裏・作戦会議

 表の作戦会議をした後は、当然裏での作戦会議もある。

 彼にはもう少し話すべきことがあるからだ。


 校舎裏のいつものポジション。

 オレは窮屈な会議を終わらせることができた開放感に包まれて白い煙を青空に吐いた。

 やはり仕事終わりの喫煙は最高だ。

 

 煙草を吸いながら少し待っていると、主人公君がやってきた。

 開口一番、彼は問いかけてきた。

 

「ライカ、話ってもしかしてヒバリとヴィクトリアのこと?」

 

 開口一番聞いてくる主人公君に、オレはコクリと頷いた。


「ご明察。会議中、二人の様子がおかしかったことには気づいたな?」

「まあね。……多分、厄神の話を聞いてからじゃないかな」


 流石、他人の感情を慮るのは上手いらしい。


「まあ、そうだな。……今後必要になるだろうから、『厄神』についてさっきは言いそびれたことをお前に教えておこう」


 やや短くなった煙草を灰皿に押し付けて、オレは二本目の煙草に火をつけた。


「国内では住居を奪われた避難民である都民への差別があることはニュースやらSNSやらで見たことあるよな?」


 避難先での都民は邪魔者扱いだ。

 ただでさえ人数が多いうえに、風評被害まである。

 

 オレの言葉に小さく頷いた主人公君の顔を確認したオレは、一度煙を火をふかす。


「あれの最も根本的な原因が厄神だ。穢れ、病という概念が形になった厄神。それに襲われて生還した都民は病を未知の『穢れ』を持っているというデマが生まれた」


 正確に言えば、厄神の本質は疫病そのものではなく、疫病に対する人の恐怖だ。

 

 実際のところ、厄神の被害を受けた人は政府による徹底した検査によって病気などは持っていないことが判明している。

 そもそも、厄神に接触した都民はほとんどがその場で死亡している。厄神の強力な毒性は、纏姫でもない一般人にはとても耐えられるものではなかった。


 そんな説明を簡単にすると、主人公君は難しい顔をした。


「……つまり、ヒバリとヴィクトリアはその厄神に接触した生き残りだと?」

「ああ。纏姫の適性があるから他の住人より耐性があったんだろうな。彼女らはここに来る前は避難区域で受け入れられていた。当然、差別的扱いだって何度も受けたはずだ」


 オレはそれをよく知っている。原作において語られた彼女らの悲惨な過去は今でも思い出せる。

 石を投げられたり、侮蔑の言葉を投げかけられたり、住居に脅迫文を送られたり。


 それらの出来事は、10代の女の子にはあまりに刺激の強いものだった。


「おそらく、厄神は倒せる。不定形の神を誰も死なせず倒したお前らなら。運命をも変えてみせたお前らならできる。ただ、ヒバリとヴィクトリアの心を救えるかどうかとは別問題だ」

「ライカは、心を救うのは僕の役目だって言いたいんだね」

「……まあ、そうだな。お前が一番適任だと思っている。……またお前任せにしようとしているのは、申し訳ないと思っているよ」


 彼に全部任せる罪悪感を、オレは煙を吸って誤魔化した。

 同じもののはずなのに、違う味。

 ああ、これは銀行で働いてた頃の煙草の味だ。


「詳細については本人の口から直接聞いてくれ。その方が理解も容易いからな」

「でも、辛い過去を聞くことになるよね?」


 主人公君の真剣な瞳に、オレは少し襟を正した。


「もちろんだ。聞かずに済むならそっちの方がいい。ただし、纏姫とアンカーが同期するのなら相互理解は避けて通れない道だ。お前、まだあの二人の力で纏姫纏いブラッファーウェアリングできないだろ。手札は多い方がいい。誰があっさり死ぬか分からないからな」

「まあ、君なんかは放っておいたら勝手に死んでいたはずだからね」


 非難の混ざった目線に、オレは顔を逸らして煙草を咥えた。

 それを言われるとバツが悪い。ハヅキに死ぬほど説教された後だ。

 

「と、ともかく。……辛い経験ってのは纏姫の力の源である虚勢に大きく影響している場合が多い。これの理解を避けていたら『完全同期』なんて夢のまた夢だ」

 

 オレの知識通りに事が進むのなら、ヴィクトリアとの完全同期は厄神を倒す上で必須だ。

 『ブラフオブガールズ』第二章は、そういうストーリーだった。


 


 

 煙草臭い二度目の作戦会議が終わった後、僕は屋上へと出ていた。

 風に当たって、ライカの言ったことを考えたくなったのだ。

 

