新入生

 真新しい制服に身を通す。

 仕立てたばかりのスカートには皺ひとつない。


 鏡で自分の姿を確認すると、結構似合ってる気がする。

 最近染めたばかりの髪もバッチリ似合ってる。


 でも結局、前の高校の制服は結局三ヶ月くらいしか着られなかった。

 少し寂しい。けれど、これから日々へのワクワクの方が上だ。


 大半の荷物は既に向こうに送ってある。

 身だしなみを整えたらカバンを持って出発だ。


「ユカリ、気を付けてね」


 家を出ようとした私に、お母さんが心配そうに声をかけた。

 出勤前に声をかけてきた父もそうだったが、まるで戦地に出る娘を見送るようだ。


「心配ないってお母さん。ちょっと友達作ってくるだけだから!」


 私の笑顔を見た母はそれでもまだ心配そうだった。しかし、手を振って私を見送る。


 ひらひらと手を振って、玄関のドアを開ける。

 気分は上々。新しい門出に相応しく、清々しい朝だ。


 こうして私は、纏姫ブラッファーが集まる場所、幻想高校へと旅立った。





「おお、ここが幻想高校……校舎でかっ! 一枚とっとこ!」


 要塞のような校舎を映して写真を一枚。

 あと私の顔と一緒にもう一枚。

 もうちょっと可愛く撮れそう。もう一枚。


「おおお、いいねいいね! なんか纏姫になったんだなーって感じ!」


 ウキウキした気分は最高潮だ。

 ニュースなんかでも話題になる幻想高校。そんな場所に自分がいるという事実にワクワクする。


 そんな風に写真撮影に勤しむ私に、小さな女の子が近づいてきた。

 制服姿の彼女は、迷いなく私に話しかけてくる。


「君が縁内ユカリかな?」

「え、小っちゃくてカワイイ! 迷子かな?」


 目の前の少女は、小柄な私よりも小さかった。小学生か中学生くらいだろうか。

 育ち切っていない背丈と、心配になるくらい細い胴体。

 なぜかショックを受けたような顔をしている。


「ち、ちっちゃ……? オホン。君の案内役の噓葺ウソブキライカだ。君の先輩にあたる纏姫になる。よろしく」

「えー、背伸びしててカワイイ! ナデナデしていい?」

「先輩だって言ってんだろはっ倒すぞ!」


 私が初めて会った纏姫の先輩、噓葺ライカは小型犬みたいにグルルと威嚇してきた。





「機嫌治してくださいよ……知らなかったんですから」

「お前名乗っても舐め腐った態度取ってただろうが……」

「ま、まあまあ。せっかく待望の新入生が来たんですから、案内してくださいよ!」

「図々しい奴め……」


 どうやらこの小さな先輩が、事前に聞いていた案内役らしい。

 今日の私の予定はここの見学だ。


 本格的な編入は週明けから。まずはここの雰囲気に慣れて欲しい、という学校からの配慮らしい。


「じゃあとりあえず校舎に入るか。と言っても休日だから教室は空っぽだけどな」


 ぶつくさ言っていたが、先輩は私を先導してくれた。意外といい人なのかもしれない。

 口は悪いし目は怖いけど。


 校舎の中は前の高校とあまり変わらなく見えた。


「ここ、お前が写真を撮っていた一番大きい建物がメイン校舎だな。授業を受けたり、会議を受けたりするのはだいたいここだ」

「えー、なんで纏姫になったのに勉強しないといけないんですか?」


 せっかく纏姫になった意味が半分くらいしかないじゃないか。

 そういう抗議の意を籠めて不満を述べると、先輩はギロリと見返してきた。


「少なくとも『虚構の浸食』について知っておかないとダメだろ」

「まあ、それはそうですけど……」


 突然地球に姿を現し、人類の生存を脅かした『虚構の浸食』。

 私たち纏姫はそれらと戦わなければならない。

 であれば、敵について学ぶのも当然なのだろう。


「まあ、それはそうと数学やら国語やら普通にやるけどな」

「えっ、聞いてないですけど!?」


 どうして……私は勉強から解放されたんじゃなかったの……? 


