剣とは即ち対話である

 都心部の『虚構の浸食フィクショナルインベーダー』への警戒は強まっている。

 先日現れた不定形の神は、フォックス小隊による奇跡的な撃破が為されなかった場合、防衛線を守り切れなかった危険性すらあった。



 だからこそ、幻想高校に纏姫がいくらか増員されることが決定した。

 言い換えれば転校生。


 そして、その転校生のひとりとしてここに来たのが救世カノン。オレが知る原作では、不定形の神との戦いで死ぬはずの少女だった。


「なぜ、彼女がここに……」


 煙草を吸っても思考は晴れない。脳内にモヤモヤと煙が漂っているような感覚だ。


 原作の救世カノンは最初から東京の幻想高校にいたはずだ。それでも姿が見えないから、てっきり何の因果か彼女は纏姫にならなかったのか、と思った。

 多分その方が幸せなはずだ、と自分を慰めすらした。


「……」


 突然話しかけて、「今まで何してたんだ」なんて聞くのはあまりに不自然だろう。

 でも、知りたい。彼女がどんな過去を経て、どんな経験を経てここにいるのか知っておきたい。


「世を救う、か。……人間には重すぎる望みだな」


 独り言をひとつ吐いて、オレは煙草を捨てた。



 ◇



「ヒバリのことを知る。ヒバリのことを知るかぁ……」


 ライカは難しい課題を出してくるものだ。

 でも、僕としても友人のひとりである彼女のことは知りたい。彼女の素顔を知った上で接したい。


 ライカの意見ばかり聞くのも良くない気がする。

 彼女は賢くて頼りになるけれど、たまにズレているところもある。平然と校舎裏で煙草吸ってるのがいい証拠だ。


 ヒバリのことを知るにはどうしたらいいのか。

 迷った僕は、剣の鍛錬の後で思いきってハヅキに質問してみた。


「相手を知るためにはどうすればいいか、か。翔太から私に相談とは珍しいな」

「うん。良かったらハヅキの意見も聞かせてくれないかと」


 人付き合いはやや苦手とするハヅキだが、彼女の視点は他の人と違うので参考になることがある。

 彼女はすぐに自分の考えを口にした。


「翔太がヒバリのことを知りたいのなら、最も簡単な方法は一つだ。──剣で語ればいい」

「……うん?」


 迷いのない言葉に、僕は思わず聞き返した。


「剣を交えれば相手の人となりが分かる。闘志をぶつけ合えば相手の魂の形が分かる」

「……うん。うん?」


 静かな語り口調だが、やはり何を言ってるか分からない。


「技をぶつけ合えば相手の人生が分かる! 呼吸、足運び、剣のキレ、柄の握り方から相手の五体を知り、その瞳に宿る熱から幹を知ればどんな相手だろうと怖くはない!」

「ハヅキ、落ち着いて!」


 まずい、ハヅキの暑苦しい部分が暴走してる。

 こうなった彼女は人の話を聞かないただのアホだ。


「お前の想いは受け取ったぞ翔太! 私がヒバリと話をつけてくる!」

「全然受け取れてないよ! 多分誤解だよ!」


 ダッ! と走り出したハヅキを、僕は止めることができなかった。




     拝啓、中塚翔太殿


     貴殿の決闘、承る。

     ついては午後3時の第一訓練場にて貴殿を待つ





 やたらと古めかしい決闘状を持ち帰ってきたハヅキを前に、僕は退路を断たれたことを悟ったのだった。



 ◇



 第一訓練場は屋外に設置されただだっ広い運動場のようなものだ。

 纏姫が全力で動いても問題ないほどの広大なスペース。


 そこで、幻想高校でも滅多に見れないアンカーと纏姫による決闘が行われるらしい。

 野次馬が集いだし、私的な決闘はちょっとしたイベント事のようになっていた。


 オレはその様子を醒めた目で見ていた。


「オールドライアー。この戦いどう見る?」

「どうって……なんであいつら戦おうとしているんだろうな、と」


 ヴィクトリアの問いかけに素直に答える。

 なんであいつはヒバリと仲良くなるはずが決闘しようとしているのだろうか。

 あんなにアホな奴だったか? 


