二章

新たな物語のはじまり

 校舎の脇を通り、人気のない方へと歩いていく。


 最初は人気がなく暗い雰囲気が慣れなかった校舎裏だが、何度も来ているうちに居心地の良さすら感じるようになってきた。

 彼女の秘密基地に近づくと、もう嗅ぎなれてしまった香りがした。


 物陰に隠れて煙草をふかす彼女に、挨拶がてら声をかける。


「ライカ、健康に悪いよ。まだ病み上がりでしょ」

「いや、精神的な損傷についてはリラックスすることで解消が見込まれるからな。オレにとってこの一本は、回復アイテムみたいなもんだ」

「また適当な嘘ついて……」


 不健康そうな白い煙と、体に悪そうな匂いは明らかに悪影響に見える。

 僕の言葉を大して気にする様子もなく、噓葺ライカは白々しく言葉を続けた。


「それで、最近はどうだ? マナとデートか? そろそろハヅキと手くらい繋いだか?」

「いや、君の期待してるようなことはないけど……」


 前よりもみんなと仲良くなった気がするけど、恋とか愛とかそういうのはあんまりない。


「つまらんな。まあいい。それで、ヒバリとは少しくらい距離を近づけられたか?」

「いや、全然……」


 僕が視線を逸らして答えると、ライカは眉を上げて煙草を乱暴に灰皿に押し付けた。


「馬鹿野郎なんであんな二人っきりにしてやってるのに進展がないんだ!」

「いやだって! ヒバリって何考えてるか分かりづらいんだよ! むしろライカの方が分かりやすいくらいだよ!」


 ライカがハッキリ何か言ったわけではないけど、最近の態度から今度は僕にヒバリと仲良くなって欲しいらしいことは察しがついた。

 僕と彼女を露骨に二人きりにしようとするし、何かと話題を提示しようとしてくる。


「チッ……これだからお子様は。ヒロインを攻略するのにいつまでもアドバイスをもらってどうするんだ。……まあいい。子どものケツ持つのも大人の仕事だからな」


 どう見ても成人すらしていない彼女は、大人ぶったことを言う。

 ライカは先ほどまで吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、新しいものを取り出して火をつけた。


「ライカ、流石に吸い過ぎじゃない? 君が入院した時の健康診断、ちょっと怪しかったよね。というか僕これを機に禁煙しなよって言ったよね」


 僕が指摘すると、ライカは気まずそうに眼を逸らしながら煙を吸った。

 ……相変わらず、ストレスを感じると吸わずにはいられないらしい。

 立派な中毒者だ。さすがに健康状態が心配になる。


「いや、これでも努力はしてるんだ。これを見てみろ」


 そう言って、彼女は制服の胸ポケットから煙草の箱を取り出した。青色の紙の箱。


「煙草だね」

「いや、前とは違う。前の白いやつは15mm。これは10mmだ」

「…………何が違うの?」


 僕が当然の疑問を問うと、彼女は急に怒り出した。


「お前、オレの努力が分からないのか!? ヤニが! 減ってんだよ! これをオレがどれだけ辛い思いでやったか……お前に分かるか!?」

「いや、分からないけど……というか怒りっぽいのはやっぱり吸い過ぎじゃない? これを機に健康を見直そう? ハヅキを見習おう?」

「うるさいわ!」


 ライカは怒りのままに火のついた煙草を地面に投げ捨てた。それを乱暴に踏んづけて、彼女は懐から白い箱を取り出した。


「いや、それ前のやつ……」

「これはお前にイラついたら特別に吸ってるだけだ」


 モノに当たってタバコを一本無駄にした彼女は、新しいモノに火をつけた。

 心なしか先ほどよりもキツイ匂いが漂う。

 ライカの顔が、およそ年頃の乙女がしてはならないような恍惚とした表情を作る。


「ああ……やはりこれだ……こいつだけがオレを救ってくれる……」


 もう何を言っても無駄か。

 そう思った僕は、ライカの不健康に言及するのをやめて聞きたかったことを聞くことにする。


「それで、どうして今度はヒバリと僕をくっつけようとするの?」


 ハヅキの時みたいに、メンタルをケアして欲しい、とかだろうか。今のところその必要性は感じないけど。


「前も言わなかったか? アンカーと纏姫の仲は良好なほど戦闘に好影響を及ぼす。ヒバリはお前とそこまで近しいわけじゃないからな。最近は戦闘回数も少ないし、これを機に仲良くなってくれ」


