第10話剣の冴えと噓つきと

 〈TIPS〉アンカーの使う纏姫纏いブラッファーウェアリングは対象の纏姫の好感度がレベル2になると使用可能です。


 アンカーとして戦いの場に立つことにも随分慣れてきた。

 素の状態で剣を振れば自衛くらいはできる。

 そして纏姫纏いブラッファーウェアリングも使用すれば単独での「虚構の浸食」の撃破も可能だ。


 僕が現在纏姫纏いできるのはハヅキ、ライカ、マナの三人だ。

 ヴィクトリアとヒバリの二人は、もう少し交流を深めないと難しそうだ。とは言えこの前の贈り物も結構喜んでくれたので、そんなに関係性は悪くない。





 袴姿のハヅキが刀を正眼に構える。

 視線を鋭く前を見据え、いつでも攻撃を繰り出せる構えだ。


 相対するのは小型の「虚構の浸食」三体。人型のそれはゴブリンと呼ばれるような見た目をしていた。

 取り囲まれるような体勢だが、ハヅキが負ける想像は全くできなかった。



「幻想流──旋風!」


 彼女の体が躍動し、芸術的な剣技を繰り出す。

 横薙ぎの一撃は敵の体をあっさりと分断した。

 ハヅキの刀は、一振りで三体の敵をまとめて斬り捨ててしまった。



 一段落。しかしまだ敵は残っている。ハヅキはよく通る声で後方の僕に指示を出した。


「翔太! 右の敵の足止めを頼む!」

「分かった!」


 ハヅキの言葉を聞いて、僕は右前方に聳え立つ「虚構の浸食」を睨みつける。


 神話にでも出てくるような巨人だった。足の部分で既に僕の身長よりも長い。頭部に関しては、首を大きく傾けないと見えないほどだ。

 そんな化け物が殺意の籠った目でこちらを睨んでいる。


 それが後二体。僕が足止めを任された一体と、ハヅキが今現在斬りかかっている一体。


 力を得る前の僕だったら、絶望して天を仰いでいたことだろう。こんな図体の敵に歯向かう気すら起きなかった。

 けれど今は違う。僕には、抗う力が与えられた。


「其れなるは少女たちの夢──幻想徴用」


 ハヅキの力を借りる。彼女が纏っている虚勢は「士族の志」だ。

 敵に決して背を向けず、死する瞬間まで戦い続ける志士の心。


 己の正義を信じ時代を拓くため剣を振った幕末志士が彼女の理想らしい。


 臆病な僕にはピッタリの力だ。


「オオオオオ!」


 体中に力が漲る。僕が行動を起こした時には、既に巨人は攻撃を繰り出してきていた。


「ッ!」 


 下段から繰り出した剣は、落石の如く振り下ろされた巨人の右拳に衝突しビリビリという感覚を掌に伝えてきた。


 防ぐので精一杯。カウンターで右腕を両断するような見事な技は僕にはできない。

 ハヅキのように敵を一撃で倒すことはできない。


 野球で言えば、どん詰まりの内野ゴロと言ったところか。

 それでも、一瞬の間を稼ぐことができた。


「ハヅキ!」

「──任せろ!」


 夜空に煌めく流星の如く、鈍色の光が走った。

 一体目の巨人を一刀のもとに斬り捨てていた彼女は、一足飛びに僕の目の前にいる巨人に突撃。その勢いのままに強烈な突きを放った。


「幻想流──猪突」

「──!」 


 刀が腹部に突き刺さった巨人が鼓膜をビリビリと震わす悲鳴を上げる。

 言葉にはなっていないが、巨人の恐怖が伝わってくる。


「幻想流奥義……ん?」


 勢いのままにトドメの一撃を放とうとしたハヅキが、巨人の様子の変化を見て一度後ろに飛ぶ。


 まるで羽虫を追い払うように、巨人は長い両腕をぶんぶんと振り回していた。

