個別ルート

 厄神討伐計画の進捗は順調だ。

 模擬戦の日からも何度か連携の練習を行った。

 大きな問題も起きていない。


 改めて分かったが、指揮者としての救世ぐぜカノンは優秀だ。

 シュガー小隊が指揮役のアンカー抜きでも機能しているのは彼女の功績だろう。


 視野の広さ。常に冷静さを欠かない精神性。個人の戦闘能力。柔らかい物腰。コミュニケーション能力。

 どれをとっても10代の女の子とは思えないほどだ。



 どうやら、こちらについてはあまり心配する必要はなさそうだ。

 そう思ったオレは、今度はもう一つの懸念であるヒバリ攻略計画の方に思考リソースを割くことにした。


 あいつ、放っておくと変な失敗しそうだからな。知らないうちに決闘とか始めるし。



 ◇



 校舎裏には相変わらずオレと彼の二人しかいない。

 話を聞くうちにすっかり短くなってしまった煙草を、オレは灰皿に押し付けた。


「ふむふむ、なるほど……」


 主人公君からヒバリと話した時のことを簡単に説明してもらった。

 彼はあれからそれなりに深い話を彼女としたらしい。

 誰もいない屋上でヒバリの暗い過去のことを直接聞き、その内面を打ち明けられた。


 彼女の暗い顔を見ても、自分には何も言ってあげられなかった。

 そう語る彼はどうやら落ち込んでいるようだった。ヒバリに嫌われたとでも思っているのだろうか。


 オレはわざと大袈裟に笑うと、明るく言った。


「いや、そんなに悪くない状態だ。ヒバリとしては、最初と比べるとかなりお前に対して好感を抱いているみたいだ」

「え? いや、まったくそんな感じしなかったけど……」

「そもそもお前のことを信頼してなきゃヒバリは本当の顔すら見せてくれなかったぞ。あの明るい顔で適当に誤魔化されておしまいだ」


 きっと、心のどこかで自分のことを分かって欲しいと思っていたのだろう。

 だから彼に打ち明けた。本当の顔を見せてくれた。


「……言われてみれば、そうかもしれない。ヒバリが素顔を良く見せてくれたのは最近になってからのような気がする」


 彼は小さく頷いた。


「それで、お前はヒバリについてもっと知ってみたいって気持ちになったか?」

「うん。これでもそれなりの時間を一緒に過ごした仲間だからね。様子がおかしいから、できればちゃんとは話を聞きたい。僕にできることがあるのか分からないけど、力になりたい」


 ああ、それでこそ主人公って奴だな。

 オレは彼への期待が間違っていなかったことを確認する。


「それじゃあ、次はあの作戦だな」

「あの作戦?」


 フッ、とオレは笑って告げた。


「ズバリ、ラブラブデート作戦」

「ダッサ……」


 ガクッ、と肩を落とした彼がポツリと呟いた。

 聞き捨てならない言葉だった。


「だ、ダサくない! ハヅキの時も結構うまくいっただろ!」

「それとこれとは別だよ」

「なんだと!」


 な、生意気な子どもめ……誰のおかげでハヅキといい感じになれたと思っていやがる……! 

 煙を大きく吸い込んでイライラを落ち着かせる。

 彼の呆れたような目が突き刺さるが、努めて無視する。


「お前、ヒバリと二人きりで出かけるならどこに行く?」

「え? ……うーん、なんかヒバリってどこ行ってもそこそこ楽しみそうだから迷うなあ」

「おお、結構いい理解度してるじゃねえか。そうだ。場所はあんまり大事じゃない」


 オレの見解とも一致している。


「それじゃあお前、今週末にヒバリをデートに誘え。街まで出てショッピングモールでも歩き回ってこい」

「簡単に言うよね。女の子をデートに誘うのがどれだけ勇気のいることか分かってるの?」


 オレは煙草をふかして笑ってみせた。


「いいか? デートってのは誘うところから始まってるんだよ」

「…………は?」


 意味が分からない、という表情をした彼。まだまだ青い。

 オレはチッチッと指を振ってみせた。


「デートに誘うってのはその時点で駆け引きなんだよ。どこまで相手に踏み込みたいのか、どれだけの好意を示すのか、どういう関係になりたいのか。そういうものが現れる」

「まあ、分からないでもないけど」


 そういったドキドキは、青春の醍醐味とも言えよう。

 オレは記憶の片隅にあるかつての学校生活を少しだけ思い出した。


「それを示すことそれ自体がアピールの一つだ。だから、お前がデートに誘うことに怯えを感じるのは普通のことだ。嫌われないか。断れられないか。そういう戸惑いは別に恥ずかしいことじゃない。まあ、失敗したらオレが愚痴くらい聞いてやれる」