 ああ、これはひょっとしたら嘘かな。


 漠然とそう感じるが、煙を吐き出すライカの真意は読み取れない。

 白煙の向こうにある彼女の表情に特に違和感はない。

 けれど、噓つきな彼女にとって自分の表情をコントロールするなど造作もないことなのだろう。


 結局のところ、僕が彼女の嘘を完璧に見通すことなんて永遠にできないのだろう。

 不気味な青い空の日だって、僕は彼女の嘘を見抜くことができなかったのだから。


「……ヒバリと仲良く、なんて僕にできるのかな」


 悪くない関係は築けていると思う。

 でも、その先は想像できない。

 信頼できる友人、という奴は弱いところまで全部見せられる間柄のことだ、と僕は思う。


 その理屈に則れば、僕はヒバリに信頼されてない。


「ヒバリは僕にも愛想よく接してくれるよ。つまらない冗談で笑って、ニコニコ笑い合える。でも、それ以上は分からない。明るい彼女の奥底にあるものが何なのか、僕には全く見当がつかない」


 僕の言葉を聞いたライカは、煙草を咥えたまま少し黙り込んだ。

 もやもや、と白い煙が立ち昇り、キツイ匂いが鼻孔を刺激する。

 左手を乱暴にスカートのポッケに突っ込んだ。彼女が喫煙中たまに見せる姿勢だ。

 そのままピタリと止まり、しばしば視線を宙に漂わせる。


 少しして、ライカの細い指が煙草をひょいと掴み取った。

 煙を吐く。

 どうやら彼女の中で考えがまとまったらしい。


「まあ、そうだな。……むしろ分かっていないということが分かっているだけ上々だ。別に焦らせたいわけじゃない。相互理解なんてものは例外なく時間がかかるものだ」


 ゆらゆらと漂う紫煙が空へと昇っていく。


「希望ヶ丘ヒバリは、その名の通り誰よりも人の希望たらんとしている少女だ。たしかに、彼女は色んな絶望を経験して本心や本音を奥底に仕舞い込んでしまっている。──ただ、その善性だけはどうか信じて欲しい」


 話は終わりだと、と言わんばかりにライカは煙草を灰皿に捨てた。


「まあ、お前ならできるさ。なんたってお前は、一番めんどくさい奴を救ったんだ。恐れることはない。一応、オレが後ろから見守っていてやるさ」


 そんな風に吐き捨てて、彼女は手をひらひらさせて僕に背を向け、校舎の方へと歩いて行った。


「第二章のメインヒロイン、希望ヶ丘ヒバリは、お前なら救えるさ」


 彼女の最後の言葉は、僕の耳まで届かず煙のように空に溶けていった。




 〈TIPS〉一部の纏姫は、ストーリー進行度に応じて好感度レベル上限が解放されます





【BOG実況】二章……どんなもん? 




 配信を始めて開口一番、俺は元気よく挨拶をした。


「皆さんどうもこんにちは! 『感情的なポタクさん』です。さて、今日は少々久しぶりになってしまいましたが、BOGのメインストーリー第二章をやっていきたいと思います!」


 ・こんにちは! 

 ・ホラゲーから逃げるな

 ・BOG全然やらなくて止めちゃったのかと思いました


「あ、BOGは普通にやってました。裏で素材集めとか。ほら、ウチのライカ強くなってるでしょ?」


 早速画面を操作し、自キャラのプロフィールを配信画面で見せる。日々の努力が報われ、レベルやらスキルレベルやらが随分と上がってきた。


 ・つよい 

 ・ライカの幻想爆発はもうちょい上げてもいいかもです

 ・結構やりこんでて草


「で、やる気あるのに配信の時間が空いたのは……あれですね。なんか、感情揺さぶられ過ぎて続き見るのしんどくなったっていうか……この大団円した空気感でしばらくイベントとかのんびりこなしてるのもいいかなぁみたいな……」


 ・分からんでもない

 ・良すぎて続き読むのしんど……って時は実際ある


「でしょ! でも、二章のこのメインヒロイン? っぽい子が可愛かったので続きやります。ぐ……救世ぐぜカノンちゃん、でいいんですかね? この子がメインヒロインっぽいですね。一章では全く出てこなかった子。てっきり二章はフォックス小隊であんまり触れられなかったヒバリちゃんとかヴィクトリアの話かと思ったんですけど」


 ・ヒバリの出番もあります! 

 ・カノンは間違いなくメインキャラですよ


「なるほど……さて、それではさっそくやりますか! 第二章、スタート!」




 〈TIPS〉纏姫の戦力管理などは主に国の手で行われています



「本日はこちらに転校してきた纏姫の紹介をします──シュガー小隊、隊長の救世カノンさんです」

「皆さん始めまして。京都の方から来ました、救世カノンと申します。こちらでの生活にはまだ慣れませんが、皆さんよろしくお願い致します」


 教室の前に立ったのは、穏やかな笑顔を浮かべる優し気な少女だった。

 目は少し細い。瞳の奥の黒色は見ている人間を落ち着かせる。

 丁寧に結われた黒髪は生真面目に整えられている。

 すらりと伸びた手足に、女性らしいふくらみのある体。


 教室の端にいた噓葺ライカは目を見開いた。信じがたいものを見たような、まるで幽霊でも見たような顔だった。


「救世……カノン……?」


 そんな彼女の様子は誰にも気づかれない。他の生徒たちは、特に違和感なく新しい纏姫を受け入れていた。

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