攻勢

 オレたちフォックス小隊とシュガー小隊の視界を遮っていた霧が晴れた。

 どうやら、厄神の方でこちらに構っている余裕がなくなるような何かが起こったようだ。


 シナリオ通り。予想通りだ。


 こうなると信じていた。

 けれどオレは、心の中で誰よりも安堵していた。


 辺り一帯に響き渡る咆哮の元へと向かえば、すぐに彼らの姿が見えてきた。

 主人公君が血だらけで倒れ込んだヴィクトリアの介抱をしている。

 オレたちの姿を確認した彼は、馬鹿みたいに明るい声をあげた。


「──ライカ!」

「バカ、何勝ったみたいな顔してんだ! まだ何も終わってないだろ!」


 オレの叱咤に従って、彼は前を向く。


 巨大モンスターの出現するハリウッド映画か何かのようだった。


 オフィスビルにも匹敵する体躯を持つ厄神が全身を揺らして暴れている。

 巨体に蹂躙されるアスファルトがグラグラ揺れる。


 暴れ回る厄神の爪は、周囲を飛び回るヒバリを両断しようと恐ろしい風切り音を鳴らしていた。


 その周囲を戦闘機のように高速で飛行し続けるヒバリは、攻撃を紙一重で回避し続けている。


「ヒバリッ! もう攪乱は十分だ。撤退してこい!」


 オレの声がビルに反響して届くと、ヒバリは爪の攻撃を潜り抜けて撤退してきた。

 着地した彼女がこちらに合流してくる。


「ヒバリ、その傷は!?」

「え? ちょっと掠っただけだよ、大丈夫!」


 彼が問いかけると、ヒバリはニコリと笑ってなんでもないように言った。

 可愛らしいフリルの袖から伸びる腕には、鮮血が流れ落ちていた。


 よく見ればその他にも傷がある。

 魔法少女の衣装には所々に血が滲んでいる。


 その様子を見たヴィクトリアが、身を起こして顔を曇らせた。


「……ひーちゃん、ごめん。私があいつを倒せなかったせいで、あなたが傷を」


 弱弱しいヴィクトリアの言葉は途中で止まった。

 ヴィクトリアの元へと歩いて行ったヒバリが、言葉を紡ぐ唇にそっと指をあてて閉じさせた。


「悲しい顔はナシだよ、れーちゃん。私はそんな顔させるためにここにいるんじゃないんだから」


 ニコ、と笑ったヒバリが堂々と宣言する。


「私はみんなに希望を託された正義の魔法少女だから。れーちゃんも安心して私に任せて」

「そ、それはっ、私がひーちゃんに押し付けた嘘で……」


 ヴィクトリアの言葉を聞いたヒバリは、人差し指をピンと立てると自分の唇に持ってきた。


「いいんだよ。たとえそれが嘘でも、本当の私に程遠いものでも、私はそれでいい。それでも受け入れてくれる人がいるって、分かったから」


 一瞬だけ彼の方を見て、ヒバリは艶やかに笑った。

 ヒバリのそんな顔を見るのは初めてで、ついオレまで見惚れてしまう。


「だから、れーちゃんはちょっと休んでいて。ちょっと頑張りすぎだよ? 今も、昔も」

「…………うん」


 ヒバリの真っ直ぐな笑顔を見たヴィクトリアは、少しの沈黙の後に小さく頷いた。

 それを確認したヒバリは、くるりとこちらを振り向いた。


「ライカちゃん、指示をちょうだい。今なら私、なんでもできる気がする!」

「いいだろう。夢想家な子どもの背中を押すのはオレの役目だ」


 本心からの言葉を口にして、オレは笑う。

 既に手札は揃った。

 後は全てを正しく進め、然るべき結末を掴み取るのみ。


「各員、牽制攻撃を行いつつ厄神へと接近する。……マナ。頼んだ」

「受諾した。武装限定展開」


 こんな時でも冷静なマナの声はどこまでも頼もしい。

 彼女の細い腕を覆った機械の腕。その上部についたマシンガンの銃口が、厄神の巨体を捉えた。


「ターゲットを捕捉。制圧射撃を開始する」


 マナの声が響くと、重たい銃声が響き渡った。

 コンクリートをも粉々にする大口径弾の連射だ。


 ヒバリを追ってこちらに接近していた厄神は、鬱陶しそうに体を振るう。

 胴体、翼、脚部などに小さな傷口が空くが、あまりダメージにはなっていない。

 高火力のマナの攻撃でも、厄神相手には牽制程度にならない。


 しかし、弾丸に気を取られている厄神の足元に高速で近づく影があった。


「幻想流──猪突!」


 ミサイルのように跳躍したハヅキが、厄神の巨体に刀を突き立てた。

 黒い皮膚から腐臭のする血が流れだす。


 常の彼女であれば、ここから怒涛の連撃を繰り出しただろう。

 しかし、ハヅキがどれだけ剣を極めようと足場のない場所での移動は不可能だ。


「■■■!」


 怒りに吠えた厄神が激しく暴れると、ハヅキの体はアッサリと放り出された。

 空に投げ出された彼女に、追撃の尾が襲い掛かる。

 鞭の如き一撃を辛うじて刀で防いだ彼女は、しかし慣性に従って大きく吹き飛ばされた。


 その光景に、血塗れのヴィクトリアの姿を思い出したのだろう。

 彼が大きな声を上げる。


「ハ、ハヅキッ!」

「──前を向け馬鹿! あいつがあれくらいで死ぬはずがないだろ!」


 オレが叱咤すると、彼は歯を食いしばって前を向く。

 気遣いできるのは彼のいいところだが、今のハヅキに心配は無用だ。


 彼と共に厄神の元へと接近する。


 厄神の殺気が強まるごとに腐臭が強くなっているようだ。