「……そう、だね」


 まあ、断られることはないだろう。

 ヒバリとしても、きっと心の奥底では踏み込んで来て欲しいと思っている。


 こうして、オレは彼に希望ヶ丘ヒバリの個別ストーリーを進めさせるようにした。



 ◇



 そうして訪れた日曜日。

 オレは校門に立ってヒバリを待っている主人公君をこっそりと観察していた。


「あいつ初めてでもないのにソワソワしやがって……ピシッとしやがれ」


 情けない彼の姿を勝手に批判していると、横の方から声がした。


「翔太の観測に成功。気合の入った服。落ち着かない様子。やはりこれはデートである可能性が高い。……観測を継続する」

「……マナ?」


 オレと同じように主人公君を観察する彼女に声をかける。

 マナは肩をびくりと震わせてオレを見た。


「な、なぜライカがここに?」

「それはオレのセリフだ。なんでマナがストーカーみたいなことしてんだ」

「す、ストーカー……! 心外。訂正を求める。というか私がストーカーならあなたもストーカー」

「なっ……それとこれとは話が別だ! オレのはあれだ、ダメな奴の面倒を渋々見てるみたいな」

「待ってライカ。それはどうでもいい。相手が合流した。あれは……ヒバリ?」


 オレのセリフなど聞いていないらしく、マナは向こう側を指さした。恋する乙女たる彼女としては、翔太の逢引き相手が誰なのかが今最も重要なことらしい。

 その先では、ヒバリが翔太と挨拶を交わしていた。

 やがて、二人は隣立って駅へと歩いて行った。


「どういうこと……? ヒバリにそんな素振りはなかったはず。観測と分析が必要。このまま二人に同行する」

「やっぱりストーカーじゃねえか」


 そんなことを言いながら、オレは二人のデートを見学するためにマナと同じように追跡を開始した。



 ◇



 たどり着いたのは、オレもいつか買い物に来たショッピングモールだ。

 ヒバリと翔太は時々何事か話しながら隣立って歩き、中へと入っていく。

 遠くから見れば、その様子はまるで付き合いたてのカップルのようだった。

 オレとマナは、その後ろをコソコソと追跡していく。


「何を話しているの……? ライカ、話の内容を読み取れない? 読唇術の覚えは?」

「無理だろ。何も見えねえし何も聞こえねえよ」


 どんだけ気になってるんだ。

 無茶ぶりをするマナは興味津々で彼らの様子を見つめていた。





 並び立った二人が最初に向かった先は、服飾店だった。

 男性用も女性用も置いてあるカジュアルな店だ。


「見てこれ翔太君! 似合う?」

「ああ、うん。いいんじゃない」


 ヒバリが試着した服の感想を求める。ひらひらしたミニスカート。活発な彼女によく似合っている。

 彼は少しだけ顔を逸らして返事をした。


「あれ、もしかして照れてる?」

「て、照れてないけど」

「あれあれ? でもいつも目を見て話す翔太君と目が合わないのはどうしてかな?」


 いたずらな笑みを浮かべながら彼を覗き込むヒバリ。楽しそうだ。


「おお、意外といい感じじゃねえか」


 少し心配していたが、ヒバリは思ったより楽しそうだった。厄神の話をしてから彼女の精神状態が少し気になっていたが、どうやらいい気晴らしになっているようだ。


「ライカはなんで嬉しそうなの?」

「そりゃまあ、気に入っている奴が楽しそうなら嬉しいだろ」


 ヒバリには幸せになって欲しい。

 決して幸福続きとは言えない人生を歩んできた彼女にそう望むのは自然なことだろう。

 けれど、オレの返答にマナは少し俯いた。


「私は、少しだけモヤモヤする。翔太が遠いところに行ってしまったみたい。……私は、私が思っていたより醜いのかもしれない」

「いや、そんなことないだろ。好きな奴が他の相手と一緒にいるのを見て嫉妬するのは普通だ」


 数ノ宮マナは不合理を嫌う。合理に基づく行動を好み、論理に支配された数学を愛する。

 だからこそ、己の中に浮かんだ不合理な感情──嫉妬に嫌悪感を覚えたのだろう。