 死にかけとは思えない俊敏な動きだ。


 がむしゃらな行動と言えど、膂力とリーチがあれば脅威となりうる。

 不用意に近づけば巨木のような腕に吹き飛ばされるだろう。


 僕とハヅキは、攻撃を仕掛けることはせず敵の出方を窺った。


 おそらくそれは、人間で言う「火事場の馬鹿力」だったのだろう。


 怯えたように両手を振り回していた巨人の様子が変わった。

 僕たちの方を見ると、反撃を恐れずこちらに突進してきた。

 巨体によるタックルは、砲弾が飛んでくるようなものだった。


 僕たちは、左右に飛ぶことでそれを避ける。


「ッ……死に際の一撃か。面倒な」


 先ほど見事な一撃を放ったハヅキも、攻めあぐねているようだった。隙を見出せない。

 そもそも、この巨人は生命力がとても高い。一撃で仕留めなければ負傷しながらのカウンターでこちらが負ける。

 生命力、リーチ、膂力の全てで負けている人間が取れる策は、一撃必殺一択だった。


 二度目の突進が迫ってくる。回避は間に合う。しかし、反撃の手立てが浮かばない。

 何か策はないものか、と巨人を睨みつけると、直後その大きな頭部は爆散した。


「ライカ!」

「悪い、援護が遅れた」


 対物ライフルをうつ伏せで構えたライカの声が後方から聞こえた。

 頭部を吹き飛ばさた巨人はズシン、と大きな音を立てて地面に倒れ込み、そのまま起き上がることはなかった。


 ライフルをしまったライカがこちらに歩いてくる。


「随分と面倒な敵だったな。拳銃の弾じゃ全然死ななくて手こずった」

「ああ。四肢を飛ばされてもこちらに向かってきた。その根性は見事なものだったがな」


 うんざりした顔のライカと神妙な表情のハヅキは対照的だった。


「翔太の剣も随分上達したな。今日の敵を相手に抗えるならもう足手まといとは言えまい」

「ハヅキ……ありがとう」


 彼女はそっぽを向きながら僕に告げた。

 剣の師匠と言うべき存在であるハヅキに褒められて僕は感動する。


 そもそもハヅキは基本的に他人を褒めない。特に本人に直接称賛を告げるようなことはほとんどしないのだ。

 ライカの褒め言葉を僕にばかり言うから「本人に言えばいいのに」と言ったら「そんな恥ずかしいことできるか!」と逆ギレされた。


 ツンデレここに極まれり。可愛いけどめんどくさいので素直にライカに伝えてくれ。


「よしよし、いい感じだな。ちゃんとしたルートに入ったようで安心だ」


 もう一人の師匠とでも言うべき存在、ライカは僕たちの様子を見て何故か満足気に頷いていた。

 彼女は僕がハヅキと仲良くする様子を見るとやたら上機嫌になる。


 相変わらず、何を考えているのかよく分からない奴だ。


「ハヅキとも随分息が合ってきて、『纏姫纏いブラッファーウェアリング』にも慣れてきた。そろそろ完全同期できるかな?」


「纏姫纏い」にはもう一段階上がある。完全同期。

 一時的に纏姫と完全に同期して、本人の力以上を引き出す技だ。


 僕が今しているの纏姫纏いはハヅキの力を借りているだけ。

 纏姫纏いの完全同期をすれば、僕と纏姫の力が乗算されさらなる力を引き出せる、らしい。


 僕の問いかけに、ライカは顎に手を当ててちょっと考えてから答えた。


「できなくもないかもな。ただそれはとっておきの場面までとっておけ。完全同期は失敗すれば二人とも『昇天フライアウト』する可能性もあってリスキーだ。練習するもんでもない」


