マナが機械腕を構えて宣言していた。
「迎撃システムを定義。飛来物に対する攻撃体制を構築。……定義完了」
再び飛来した炎弾は、マナの放った大口径弾に撃ち抜かれ空中で爆散する。
「ライカは厄神の攻略に集中して。防衛は私が担う」
どこまでも頼もしい子だ。
続けて繰り出された炎弾は、マナによって次々と撃ち落とされた。
「翔太君、行こう!」
連続して炎弾を放った厄神の行動が少し鈍る。
既にそれを見抜いていたヒバリが飛び出すと、すぐに彼が追従した。
二つの影が流れ星のように空を切り裂く。
双星は見事に旋回すると、厄神を挟み撃ちする形で襲い掛かった。
「「ハアアアアアア!」」
二つのブレードが厄神の首へと迫る。
反射的に首を逸らした敵は、しかし刃を完全に避けきることができずに首から黒い血を流した。
「オ、オオオオ……!」
不遜な反逆者に厄神が怒り狂う。
咆哮と共に、身に纏う紫色の炎が一層勢いを増していく。メラメラと燃え上がるそれは、近くを飛んでいた彼とヒバリを飲み込まんばかりに勢いを強めていった。
「二人とも下がれ! 爆発する!」
自身を中心とする広範囲への爆発攻撃。
原作の知識を基に警告を飛ばすと、二人はすぐに飛行軌道を変えた。
厄神の纏う熱が臨界点を超え、その身が大爆発を起こす。
「ッ……!」
鼓膜を破らんばかりのゴウ、という爆音。
遠くにいるオレにまで爆風が及んだ。
「ヒバリッ!」
「……ッ! これはちょっと痛いね」
吹き飛ばされたヒバリが、辛うじてこちらに不時着してくる。
希望の力を実感することでいつも以上の力を発揮していたヒバリだが、流石にダメージが蓄積しているようだ。
彼女による攪乱もそろそろ限界だろう。
「──ひーちゃん、ライカ」
振り向くと、そこには重症の体を引き摺って歩いて来るヴィクトリアの姿があった。
ゴスロリ服は既にボロボロ。眼帯すらどこかに無くした彼女は、未だ赤い目をこちらに向けていた。
「私が一撃食らわせて厄神の気を引く。その間にみんなで全力の一撃を叩き込んで」
「れーちゃん、もう無理しちゃダメだよ! まだ目の色だって赤く……」
「──ダメだよ!」
ヴィクトリアが声を荒げる。目を見開き訴えかける彼女はあまりに必死で、ヒバリは口を閉じて彼女の言葉を聞く。
「ここで終わることなんてできない。たとえみんなが厄神を倒してくれたって、納得できるはずもない。──そんなの、格好悪すぎる」
「格好悪い」はヴィクトリアが最も嫌うものだ。かつての彼女の姿。ヴィクトリアが決別した己。
「格好良い」己を纏う今のヴィクトリアにとって、このまま終わることは何よりもゆるせないことだ。
彼女が拳を握りしめる。
「お願いだよ、ひーちゃん。ライカ。みんなが傷ついているのに私だけ寝ているなんて耐えられない。ここで私が終わるとしても、私はここで何かを為さないといけない」
あるいはそれは、馬鹿げた選択なのかもしれない。
大人の作ったマニュアルに則れば、彼女はすぐにでも病室に拘束して絶対安静にするべきだ。
かつて大人であったオレにとって、その理屈は十二分に納得できるものだ。
けれど。
「ヴィクトリア。一撃だけだ」
「ライカ……」
「ライカちゃん……」
彼女らの視線を受けて、オレはわざと気軽に笑った。
纏姫の
「お前のことを放っておけないお節介はオレひとりじゃないみたいだしな」
飛来した1つの影が傍に着地する。
彼は状況をよく聞きもせずに、ただこう言った。
「僕にできることはある?」
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