 幻想高校の屋上は基本的に人がいない。狭いし何も置いていないので当然だろう。


 以前のハヅキはここで人目を避けるようにして素振りをしていたが、最近の彼女はここにはいない。

 彼女の中で心境に変化があったからだろう。


 ここなら一人になれる。そう思って屋上に来た僕は、目の前にいた少女の姿を見て驚いた。


「あれ、ヒバリ?」


 フェンス越しに遠くの景色を眺める彼女は、希望ヶ丘ヒバリだった。


「あ、翔太君じゃん。こんなところに来てどうしたの?」

「いや、何か目的があったわけじゃないけど。そういうヒバリはどうしてここに?」


 ヒバリは大抵の場合人の多いところで談笑しているイメージだから、ここで会うのは意外だ。

 

「いや、ちょっと考え事したくてね。らしくないことしてるなーって自覚はあるんだけどねー」


 口調の軽さとは裏腹に、彼女の表情は晴れない。


「……ライカの厄神討伐作戦について、何か不安があるの?」


 思えば会議の時から彼女の様子はおかしかったように思う。表情が硬くて、どこか思い詰めたような顔をしていた。


「ううん、なんでもないよ!」


 ヒバリが笑う。その笑顔を僕はじっと見つめて、彼女に告げた。


「嘘だね。ヒバリは本当になんでもない時はそんな風に笑わない」

「……ッ」


 ヒバリの笑顔が歪む。


「あはは……なんでもお見通しって言いたいの? ――翔太のそういうところ、結構傲慢だよね」


 強い言葉を使った彼女は再び笑う。その質は、先ほどまでとは異なっている。空っぽで、伽藍堂みたいな笑顔だ。


「たしかにそうかもしれないね。でも、目の前で強がってるヒバリを放っておくことなんてできないよ」

「……その図々しさはライカちゃん譲りかな? ……でも、そういうところはそんなに嫌いではないよ」


 ため息をついた彼女は表情を消した。明るい彼女には似合わない表情。


「私の話なんて聞いても何も得られないよ」

「構わないよ」


 ヒバリの想いを聞かせて欲しい。

 ライカに言われたからじゃなく、これは僕自身の胸から出た想いだ。


 彼女は簡単に自らの過去を語ってくれた。

 厄神が出現し、住んでいた場所を追われたこと。厄神の影響を受けた都民として、差別的扱いを受けたこと。ヴィクトリアも同じ経験をしたこと。


 概ね、ライカに聞かされたことと相違ない。

 けれど、僕は彼女の口から直接過去を聞けたことに安堵した。


「――空蝉っていう言葉は知ってる?」

「セミの抜け殻のこと?」

 

 僕の返答に、ヒバリは空っぽに笑った。

 

「そう。脱皮した後に残る抜け殻。中身はすっぽり抜けて、後に残るのは生命を模った外殻だけ。――私は、希望ヶ丘ヒバリはああいったものなの」


 彼女は少し口を噤んで遠くを見た。

 

「私はみんなの希望を背負ってる。故郷のみんなは私に期待を託してくれた。纏姫の才能に恵まれた私が、故郷の仇を取ってくれると信じてくれた。これが私の殻。――でも、肝心の私自身は何も変わらなかった」


 そう言う彼女の瞳は、空虚な暗闇だった。


「故郷のみんなは今もなお苦しんでいる。住まうべき場所を失って、蔑みの中に身を横たえている。それでも尚、信じている。私が故郷を滅ぼした化け物を討伐して、大事な故郷を取り返すことを。自分たちはまだ負けたわけじゃないと。……でも、私にできるわけがない」

 

 気弱な言葉。根拠のないそれは、確かな根拠に裏付けられているような確かな響きを持っていた。

 僕は黙って続きの言葉を待つ。

 

「私一人じゃなにもできない。私はライカちゃんやマナちゃんみたいに頭が良くないし、ハヅキちゃんみたいな強さもない。……抜け殻みたいなものだからね。ただ故郷のみんなのためになれば、ってそれしかない。私自身はなにもない。これじゃ何も為せない。あの化け物を、倒すことができない」

「……」


 そんなことはない、と否定するのは簡単だ。

 けれど、安易に否定できるほど僕はヒバリの本当の顔について詳しくなかった。


 気まずい沈黙を感じ取ったヒバリは、やがて抜け殻のような無表情を止め、いつもの明るい彼女に戻った。


「……なーんて冗談冗談! 私がそんなこと考えてるわけないじゃん! じゃあ、私もう行くから!」


 くるりと身を翻してにこりと笑う彼女のことを、僕は止めることができなかった。


「……あー、やっぱり僕に女の子の悩みを聞くなんて荷が重すぎるんじゃないかな、ライカ」

 

 無力感と共に僕は空を仰ぐ。

 ヒバリの心をどうすれば救うことができるのか、僕にはまったくもって分からなかった。

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