第7話 ハーレム形成準備期間 / 【BOG実況】夏イベやります!

 ライカ曰く、ハヅキやマナとばっかり仲良くしてるのもよくない。

 好感度レベルはある程度全体的に上げろ、とのことだった。


 正直彼女は何言ってるか時々分からなくなるが、ニュアンスは伝わった。



 彼女はどうやら僕に小隊全体と仲良くなって欲しいらしい。

 過保護な喫煙ロリ顔さんだ。



 というわけで、僕は今まであまり交流のなかった希望ヶ丘ヒバリとヴィク……ヴィクトリア……厨二ゴスロリ少女とランチの約束を取り付けられたのだった。……ライカの手で。


「おはよー翔太君! ちょっと遅くなってごめん」

観測者ウォッチャー、この邪眼姫と同じ卓につけること、光栄に思いなさい?」


 休日だから二人とも私服姿だ。制服か幻想武装を纏った姿くらいしか見ていなかったから新鮮だ。

 ヒバリはいつもの魔法少女コスチュームと同じ方向性の可愛らしさを強調する私服。

 ヴィクトリアは全体的に黒っぽくて、ゴスロリの時と似ている。

 ……あれ、この子たち私服でもあんまり変わらないかも。



 数度言葉を交わして、僕たちは幻想高校敷地内にあるカフェに入った。

 ここの食事処は充実していて、オーソドックスな学生食堂の他にも落ち着いた雰囲気のカフェやチェーン店すら存在する。このあたりは普通の高校と雰囲気が違うが、ほとんど全員が住み込みでこの土地で生活しているので当然と言えば当然だろう。


「翔太君、ライカちゃんから聞いたよ? フォックス小隊のみんなを攻略して恋仲になりたいんだって? なかなか度胸あるじゃんこの色男!」


 席について注文を終えると、開口一番ヒバリから聞き覚えのないことを告げられて僕は動揺した。


「えっ、いやそんなこと言ってないけど!?」

観測者ウォッチャーは嘘をついている。ライカがあの真剣な表情で嘘をつくわけがない」


 ヴィクトリアがやたらと自信ありげに胸を叩いた。眼帯で片方の目が見えなくてもドヤ顔してるのがよくわかる。

 いや、ライカは真顔で嘘つくタイプだと思うけど……。


 どうしよう。この子来たばかりの僕よりライカの解像度が低い。なんか心配になってきた。


「いや、攻略したいっていうのは語弊があってね……その、ただ仲良くなりたいくらいの意味で言ったのをライカが早とちりしただけだからあんまり気にしないで」

「えー、でもライカちゃんが『あいつはお前ら二人を丸ごと食っちまう気だぞ。気をつけろ』って」

「あいつ……! 適当言いやがって……!」


 仲良くしろって言っておいて溝を深めるような冗談を吐くな……! 