「いや、仮に勉強しなかったら、高校レベルの勉強もできない18歳が出来上がるだけだぞ。進学とか就職とかどうするんだ?」

「うっ、現実的なこと言うのやめてくださいよ……」


 せっかくファンタジーみたいな世界にワクワクしていたのに、急に現実に戻さないで欲しい。


 掃除の行き届いたメイン校舎をざっと見て回る。ここは本当に普通の学校とほとんど変わらなかった。

 なんかちょっと残念。



 続けて案内されたのは、マンションみたいなものが複数集まっている区域だった。


「こっちの建物群が寮。ほとんどの纏姫はここで寝起きしている」


 幻想高校はその特性ゆえにほとんど全寮制だ。敷地内に膨大な数の部屋を持っている。

 纏姫の分だけではなく、アンカーの分と職員の分もだ。


 そもそもこの学校の周辺に住宅はほとんどない。都心にほど近いここは、いつ『虚構の浸食』が溢れてきてもおかしくない。

 この辺りで最も安全な寝床と言えば、纏姫が集結している幻想高校だろう。


「おおー、こっちも結構立派ですね」

「ああ。風呂とか食堂とかもある。みんな夜はだいたいここにいる」

「え、学校からずっと出ないってことですか?」

「そりゃあそうだろ。電車乗って遠くまで出ないとこの辺は何もないぞ」


 都心の近郊は今では危険区域だ。

 突然化物が襲ってくるかもしれない場所でカフェをやろうという酔狂なものはいない。


「学校の敷地内で全部完結してるからな。カフェやら服屋やらある区域は後で自分で確かめてくれ」

「えー、そこは案内してくれないんですか?」

「ああ。オレもよく知らんからな。そういうのは女子高生に聞け」


 あんたは女子高生じゃないんかい。


「あれ、ライカがここにいるなんて珍しいね。どうしたの?」


 突然声をかけられた先輩が振り返る。

 その先には、男子生徒の姿があった。アンカーのひとりだろうか。

 彼の姿を認めた瞬間、ライカ先輩の目が鋭くなった。


「は? お前なんで女子寮の近くにいるの? 通報した方がいいか?」

「いやシャレにならないからやめて! マナと待ち合わせしてるだけだから!」

「はー、じゃあなんでスマホ出してんだよ。盗撮か?」

「メッセージ確認してるからに決まってるだろ! 僕を盗撮犯に仕立て上げるな!」


 気兼ねない様子で会話を繰り広げる二人はなんだか親しげな様子だった。かなり深い仲に見える。


「あ、すいません急に。隣の方は初めましてですよね。名前を聞いてもいいですか?」

「はい! 縁内ユカリって言います! 明日から纏姫やることになりました! よろしくお願いします!」


 握手するために右手を出すと、彼は少し遅れて右手を出してきた。


「中塚翔太です。ライカたちフォックス小隊のアンカーです。よろしくお願いします」


 私より少し大きな手を握る。ところどころにタコのある、デコボコした手だった。

 なんだか彼の実直な人柄が伝わってくるようだ。


「あの、もしかしてライカ先輩の彼氏さんですか?」

「──は?」


 ライカ先輩は物凄い形相でこちらを睨み付けてきた。今にも噛みついてきそうだ。


「なんだそのふざけた推測はどっから湧いてきた?」

「いや、だって仲良さそうだったし」

「よくないわ! こんなヘタレ野郎と仲良くなった覚えないわ! どう見たらそうなる!?」


 ヘタレという言葉に後ろの方でショックを受けている彼氏さん(仮)には目もくれず、先輩はまくし立てた。


「そうやって必死に弁解するとむしろ怪しいですよ。もしかして照れ隠しですか?」

「……」


 ライカ先輩は額に青筋を立てながら黙り込んだ。何か言っても状況が悪化するだけだと気づいたらしい。

 その様子を気まずそうに見ていた中塚先輩は、スマホを見て顔を明るくした。


「あ、ライカごめん。マナから連絡来たから僕行くね。じゃあ!」


 あ、逃げた。

 彼は足取り軽くその場を去って行った。

 なんかいい人そうだったな。女の人関係で苦労してそうだけど。


「……はあ。くだらないこと言ってないで、次行くぞ」

「はーい」



 その後も、私は先輩について行った。

 食堂だとか、体育館だとか、グラウンドだとかの設備について、先輩はけだるげながら丁寧に説明してくれた。

 その様子からは、私に少しでも早くここでの生活に慣れて欲しいという想いが伝わってくるようだった。


 やっぱりいい人なのかもしれない。すぐ怒り出すけど。





