第16話完全同期
引き金を引く。
乾いた銃声が、噓みたいに青い空に響き渡った。
それがスタートの合図だったかのように、袴姿の少女が走る。
その手には、無骨な造りの日本刀。
臆することもなく、少女は神を模倣した敵に向かって行った。
「幻想流──驟雨」
接近と同時、ハヅキの刀が激しい連撃を放つ。横薙ぎの一撃から下段からの振り上げ。そこから強烈な突きへ。
滑らかな、まるで演武のような動き。しかしその一撃一撃には強烈な破壊力が籠められていた。
鬼神の如き、とは今の彼女のことを指すのかもしれない。
それらすべてをまともに受けた
不定形の神が怯んだように一歩下がる。
神の名に相応しくない、苦し紛れの防衛策。
しかし、後退した先には既に刀を構える主人公君の姿があった。
ハヅキはそれを分かっていたかのように素早く突撃し、刀を構えた。
息の合った、完璧なコンビネーション。
「「幻想流──瀑布!」」
挟撃を防げなかった不定形の神は、鏡写しのように振り下ろされた二本の刀をまともに食らった。
「ぐ、があああああ! 大逆……罪科を償え……!」
「うるせえ」
弱っている不定形の神に追撃の弾丸。銃口から撃ちだされた9mm弾は、頭部に正確に突き刺さった。
「アアアアア! 神罰! 神罰! 神罰!」
弾丸を食らった不定形の神が怒り狂う。
たちまち暗雲が到来し、落雷が発生する。
しかし、その精度は先ほどまでよりも低い。オレとハヅキ、主人公君はあっさりとそれを避ける。
「チッ、やっぱ決定打に欠けるな。疑似的な不死って属性の影響で全然倒れない」
オレは舌打ちをしながら拳銃の弾倉を交換した。
共闘していたハヅキと主人公君もいったん下がって呼吸を整えている。
「私は引き続きあれを抑える。二人で討伐の策について考えてもらえるか?」
「は!? おいハヅキ!」
一方的に言葉だけ投げかけると、彼女はすぐに刀を握りしめて不定形の神へと向かっていってしまった。
「……まったく、オレに考えさせたら全部解決するとでも思ってるのか……?」
ひどくむずがゆいというか、重たい信頼だ。
けれど、今のオレはそれに応えなければ。
逃避みたいな解決策はいったん止めにすると決めたのだ。
「ライカ、何か策はある?」
「無くはないな。まず、前提の確認だが今のオレじゃああれを倒すのは不可能だ」
オレは主人公でもなんでもない。過去のトラウマを少し飲み込めたからって急に強くなるわけじゃない。
ハヅキが上手く抑えてくれてはいるが、決定打は放てないでいる。オレとしては、彼女を連れて一度離脱したいくらいだ。
「他のみんなを呼んでも?」
「……おそらくな。コイツの取り巻きの天使は強い。みんな消耗しているだろう。だから、オレが疑似的な生贄になることで奴を弱体化させるべきだった」
「許さないよ。絶対に」
ジロ、という彼の目線が居心地悪くて、オレは目を逸らす。
「分かったよ。可能性があるとすれば『完全同期』だ。纏姫纏いの上位互換。ただ、前に説明した通りリスキーな技だ。お前とハヅキでも、確実に成功するかどうか……」
原作で主人公がハヅキとの完全同期を成功させたのは、救世カノンを喪ったという極限状況だったからだ。
追い込まれたハヅキの覚醒。主人公君の使命の芽生え。そういうものが重なって、奇跡的に成功した一撃だ。今の状況で再現は不可能だろう。
オレという不純物が生き残ってしまった以上、その可能性はなくなってしまった。
思考を巡らしていると、彼の言葉が耳に入った。
「じゃあ、僕はライカと同期するよ」
「…………は?」
言葉を理解するのに数秒有してから、オレは問い返した。
正気を疑って彼の目を見るが、その瞳は真剣だった。
「お前、オレの説明覚えてるか? 完全同期は纏姫纏いの完全版だ。何よりも相互理解と信頼関係が必要になる」
「よく覚えてるよ。だから僕は君に頼んでるんじゃないか」
「…………?」
彼がなぜこんな確信を持って話しているのか分からなくて、オレは困惑しっぱなしだった。
「だって、君は一番僕を理解しているだろう。あんな的確なアドバイスできるくらいだからね。そして、僕もさっき過去を見て君を理解した。全部じゃないにしてもね。僕が今一番相互理解が進んでいる纏姫は君だよ、ライカ」
「い、いやいやいや! お前ハヅキと散々特訓しただろ! 色々語ったんじゃねえのか!? というかマナは!? あんな分かりやすいポンコツっ娘がいるってのによりもよってオレを選ぶとか……」
「僕が最適解だと思ったことを話してるだけだよ。力を貸してくれない?」
頭をガシガシ掻く。コイツはこんなに馬鹿だったか?
知識が足りないってだけで重要な局面では正解を掴み取れる奴じゃなかったか?