「あっはっは! 本当に仲いいみたいだね」

「僕とライカが? ……いや、事あるごとに揶揄われてる記憶しかないけど」

「まあライカちゃんが生意気なのは誰に対しても変わらないんだけどさー。翔太君相手だと遠慮がないっていうの? そんな感じがする」


 ヒバリに指摘されて、ちょっと意外に思う。そんな風に見えていたなんて思いもしなかった。


「お待たせしました」


 おしゃれな制服に身を包んだ店員さんが注文を持ってきてくれた。

 食堂と違ってわざわざテーブルまで持ってきてくれるのが、ちょっとした高級感を感じさせてくれる。


「いただきまーす」

「いただきます」

「贄に感謝を」


 ……個性的な「いただきます」だ。


「ヴィクトリア、それで足りるの?」


 彼女の前にあるのはサラダだけだ。


「フッ……超越的存在である我にとって栄養補充など娯楽に過ぎない。常人の物差しで測らないでちょうだい」

「えっと……?」


 僕が戸惑っていると、ヒバリが顔を上げた。


「この子さっきお菓子食べ過ぎてお腹いっぱいなの。自業自得だから放っておいてあげて」

「思ったよりしょうもない理由だった……」

「ッ……」


 事情を暴露されたヴィクトリアは頬を赤らめてそっぽを向いた。


「大地の恵みを受け入れるのも我ら人類の役割……」


 ぼそぼそと話しているヴィクトリアを放置して、ヒバリは僕に話しかけてきた。


「翔太君は結構ガッツリいくね。まだお昼だよ?」

「うん、体動かすからすぐお腹減って……」

「へえ、なんかやってんの?」

「ああ、ハヅキに剣を教わってるんだ」

「ハヅキちゃんに?」


 意外そうに目をぱちくりさせるヒバリ。


「あれ、そういう話聞いてないんだ」

「うん、初耳。どっちかっていうとハヅキちゃんは翔太君のこと嫌いだと思ってた」


 この子結構ハッキリ言うな……。


「まあ多分最初は嫌われてたと思うけど、ライカも相談に乗ってくれたりして色々ね」

「ああ、またライカちゃんの過保護が出たかぁ」


 わずかにため息をついたヒバリが少し笑顔を引っ込める。一瞬垣間見える無表情。

 しかし、すぐに笑顔を浮かべた彼女は冗談を吐いた。


「あの子たまに父親みたいになるからね。まったく君は何歳なんだいってね」


 やれやれ、と肩をすくめるヒバリに、ヴィクトリアが黙ってコクコクと頷いていた。


「話を聞いてると、ライカって結構みんなと仲良いんだね。リーダーやってるのも伊達じゃないってことか」


 ひねくれ者みたいな言動してるのにコミュニケーション能力は高いらしい。個性的な人の多いフォックス小隊とうまくやるのは結構難しいだろう。


 そんなことを考えていると、ヴィクトリアが珍しく真面目な口調で問いかけてきた。


「観測者はフォックス小隊が出来上がった経緯を知ってる?」


 僕は首を横に振る。

 それを聞いたヴィクトリアは、隣のヒバリにこそこそと話しかけた。

 それを聞いたヒバリは小さく頷いて、口を開いた。


「翔太君。幻想高校では小隊の編成は纏姫の自由意志に任されることが多いの。纏姫の精神の健全さは戦闘上かなり重視されているからね。今はアルファベットのAからIまでの小隊が埋まっている。私たちフォックスは言うまでなくFだね」


 ヒバリの淀みない説明に頷いて、僕は水を飲んだ。


「私たちはライカに集められたチームなの。彼女は前の小隊の頃からハヅキと一緒に戦ってた。それで前の部隊から二人で抜けて新しく小隊を設立した。私、ヴィクトリア、マナの三人はライカの口八丁に乗せられて連れてこられたの」

「口八丁って……」


 まあ、なんとなく想像できるけど。


「あの頃から、ライカちゃんはハヅキちゃんを守るために行動していた。だから君にハヅキちゃんのことをお願いするのは分かる」


 ライカの過保護は今に始まったことじゃないらしい。

 頷いた僕を見て、ヒバリは言葉を紡いだ。


「ライカちゃんはハヅキちゃんのことになるとたまにお馬鹿さんになるの。ハヅキちゃんだけじゃなく、ライカちゃんにも気を付けてあげてね」


 薄っすらと、ヒバリが笑う。空虚なのに威圧感のある不思議な笑顔だった。

 いつもの明るい笑顔を浮かべていない時の彼女は、底知れない何かを持っている。

 いずれ、胸襟を開いて話し合いたいものだ。


「……ヒバリは、たまに怖いね」

「えー、そんなことないよ!」


 そう言う彼女は、既にいつもの明るい彼女に戻っていた。


「観測者。ひーちゃんのこれはあんまり気にしないでいい」

「……ひーちゃん?」


 ヴィクトリアの聞きなれない言葉に首をかしげると、ヒバリが慌てたようにヴィクトリアの口を塞いだ。


「れーちゃん! その呼び方他の人に聞かせないで!」

「れ、れーちゃんじゃない! 私はヴィクトリア・フォン・レオノーラ。かつて存在した大陸の王家に生まれ──」

「その設定微妙だよ!」

「設定じゃない!」


 なぜかこちらを放っておいて喧嘩を始めた二人に、僕は苦笑いをした。

 まあ、彼女たちの知らない一面を見れたからよしとするか。



〈TIPS〉希望ヶ丘ヒバリとヴィクトリア・フォン・レオノーラは幼馴染です。しかし二人とも昔のことはあまり話しません。



【BOG実況】夏イベやります!



 配信機材の準備は万端。視聴者のみんなも既に待機してくれている。

 いつものように配信を始める。


 開口一番、俺はテンション高めで宣言した。


「どうも、『感情的なポタクさん』です。BOGにも初めての夏がきた! 海だ、水着だ、女の子だ! というわけで、今回の配信ではBOG初の夏イベやっていきます」


 ・夏イベよかった

 ・あの状態で本編進めるのやめるんですか!? 

