作戦会議
それは絶望の象徴だった。
都民十数万人の死亡。
大震災よりも、巨大な台風よりも、感染病よりも大きな被害が報じられた。
都内複数の区が立ち入り禁止の『特区』に指定。
誰も聞いたこともない死者数を発生させた化け物の存在は、瞬く間に全国に広がった。
最初期に現れ、未だ討伐の為されていないそれは、国内の『虚構の浸食』の中で最も有名だ。
曰く、それの領域に成り果てた『特区』の中から生きて出てきたのは住民の1割程度。
それ以外の住民は、化け物の膝元から二度と出てこない。
地上には瘴気が充満し、救助隊が中に入ることすらできなかった。
ヘリの上空からの観察によると、取り残された住人はあらゆる病を負ったようなおぞましい死に様で路上に倒れていたそうだ。
穢れと疫病をまき散らし、都内の一部を一瞬にして死の領域に変えてしまった化け物。
それは、畏れと共に『厄神』と呼ばれる敵だった。
◇
今から自分が話すことを考えると気が重い。
彼女らがどんな風に思うのかなんて既に分かっているからだ。
それでも、オレが伝えなければ。
「
トラウマの克服というものは、痛みが伴うものなのだ。
オレは教室の教壇に立って、こちらに視線を向ける生徒一同に話を始めた。
「今回の作戦の撃破目標は『厄神』だ」
その名前を聞いた瞬間、息を飲んだ少女が二人いた。
ヒバリとヴィクトリアの目が鋭くなる。彼女らにとって、厄神の名前は決して無視できるものではない。
最初に口を開いたのは、ヒバリの方だった。
「『厄神』の討伐? どうして、今になって……」
「予想に反して都内の状況は随分と安定しているからな。不定形の神の出現以降以来大きな敵の動きも見られない」
元々、救世カノンをはじめとする「転校生」たちは敵のさらなる攻勢に備えて集められた精鋭の纏姫たちだ。
都心からの攻勢に備えて戦力を集めたにも関わらず、敵の勢いは下火。
――それなら、攻勢も可能ではないか、というのが虚構対策委員会の判断だ。
「戦力が集まっていて消耗も少ない今ならば、都民の仇を討てる。厄神の討伐は戦力的な意味以上に心象的なインパクトが大きい。作戦を成功させれば国からのさらなる援助をも期待できるってのが大人の判断だな」
ヒバリはわずかに考え込んでから、ポツリと呟いた。
「そっか。……ようやく、なんだね」
意味深な言葉と、鋭い視線。主人公君が怪訝な顔でヒバリを見た。
その隣のヴィクトリアは、不自然なほどに無口だ。
明らかに何かあるような態度。オレはその意味を既に知っている。
けれど、この場で無理に聞くようなことはないだろう。
そう思って、オレは話を元に戻した。
「敵は強大なことは十分分かっている。そのため、今回は二つの小隊による合同作戦となっている。そういうわけで、今回は転校生たちで構成されたシュガー小隊に来てもらっているわけだな」
オレは馴染みのフォックス小隊の横に座っている、見慣れない少女たちの姿を確認する。
人数は五人。こちらの制服はまだ準備されていないらしく、バラバラの制服を着ている。
「シュガー小隊。代表者から簡単に挨拶をしてもらえないか?」
そう呼びかけると、シュガー小隊の中から一人の少女が立ち上がった。
彼女はにこりと微笑み、オレの隣まで来た。
近くで見ても、やはり彼女は画面の向こう側にいた彼女のままだった。
「シュガー小隊、隊長の救世カノンと申します。同じクラスの方には転校生として一度自己紹介しましたね。今回の合同作戦では、何卒宜しくお願い致します」
そつなく挨拶したカノンに、何人かが頭を下げる。
とはいえ、合同作戦なんてものはこの部隊でやったことがない。
そもそも癖の強い奴ばかり集めてできたのがフォックス小隊だ。
連携や交流の調整などはオレが気を遣うべきだろう。
「……合同作戦とは、ライカにしては珍しい判断だな。何か意図があるのか?」
ハヅキがオレに対して率直な疑問を投げかけてきた。
「ああ。厄神のいる特区に張り巡らされた領域――『
ヒバリやヴィクトリアは百も承知だろうが、主人公君などは何の話か分からないらしくアホ面をしている。仕方ないのでオレがチュートリアルの代わりをしてやろう。
「『厄神』は病、穢れを基にした『虚構の浸食』だ。奴らの出現最初期に現れたコイツは都内西部――通称『特区』に未だ生息している。中には瘴気が充満していて、通常の人間が入れば10分程度で死に至る」