 相変わらず、ライカは誰よりもアンカーや纏姫に詳しい。その理由を聞いても、また嘘ではぐらかされるのだろう。


「ただ、完全同期するなら覚えておけ。──相手の幻想に飲まれないように己を強く持っておけ。自分の原点だ。それさえあれば、正気を失うことはないだろう」


 ライカの真剣な表情。

 こういった時の彼女の言葉は素直に聞いておいた方がいいだろう。

 僕は静かに頷いた。



 ハヅキは「私は汗を流してくる」などと言いそそくさとその場を去っていった。


 僕は久しぶりにライカと久しぶりに二人きりになった。

 みんなへの贈り物を買いに行ったときにちょっとは仲良くなれたかなと思ったが、最近あまり話す機会がなかった。


 ちょっと嬉しくなって、僕は彼女に話しかけた。


「ライカ、僕の成長見てた? 結構頑張ってると思わない?」

「あ? ああ。随分ふてぶてしい顔するようになったな」


 素直じゃない言葉は、彼女なりの称賛なのだと察せられた。


「本当に、ライカのお陰だよ。ライカが色んな助言をしてくれたから今の僕がある。もちろんハヅキや他のみんなにも助けられたけど、ライカに一番助けられた気がする」

「……」


 彼女は僕の言葉には反応を示さず、黙って胸ポケットに手を突っ込んだ。


「まあ、あれだ。昔どこかで見たんだが、人は勝手に助かるものらしいぞ。オレはきっかけを与えただけ。為したのはお前だ」


 煙草を咥えてから、彼女はもごもごと言った。


「まだ吸ってるの? いっぱい動くんだし、やめたらいいのに」

「だから、纏姫の体は常人とは違うって言ってるだろ。悪影響はない」


 嘘だ、と直感した。

 しかし、直接告げはしない。根拠がない以上、ライカにはぐらかされておしまいだ。


「でも、最初はどうすればいいのか全然分からなかったけど、今はなんとかやっていけそうだよ。ハヅキはツンケンしながら親身になってくれるし、他のみんなもいい人だし」

「そうか、それは良かったな」


 そっけない口調だったが、彼女は本当に喜んでいるようだった。


「今なら、きっとライカの期待にも応えられるよ」


 彼女が期待した精神的支柱になれるかもしれない。

 ライカのような頼れるリーダーにはなれないかもしれないけど、同じ視線に立って一緒に悩むことはできるかもしれない。


「……ああ、そんなことも言ったな。オレの期待になんて応えなくていい」


 言葉には、僅か自己嫌悪が籠っていた。


「若者は自分のしたいと思ったことをするべきだ。オレの言ったことなんて必要なくなったら忘れろ。その方が良い結果につながる」


 彼女がまだあまり短くなっていない煙草を地面に捨てた。会話はもう終わりらしい。


「ライカ、いつか君の話も聞かせてね」


 彼女は頑なに自分のことを話さない。それが僕には不満だった。


「ああ、気が向いたらな」


 嘘だ。

 そう直感したが、僕は背中を向けてさっさと去っていくライカを引き留める言葉を持っていなかった。






〈TIPS〉纏姫の幻想、虚勢は他人には毒です。完全同期をする場合、アンカーは纏姫の幻想に囚われ二度と戻れなくなるリスクがあります。






 深夜2時の部屋にはハヅキのスヤスヤという寝息が響いていた。

 オレはスタンドライトの明かりを頼りに勉強机に向かっていた。


「ここまでは概ね予想通りだ。……誤算はあれど、予想の範疇」


 これまでの状況をノートに纏めながら、オレは呟いた。


 主人公君はフォックス小隊に馴染んでくれた。

 特にハヅキとの仲はかなり良好だ。オレが目論んだ通り。


 マナの方も主人公君とちょっとずつ距離を詰められているらしい。双方に助言した成果があっただろうか。


 ……というかたまに距離詰め過ぎて主人公君が動揺してる。

 急に無表情で手をにぎにぎされたら主人公君もビビるだろ。


 ヴィクトリアとヒバリはボチボチって感じか。

 まあ二人は二章でガッツリ交流するから今はいいだろう。これも予想通り。


 一章最大の懸念点である、主人公君孤立問題はだいたい解決できた。

 これならハヅキが無理をする必要もないだろう。



 誤算と言うのは、だいたいが主人公君の様子についてだ。

 ゲーム通りにこの世界が動く、と仮定した場合最も不確定要素たる彼のことだ。


「まさか自分の中の正義をもとに動く彼が『君のために』なんて言うとはな」


 一つ、ため息を漏らす。


 口元が寂しく感じるが、煙草は吸えない。同室ではハヅキが寝ている。

 夜中に外で吸うことはできなくもないが、たまにヴィクトリアと遭遇するのが厄介だ。

 彼女は中二病なので「綺麗な満月ね。──でも、いずれ欠けるわ」などと言うためだけに夜中に外にいたりする。涙ぐましい努力だ。



 オレは、主人公君に次ぐ不確定要素だ。そもそも『噓葺ライカ』などというヒロインは存在しなかった。オレの知るゲームでは、小隊にはもう一人『救世カノン』がいた。その役割がすり替わっている。


 それでも、だいたい原作通りに進められたはずだった。

 ハヅキと主人公君の関係性は改善する方向で。悲劇を生まないためだ。

 後は、原作通り……にしたはずだ。


 確信はない。

 昔から他人を騙すのは得意なオレだが、それは感情を完全に読み切っているわけではない。オレが読み取るのを得意としているのは、相手の「不安」だ。

 何を恐れているのか。何を警戒しているのか。何を恐れて一歩踏み出せないのか。

 そういうことを読み取るのは得意だが、思っていること全部は読めない。


「……クソみたいな特技だな」


 人を騙す才能など、まさしく悪人に相応しい。こんなものを持っているなんて、ひょっとしたらオレが悪人になるのは生まれる前から決まっていたのかもしれない。


 思考がそれたな、と頭を掻く。

 指に伝わってくる長髪は櫛を通したようにサラサラしていて、少し苛立つ。


「不確定要素はあれど、やることに変わりはないはずだ」


 その言葉は、己を騙すために吐いたようなものだった。

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