 そんな潔白さは、どこかハヅキに似ていた。


「でも、ライカは私のこういう感情を持っているように見えない。あなたと私の何が違う?」

「そりゃ別に恋愛的に好きなわけじゃないからな」


 ヒバリに向けているのは親愛だ。

 そう伝えると、マナは目を見開いた。


「確認。ライカは翔太が好き?」

「……は? 好きじゃないが?」


 素直に答えると、マナはハテナ、と首を傾げた。


「ライカ。またいつもの嘘?」

「嘘じゃないわ!」


 なんでコイツらはすぐオレが恋していることにしたがるんだ……! 

 憤るオレをよそに、マナは二人の様子をじっと観察していた。


「あ、二人が移動した。観察を継続する」


 マナは気づかれないよう身を隠しながらスタスタと二人を追って行った。

 オレは小さくため息をつきながらも彼女の背中を追うことにした。




 その後も、二人は楽し気にデートを満喫していた。雑貨屋に入ったり、アクセサリーを物色したり、カフェに入って隣り合って喋ったり。


 仮に彼らが普通の高校生だったのなら、放課後はいつもこんな風に過ごしていたのかもしれない。


 彼らが享受するべきだった青春。当たり前の日常。

 それは、かつて『虚構の浸食』によって奪われたものだった。





 時が経ち、日が傾き始めた。

 オレンジ色の光が世界を覆う。


 どこかもの悲しさを感じさせる夕焼けの中にあって、二人はショッピングモールの屋上に来ていた。


「ふう……なんか久しぶりに遊んだらあっという間だった! 翔太君は?」

「そうだね。僕も楽しかったよ」


 なんだかいい雰囲気だな。ヒバリの方も、だいぶ心を開いてきた気がする。

 今なら、彼女の方から本心を打ち明けてくれるかもしれない。


「ねえ、ちょっと聞いてくれない?」


 ヒバリの声音が変わった。普段の明るい彼女とは違う、どこか空虚さを纏った声だ。

 それに合わせて、主人公君も居住まいを正す。


「翔太君はもう本当は私がどんな人間なのか、知ってるよね」

「全部知ってる、とは言えないけどね。ひょっとしたら僕の知らないヒバリもいるかもしれない」

「そんなものないよ。ただの抜け殻なんだから」


 有無を言わさぬ声音に彼が口をつぐむ。

 空蝉。彼女は自らをそう形容する。

 みんなの期待に応えるために明るく振る舞う姿は全て偽り。その中身は、絶望し、諦めた空っぽの人間なのだと言う。


 だからこそ、彼女は自分自身に希望を見出さない。


「私の本当を知っているあなたに、頼みたいの。……私の代わりに、故郷のみんなの仇を取って欲しい。厄神を打ち倒して欲しい。きっとあなたは、そういった大きなことを成し遂げられる人だから」

「──そんなことはないよ」


 けれど、彼は確信をもって彼女の言葉を否定した。


「僕は一人じゃ大したことはできない。ハヅキの本心を聞けなかった。マナのことが分からなかった。不定形の神だって倒せなかった。ライカを救えなかった。──きっと、誰だってそうだ。ひとりじゃできないんだよ。誰かと支え合って、時々失敗しながら何かを成し遂げるんだ。ヒバリだってきっと一緒だ」

「私、も……」


 彼女の真剣な視線が彼を貫く。


「だからヒバリ、自分を卑下するんじゃなく、僕やみんなに相談して欲しい。……少しくらい、君の本当の気持ちを聞かせて欲しい。そうしないと、助けたくても助けられないからね」


 そう言って、彼は不器用に笑った。

 決して完璧ではない、年相応の笑みだった。


 けれど。だからこそ、ヒバリは小さく笑って、ゆっくりと頷いた。


「──ありがとう、翔太君。あなたがそう言うのなら、私も素直になれるように努力する」


 地平線に落ちようする太陽が二人の姿を照らす。

 夕陽に照らされる彼らの顔は、赤くなっているように見えた。

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