 排気ガスを複数混ぜたような異臭に吐き気すら覚える。


「■■■!」


 咆哮を響かせた厄神の顎にチリチリと火の粉が舞った。


「ライカ、ブレスが来る!」

「ッ、カノン!」


 オレが叫ぶと、救世カノンはすぐに意図を読み取った。


「我が手、あまねく災難から衆生を守らん……! 『現世浄土』」


 カノンの背に立つ観音像から放たれた光が、まるでドームのように周囲の人間を包み込んだ。

 次の瞬間、厄神の顎から熱線が放たれた。


 カノンの展開したドームと熱線がぶつかり合い、激しい光を放つ。


 光のドームに守られたオレたちの視界が炎に覆われた。

 怒りに満ちた厄神のブレスは、護りの力ごと敵を貫かんという意思を感じる激しい攻撃だ。


「っ……」


 シールドを維持するカノンが、汗を流して息を漏らす。

 いくら彼女でも厄神の攻撃を凌ぐのは簡単ではないようだ。


 永遠にも思えたぶつかり合いの後、炎は途切れる。

 護りの力を維持していたカノンが荒い息を吐く。


 その隙を逃さず、オレは叫ぶ。


「シュガー小隊、3時方向に展開! フォックス小隊はオレを先頭に正面から突っ込む!」


 反撃の狼煙が上がった。

 ブレスを放った厄神は顎から黒煙を上げ、わずかに動きを止めている。

 強力なブレス攻撃は消耗して隙が生まれる。ここは原作通りで良かった。


「ヒバリ!」

「任せて!」


 呼びかけに力強く応えたヒバリは、猛スピードで厄神の懐まで飛行した。

 ブレードを展開したステッキを振りかぶった彼女が吠える。


「ブレード拡張展開……ァアアアアア!」


 昂った彼女のブレードは、通常時の3倍ほどの長さにも至った。

 狙いは生物共通の弱点、目だ。


「■■■!」 


 ヒバリのブレードが厄神の右目に突き刺さった。

 痛みに呻いた厄神ががむしゃらに暴れ出す。


 振り回した爪に接触したヒバリが吹き飛ばされ、オフィスビルに激突した。


「ヒバリ!?」

「大丈夫! 問題ない!」


 軽くないダメージを受けたはずのヒバリだが、すぐに飛行魔法を使いこちらに合流してくる。

 よく見れば、額からタラ、と血が流れている。

 けれど、その瞳にはギラギラと希望の光が灯っていた。


「ライカちゃん、もう一度行ってくる!」


 言うと同時に、ヒバリは再び厄神の元に突貫していく。

 その姿は、まるで願いを叶える流れ星のようだ。


 ああ、これならイケる。半ば本能的に悟り、オレは彼女を支援する態勢に移った。


「若いからって無茶しやがって……!」


 悪態をつきながらスナイパーライフルを出現させる。


 うつ伏せになってスコープを覗くと、視界の端に空を舞うヒバリの姿が良く見えた。

 彼女の影が厄神に接近するとほぼ同時に、引き金を引く。


「ッ……!」


 頭部への着弾と同時に、厄神が苦しげな声を上げる。

 ヒバリは、その隙を見逃さなかった。


「ブレード、硬度最大……ハアアアアアア!」


 トンネルを掘削するドリルのようだった。

 飛来した勢いのままに突き出したブレードで厄神の腹部をぶち抜いたヒバリは、そのまま厄神の巨体を貫通した。

 光り輝く刃は黒い鱗を貫通し、内部の肉を綺麗に切り裂いた。


「■■■■■■!」


 腹に大穴を開けられた厄神が絶叫する。

 ドクドクと流れ出した黒い血が、腐臭を撒き散らしながらコンクリートに流れ落ちる。


「……ハヅキッ! 今だ!」


 吹き飛ばされたはずのハヅキが後ろから飛び出してきた。

 トップスピードに乗った彼女が疾風の如く駆け抜ける。

 低い姿勢のまま接近したハヅキは、腰に構えた刀を抜き放った。


「幻想流奥義──破邪」


 剣術の達人であるハヅキによる最大威力の抜刀術。

 鞘の中で加速した刃は、誰にも視覚できないほどの速度で抜き放たれた。


「■■■!」 


 首を刎ねんと迫った刃は、厄神の首を抉った。

 間一髪身を引いた厄神は、文字通り首の皮一枚繋げた。


 しかし、盤面は既にチェックメイトも同然だ。

 全身から黒い血を垂れ流す厄神。二撃目を放たんとするヒバリ。リロードを終えたマナ。厄神の側面を突くシュガー小隊。


 神殺しは為る──かに思われた。


「■■■……ォオオオオ!」


 吼える厄神が翼を激しくはためかせる。

 台風を思わせる暴風がオレたちを襲った。


「……ッ!」


 トドメを刺さんとしていた全員がたたらを踏む。


 辛うじてその場に踏ん張って様子を見れば、厄神の身体に新たな変化が訪れていた。



 全身から紫色の炎が噴き出している。

 自然界において存在しない色をした炎は、厄神の身体を焼き煌々と燃え上がる。


「オオオオオオオ!」


 厄神の唸り声は、まるで怨嗟の声のようだった。

 地獄の底から響くような、この世界への憎悪を凝縮したような悍ましい唸り声。


「──第2ラウンドってとこか」


 ゲーム的な言い方をすればゲージブレイク。

 多くの場合、それは敵がより一層強力になることを意味していた。

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