分からない。かつてないほど頭は冴えているのに、目の前の彼が何を考えているのかさっぱり分からない。
けれど、彼の瞳はかつてオレが憧れた、正直者の目をしていた。
音楽について熱く語った彼女。嘘がつけない少女。オレが焦がれて、絶対に同じようにはなれない存在。
「──ああもう分かった! 絶対飲まれるなよ! 手、出せ!」
「うん」
自分の幻想をしっかりと伝えるために、彼の手を力強く握る。今のオレの小さな手とは違う、大きくてゴツゴツした手。
彼の周囲に力が充満するのが分かる。
厳かに、彼は幻想に入る儀式を開始した。
「其れなるは少女たちの幻想、尽きることのない空想の舟。錨たる我が肉体に、その夢を託せ。
自分の力が彼に流れていくのが分かる。オレの幻想が、嘘で着飾った虚勢が、彼の力になっていく。
やがて、彼の手に小さな拳銃が現れた
黒塗りで、何の変哲もないオートマチック拳銃。
オレの最もよく使うオーソドックスな武装だ。
彼はそれを見つめると、ゆっくりと胸のあたりで構え、遠くにいる不定形の神に銃口を向けた。
その瞳は、既に敵のみを真っ直ぐに射抜いていた。
「──
力が渦巻く。何の変哲もない拳銃が、虹色の光を放ち始めた。オレが使う時よりも明らかに力の量が多い。
彼の肉体から虹色の光が溢れ出し、拳銃へと吸い込まれていく。
それは、偽物の神などよりずっと神々しい景色だった。
「アンカーの名において、セーフティを解除。弾丸の現実逸脱率を限界まで上昇。この一撃にすべてを籠めるものとして、あらゆるリソースを総動員」
銃を包み込む光が輝度を増していく。それはペンキを塗りたくったような青い空の下にあって尚、視線を引き寄せる美しさを持っていた。
彼の堂々たる目が真っ直ぐに標的を捉える。
それは、ハヅキのように芯があって、マナのように決然とした意志があって、物語の主人公みたいな魅力を持っていた。
「ッ……」
思わず、息を呑む。目の前の光景に少しだけ圧倒される。
けれど、その輝きを解き放つにはもう少し時間がかかりそうだ。
あそこまで力を濃縮した弾丸を放つなら、しばらくまともに動けないだろう。
「ハヅキ! あいつが準備できるまで時間を稼ぐ!」
「ああ……任せろ!」
状況をよく分かっていないはずなのに、ハヅキは前を向いたままで力強く答えてくれた。
不定形の神が視線をこちらに向ける。虹色の光を放つ彼の姿を見て、それが自らを滅するものだと気づいたのかもしれない。
オレは、すぐに攻撃を開始した。
「スイッチング──アサルトライフル」
先ほど力は使い果たしたはずなのに、まだやれる気がする。
なんだってやれそうな全能感は、年を取るごとに失っていったはずの感覚だった。
「喰らえ……!」
断続的な銃声が響く。
離れた距離からのセミオート射撃。
大口径弾はしっかりホログラムのような体に命中し、ダメージを与えている。
「私も行くぞ……幻想流──猪突」
強烈な突きが突き刺さり、不定形の神が呻く。
ハヅキの剣には全く衰えが見えない。
オレたちの中で最も消耗しているはずなのに、鬼神の如き気迫と技の冴えは衰えることを知らない。
ひょっとしたら、今日の出来事が何か彼女を成長させたのだろうか。
「
彼の纏う虹色の光が一層輝きを増す。
それを阻止するように、不定形の神が激しい動きを見せた。
「地獄に……墜ちろオオオオオ!」
三叉槍を顕現させた不定形の神が投擲のモーションを見せる。
それに反応を見せたのは、ハヅキだった。
「ハアアアアアア!」
ロケットの如く跳躍した彼女の刀が閃く。狙い違わず、不定形の神の右腕は真っ二つに切断された。
「ア……アアアアア!」
「──
右腕を切断された不定形の神は、それを再生すらせずに次の行動に出た。
残った左腕で無防備なハヅキを吹き飛ばし、そのまま天に突き出す。
「雷鳴の……裁きを……!」
瞬時に暗雲が立ち込め、不定形の神の元に雷を落とす。左腕に、稲妻の投擲槍が顕現した。
「スイッチング──ロケットランチャー」
残った力を総動員して、燃費の悪い強力な武装を顕現させる。放たれたロケット砲は左腕に直撃し、それを稲妻の投擲槍ごと爆散させた。
「ッアアアアアア! 不敬! 不敬! 不敬!」
両腕を喪った不定形の神が喚きたてる。再生にかなり時間がかかっている。
そうしている間に、彼の準備は整った。
「──
彼の身体から溢れる虹色の光が臨界を迎える。
拳銃に籠められる光が極限まで明るくなった時、彼はついにその引き金を引いた。
「束ねろ虚構、真実を騙し通せ。
銃声は落雷よりはるかに激しく響き渡り、瓦礫だらけの都心に響き渡った。
虹色の光を纏った小口径弾は、空気抵抗や重力など存在しないように一直線に不定形の神へと迫り、やがてその額をまっすぐに撃ち抜いた。
「あ……あ……ああああああああああ!」
不安定にブレていた人型が、ボロボロと崩れ出す。
無理やり束ねられていた「神」という虚構が、不安定な形を保てなくなる。
「まだ終わっていない……! この世界に審判を……人間に裁きを……!」
救いを求めるように天へと手を伸ばすが、崩れ行く神モドキを救う手はどこにもなかった。
「神に縋らずとも、人は生きていけるぞ」
最後に残った神の首を、ハヅキが刀の一振りで斬り飛ばした。
「ァ……」
不定形の神の身体が完全に消滅する。
それを見て、オレは全身の力が抜けるような安堵を覚えた。
「……ああ、本当に犠牲なしで倒せたのか」
改めてその事実を感じると、なんだかひどく体の力が抜けてきた。
元々力の使い過ぎで限界だったのだ。
瞼が重いし、意識が朦朧としてくる。
脱力し、地面に背中から倒れ込む。まあ、今なら少しくらい休んでもいいだろう。
後のことは主人公君とハヅキが全部やってくれる。
地面に背中を打ち付ける直前、誰かの手がオレを支えた気がした。
「……ライカ、本当に寝顔だけは普通に可愛いね」
「変に肩肘張ってない時は普通の女の子みたいだからな」
意識が途絶える直前、随分とムカつく会話が聞こえてきた気がした。
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