 ・メインストーリーから逃げるな


「その、先を見るのが怖すぎてイベントでお茶濁そうかなって」(※彼は少し先までゲームをやっています)


 ・草

 ・分かる イベントは癒し

 ・報酬も美味しいから育成はかどりますね


「そうそう、メインストーリーもどんどん敵強くなってて育成素材足りなくなってきましたからね。じゃあ、あらすじから見ていきますか!」




【期間限定任務】砂浜を舞う乙女たちと海に巣食う虚構

 フォックス小隊に特別任務が下された。派遣されたのはいつもとは違う海辺の街。海に出たという「虚構の侵食」の発見と撃退が今回の任務だ。目撃情報のあった砂浜は既に一般には封鎖された。

 ──つまり、彼女らは今貸し切りのバカンスができるのだ! 水着にパラソル、浮き輪を持ち出せば貸し切りのリゾート地も当然。

 敵の存在など忘れたかのようにはしゃぎだす乙女たち。呆れながらもそれに付き合うアンカー。

 無人の砂浜で恋の争奪戦を始める浮かれ乙女たちは気づいていなかった。海より忍び寄る魔の影はすぐそばに迫っていたことに……




「いいですねー、夏イベって感じで。でも随分本編と雰囲気違いませんか。恋の争奪戦?」


 ・イベント時空は好感度5がデフォ装備だぞ

 ・ガチ恋勢は完全に恋する乙女してますね

 ・一章も終わってないならちょっとネタバレ気味になるかも


「まあ、多少話進んでるくらいなら気にならないですかね。マナちゃんの完全恋愛モード見たいし」


 ・それは間違いなく見れる

 ・ポンコツ恋愛ロボットの可愛さに震えろ



 さっそくイベントストーリーを始める。

 砂浜に来た主人公君の目の前に、輝かしい笑顔をしたハヅキが出てきた。


「アンカー! 何をしている。せっかくの海なのだからお前も楽しめ」


 ポニーテールを標準装備した彼女は白いビキニを着ていた。

 日頃から運動している彼女は、健康的に引き締まったお腹を惜しげもなく晒している。

 まるでアスリートみたいに均衡のとれた体つき。





「水着ハヅキめっちゃいいじゃん! ガチャ告知に出てた奴ですよね。今回のSSR」


 ・10連で引きました

 ・もうprprしました

 ・ホーム画面でいっぱい愛でました


「おお、いいっすねえ。俺はストーリー見てからガチャ引く派ですね。その方が喜びが300倍になるので」


 ・オタク特有のクソデカ強調

 ・分からんでもない

 ・ガチャ開始と同時に3万ぶち込むのが俺の愛です





 主人公君はハヅキに手を引かれて砂浜を走る。その先で待っていたのは数ノ宮マナ。

 幼馴染ヒロインという盤石の地位を確保しながらもメインストーリーでは未だ影の薄い子だ。


「アンカー。新しい装いの女の子が目の前にいたら感想を言うのが男性に課されるルールだと聞いた。……私の水着、どう?」


 フリルのついた水着を身に纏ったマナが、少し目を逸らしながら聞く。

 小柄な体躯でそのような仕草をすると、まるで小動物みたいな可愛らしさがある。


『うん。可愛いよ』


 可愛い、と素直に褒められて、マナはさらに動揺しだす。


「そ、そう。フフ……アンカーの肯定的感想を観測。脳内メモリーに保存。『素直な感情表現』コマンドを実行。……ありがとう。すごく嬉しい」





 スマホ画面を見ていた俺は、思わず天を仰いだ。


「ラブコメやんけ! どっからどう見ても、ラブコメやんけ! 本編の不穏さどこ行ったんだよ!」


 ・※イベントは別時空です

 ・ライカのアドバイスが活きてる

 ・恋愛ポンコツ演算ロボット





 マナとの嬉し恥ずかしイチャイチャタイムを過ごした主人公君は、彼女と共にウキウキした様子のハヅキの元へと向かった。


「アンカーとマナ! よく来たな。早速だが夏らしいイベントを用意したぞ。あれを見ろ!」


 砂浜にポツリと置かれたのは、丸々と太ったスイカだった。


「スイカ割りをしなくては夏が始まらん! アンカーにはあれを叩き割ってもらおう!」


 気合の入ったハヅキは、大声で遠くに呼びかける。


「ライカもやらんか、スイカ割り!」

「──悪いけど、パス」





「あれ、ライカちゃんどこに? なんかいないなあと思ってたけど」


 ・おっさん(仮)が若者のノリについていけるわけがないだろ! 