「そうね。観測者の実力は、ここ最近で大きく向上した。纏姫纏いの精度が上がり、刀の扱いは既に師の域に近づいている」

「いや、オレ何も言ってないけど……」


 ヴィクトリアは何やら得意げに語り出す。


「一方、希望背負う少女。彼女が最も得意とするのは高機動力を活かした切り込み。激突は必至。──この勝負、最初に退いた方が負けるわね」


 また適当言いやがって……。

 実力者です、みたいなドヤ顔で腕を組み二人の様子を観察するヴィクトリアは楽しそうだ。

 中二病的に満足するシチュエーションだったらしい。



「さてさて、翔太君の準備はいいかな?」


 ヒバリの弾んだ声が吹きさらしの野外に響いた。

 その身には既に魔法少女装束を纏っている。

 手には魔法のステッキ。


「問題ないよ。いつでも行ける」


 対する主人公君は、既にハヅキとの纏姫纏いブラッファーウェアリングを完了して、その手には無骨な日本刀を持っている。


「手加減はいらないよ。──さもないと、死ぬから」


 ヒバリの身体が僅かに浮かぶ。

 魔法の力を借りたヒバリは一瞬にして主人公君に肉薄、ステッキから展開した魔力ブレードで斬りかかった。


「くっ……」


 主人公君の刀が刃先を受け止めた。

 ギリギリと火花が散る。

 ヒバリが不敵な笑みを浮かべた。


「フラッシュ!」


 ヒバリのステッキが、まばゆい光を放った。


「うわっ!?」


 至近距離でそれを直視した主人公君は目を覆って後ずさった。


 視界不良という圧倒的ハンデを背負った彼が後退する。

 絶好の機会を見逃さず、ヒバリは素早く彼に斬りかかった。


「ふふっ、もらったーっ!」


 目が見えない彼に、迫りくるブレードを避ける術はない。

 そう思われたが、次の瞬間主人公君は素早く半身を逸らし、刃を紙一重で避けた。


「え!? うそ!」

「幻想流──旋風」


 目を瞑ったままで、彼は己の技を繰り出した。

 横なぎに振るわれた刃は、まるで見えているかのようにヒバリの身体を捉えていた。


 勝利を確信していたヒバリの無防備な腹に鋼が直撃した。

 一応手加減はしたらしく、刃が食い込むことはない。

 代わりに、ヒバリはバットに捉えられた野球ボールのように吹き飛んだ。


 吹き飛ばされた彼女はゴロゴロと地面を転がった後、むくりと起き上がって抗議の声を上げた。


「いったー! 翔太君手加減とか知らないの!?」

「いや、手加減はいらないとか言ったのはヒバリの方だし……」


 ぷんぷんと怒り出すヒバリに主人公君が冷静に返した。


 周りを見れば、みんな彼の言葉に静かに頷いていた。

 フォックス小隊の全員が、ヒバリの「手加減はいらないよ。──さもないと、死ぬから」というカッコつけた宣言を聞いていた。

 その後でのこの醜態。あまりにダサい……。


「ヒバリ、勝負はついたのだからあまり女々しいことは言うな。翔太の剣が……私の剣を見て育った翔太の剣が、勝った。その現実を認めろ」


 誇らしげに胸を張るハヅキが宣言する。


「むむ……でもおかしいじゃん! 翔太君絶対目が見えてなかったのになんで刀が当たったの? インチキ! チート! チーレム主人公め!」

「最後のはよく分からないが……幻想流はあらゆる状況を想定している。目に頼らずとも相手の『気』から次の攻撃を読む訓練は普段からしている」

「え? ハヅキちゃん何言ってんの……」


 ヒバリがドン引きしていた。


 オレも何言ってるか全然分からなかった。平安武者とか戦国の猛将とかその類か……? 

 マナも同意見らしく、遠い目をして「論理的じゃない……」と呟いている。

 ヴィクトリアだけ、なぜかうんうんと頷いて「さすが天眼ね」などと言っている。


「ヒバリ、傷は痛まない?」


 いつの間にかヒバリの元まで近寄った主人公君が手を差し伸べる。その手を取って起き上がった彼女は、すぐにズビシ! と彼に指を突き付けた。


「きょ、今日のところはこれくらいにしておいてあげる。でも、一か月もすれば私もてんげん? を身につけてあなたに勝つから! 覚えててよね!」


 シュタタ! と駆け出した彼女は、痛みなど感じさせないスピードであっという間にどこかに行ってしまった。


「なるほど、大言壮語の後に負けて羞恥に襲われて逃走。この行動は納得できる」

「マナ、本当のことを言ってやるな」


 憐れな魔法少女希望ヶ丘ヒバリは、的を射た分析を背に逃亡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る