『特区』は複数区をまたぐ死の領域だ。厄神を倒さなければ、これらの住居に人が戻る日は来ないだろう。
「不浄、穢れ、ってのは人類史に通じる嘘だ。実際に存在する病状とは別に、人は病に対して過剰な恐れを見せてきた。迫害し、隔離し、祈りを捧げ、浄化を試みた」
思い当たる節があるのか、主人公君が小さくうなづく。それを確認したオレは先を続けた。
「病原菌そのものではなく、病に対する人間の過剰な恐れは嘘と言ってもいい。少なくとも、厄神という『虚構の浸食』はそう定義された。古今東西の毒、伝染病、穢れを放出するのが『厄神』だ」
そして、それらの被害を受けた人々への風評被害が発生したわけだが……その話はあとでもいいだろう。
「厄神の陣を張る特区は、巨大な壁で守られている。まあ、東京ドームがさらに10倍くらいになったような感じだな。内部には『瘴気』が満ちている。纏姫と言えども、一時間も生身でいれば体に異変をきたす猛毒だ」
厄神の最も面倒な特性だ。単体での戦闘能力もさることながら、瘴気の影響で長時間の戦闘はこちらに不利になる。
原作では、ヘリにより接近して降下、一気に本体を撃破するという作戦が取られたはずだ。
ただし、今回はそんな無理やりな方法を取らなくても勝算はある。
「そして、その対抗策となるのがカノンの能力だ」
オレが目をやると、微笑んだ彼女が前に出てきた。
「私の顕現させる『救世観音像』には、浄化能力が備わっています。厄神の瘴気の影響を軽減することも可能でしょう」
ゲーム的に言えばデバフの解除だ。
デバフをばら撒く厄神とはかなり相性がいい。
もっとも、オレの知るシナリオではこの頃にはカノンは死んでいる。
厄神と最も相性の良い力を持つ救世カノンは、既に原罪を背負って処刑されていた。
これこそがオレがカノンを作戦に巻き込んだ最大の理由だ。
生きていれば対厄神戦で最高の貢献をしてくれたはずの彼女。
その力を借りれば、彼女らを傷つけることなく難局を潜り抜けることができるかもしれない。
「厄神の瘴気を軽減……そんなことが可能なの?」
ヒバリが真剣な表情で尋ねてくる。
それに答えたのは、オレでもカノンでもない。
理系の知識に詳しいマナだった。
「科学的な実験の結果から、概ね肯定できる。虚構対策委員会は厄神の瘴気を一部回収し、救世カノンの能力の効力を実験している。研究者のレポートでは、半減以上の効果が期待できるという結果が出ている」
マナの言うレポートにはオレも目を通した。安全性を確保した上で行われた実験は、たしかにカノンの能力の有用性を証明していた。
「……じゃあ、厄神とずっと戦えるってこと?」
「そう断言するのは危険。科学的検証によって確実に安全を保障できる活動時間は3時間。それ以上は救世カノンの浄化があってもどんな異常が起きるか不明。ただ、短期決戦であれば瘴気の影響はかなり薄い」
マナは根拠に乏しい言説や曖昧な物言いを嫌う。
そんな彼女の言葉は、フォックス小隊のみんなにとって何よりの判断材料になる。
「そう……ようやく、ようやくなんだね」
ヒバリはそう呟いたきり、黙り込んでしまった。
オレが言葉を継ぐ。
「他に懸念点などがあればこの場で確認させてほしい。何かあるか?」
「じゃあ、私から」
手を挙げたのは、普段こういう場所で発言することの少ないヴィクトリアだった。
「『瘴気』の影響を軽減できることは分かった。でも、肝心の本体に勝つ計画は? 厄神の身体には傷一つついたことがない。
「本体の攻略はオレたちが全力で当たる。今のフォックス小隊であれば可能だ」
「――それで、本当にあの疫病神が倒せるの?」
「……ヴィクトリア?」
普段と様子の違う彼女に問い返す。ヴィクトリアは小さくかぶりをふった。
「ごめん。なんでもない。オールドライアーができるっていうなら私は信じる」
彼女の表情は晴れなかった。
「……後は何もないか? じゃあ、今回のミーティングは解散にしよう。今後も疑問点があれば各自で確認してもらえれば助かる。戦う相手は討伐された記録すらない怪物だからな。備えは多い方がいい」
そう言って、オレは第一回合同会議を終了した。
解散した後、教室を出る際にオレは主人公君に近づき、小声で囁いた。
「おい、あとで裏来い」
「なんかシメられるみたいだね……」
失敬な。
オレをなんだと思っているんだコイツは。
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