 そんな風にのんびり見学していると、日がわずかに傾いてきた。

 そろそろ楽しい見学ツアーもおしまいだろうか。


 私とライカ先輩の視線の先には、グラウンドの端の方でバスケットボールに励む少女たちがいた。


「──あんな感じで休日はグラウンドを好きに使える。部活動みたいなものをやってる生徒もいるな」

「へえ、なんか楽しそうですね!」


 野ざらしのバスケットゴールに向かってボールを放る彼女らは、なんだかキラキラして見えた。

 そんな風に言う私を、先輩は不思議そうに見てきた。


「それにしても、ユカリは本当に楽しそうだな。ここに来て纏姫をやることになった女の子なんて、死にそうな顔してることも珍しくないのに」


 先輩の指摘は当然なのだろう。

 纏姫は世間的には少年兵なんて揶揄されることすらある。


 命懸けで戦うことこそ纏姫の仕事。

 良く言えば救世主。悪く言えば人身御供。


 普通の女の子がそんなものに巻き込まれれば、絶望してしまうのも無理はないのかもしれない。


 でも、私はちょっとだけ違う。


「私、ここには友達作りに来たのであんまりそういうネガティブなこと考えたことないですよね」

「……え?」


 間の抜けた声が返ってきた。

 ぽかん、とした顔で問い返してくる先輩は、見た目相応にあどけなく見えた。


「友達作りです。昔から大好きなんですよ。知らない人と知り合って、いっぱい喋って、仲良くなるんです。なんだか自分の世界が広がるみたいじゃないですか」


 友達のことを知るのは楽しい。私の知らない趣味を持っていたり、私とは違う価値観を持っていたり、私とは相容れないところを持っていたりする。


「……友達作りなら、平和な場所でもいいんじゃないか? こんなところに来る必要はない」

「まあ、それでもいいんですけどね。でも、私はここに来れたことには結構感謝してるんですよ。ここにいれば、私が絶対関わることのなかっただろう人と友達になれますからね」


 高校というものは、結構似た人が集まるところだと思う。

 同じ学力試験を合格して、毎日真面目に学校に来る程度の気力がある人。

 その中でグループ、しがらみが作られて、最終的に私が友達になれるのはその一部分だけ。


「纏姫には色んな人がなると聞いています。アンカーなんて、女子高生に限らず色んな人がいます。多分、私が普通の女子高生やってたら一生出会うこともなかった人たちです。そういう人たちと友達になって、色んな事を話して、仲良くなるのが私の目標なんです!」

「……ああ、それはいい目標だな」


 私の言葉を聞いたライカ先輩は、珍しく穏やかな表情をしていた。


「死にたくないだとか、人類のためだとか、そういう重たいこと考えてるよりずっといい」

「そうでしょ? これでも前向きさには自信があるんですよ!」


 私の言葉に小さく笑った先輩は、先ほどまでよりも明るく声で言葉を紡いだ。


「お前がここで上手くやれるように陰ながら祈ってるよ。困ったことがあったら相談くらい乗ってやる」

「ありがとうございます! じゃあ、先輩と私はもう友達ですね!」

「……え、なんで?」


 何を言ってるか分からない、という顔をする先輩。


「困ったときに相談に乗るのはもう友達です! というかライカ先輩とは友達になりたいです!」

「オレと友達になっても面白くないと思うが」

「いや、絶対面白いです! 先輩は明らかに面白い人じゃないですか!」

「おい、もしかして馬鹿にしてるか?」

「変な人だとは思ってます!」

「やっぱり馬鹿にしてるな!?」


 馬鹿みたいな話をして、お互いのことを知って、仲良くなる。

 こうやって、私は幻想高校での一人目の友達を獲得した。


「お前みたいに生意気な子どもなど知らん! オレの知らないところで勝手に友達作ってろ!」


 ライカ先輩が実は14歳であることを知ったのは、しばらく後のことだった。



――


縁内ユカリ


 ライカがスマホゲームBOGを観測できなくなった後に実装されたプレイアブルキャラクター。

 社交的で活発な高校一年生。友達を作ることが大好きで、初対面の相手でもグイグイ距離を詰めていく。

 やや失礼な言動をすることもあるが、持ち前の明るさとコミュニケーション能力で、ほとんどの人間とすぐに打ち解ける。

 好きなものは友達作り。

 嫌いなものは諦めること。

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