 ・岩陰で煙草吸ってます

 ・あとで分かりますよ





「全く、あいつは……さあアンカー。目隠しをしてやろう」


 拒否権すらなく目隠しをされた主人公は、二人の声に従って砂浜を歩き棒を振る。

 しかし結果は外れ。棒はスイカより右を叩いていた。


「よし、貸してみろ」


 ウキウキとしたハヅキが目隠しをする。

 堂々たる姿で棒を構えた彼女は、アンカーの声でスイカの方向を察知すると見事に叩き割った。


「見たかアンカー! 私は凄いだろ!」





「なんかすごい褒めてもらいたそうにしてる! 可愛い!」


 ・このためのスイカ割り

 ・ハヅキは主人公に褒められたい欲強め

 ・まあ、家族がアレだったので……





 そんな風に女の子とイチャコラしていた主人公。そのもとに新たな女の影があった。


 タタッと砂浜を素足で駆ける音。


「あ、アンカー君いたいた! こっち、来て!」


 むぎゅ、という効果音。いきなり腕を掴んだヒバリは、大胆な水着姿だった。青色の水着は布面積が比較的少なく、彼女の女性らしい体付きを強調していた。


「アンカー君たちも色々やってたみたいだけど、こっちでも色々やってたんだよ!」


 普段からテンションの高い彼女だが、今日は特に機嫌がよさそうだ。主人公の手を握ってずんずんと歩く。



「ほら、見て。れーちゃんめっちゃ巨乳にしてみた!」

「観測者……たすけて……」


 視線の先にあったのは、首から下を砂に埋められたヴィクトリアの姿だった。丁寧に人型に整えられた砂はグラビアアイドルのような体格になっている。

 身動き一つとれないヴィクトリアは、まるでライカのような死んだ目をしていた。





「アッハハ! 無駄に気合入った一枚絵いいね!」 


 ・草

 ・ヒバリは仲良くなると容赦がない

 ・厨二キャラ維持できなくなってるの草




 4人の女の子と一通り遊んで疲れたアンカーは、日陰を求めてパラソルの下へと向かう。

 しかし、即席の休憩所には先客がいた。


「おお、ハーレム野郎。元気そうじゃねーか」


 パラソルの下では、凄まじい陰のオーラを発する噓葺ライカが死んだ目で体育座りしていた。

 彼女はジャージの上だけを羽織り、下に水着を着ているようだ。

 ほっそりとした足だけが露出している。


『えっと、どうしたの?』


「いや、とてもあの若いノリにはついていけなくてな……オレはもうあんな純粋に海を楽しむこともできないんだな、と思ったら虚しくて……」


 なぜか落ち込むライカ。


『……君、いくつなの?』


「ああ、全部ひっくるめて今年で43だったかなぁ……もうアラサーも名乗れねえくたびれた老人だよ……」


 嘘にもキレがない。

 いつになくテンションの低いライカが顔を伏せる。


「若い子の溌剌とした姿を見てると失ったモノに気づくんだ。夏休み。大胆な水着。夏のアバンチュール。……なあ、お前は後悔しない青春を過ごせよ」


『もしかして、煙草吸えなくてテンション低い?』


「まあな。この恰好だと隠しづらくて。ハァ……オレは貝になりたい」


 海に来てハイテンションな乙女たちと対照的に濁った目になっていくライカ。


 しかし、そんな彼女に突然パシャッと水がかかった。

 見れば、マナが水鉄砲を構えている。


「対象への命中を確認。ハヅキ、継続攻撃の許可を」

「許可する! 私たちも援護するぞ」


 水鉄砲を構えた4人が次々とライカに水をかける。

 バシャッ! バシャッ! とは放たれた水の弾丸。

 ライカの羽織ったジャージが濡れ、白髪からポタポタと水を垂らした。


「お前ら……」 


 ライカがゆらりと立ち上がる。彼女は濡れたジャージを地面に叩きつけたかと思うと、勢いよく走って行った。


「若いノリを押し付けてくるんじゃねええええ!」


 器用にも幻想武装を水鉄砲に変化させたライカは、「虚構の浸食」と戦う時さながらに応戦を始めた。




 ・おっさんwwww

 ・後方腕組みおじさんになれなかった女

 ・煽り耐性は10代


「イベントのライカいいですねえ。ていうか水着がワンピースタイプだったからよく分からなかったけど、ライカめちゃくちゃ細くなかったですか? スレンダーとかいうレベルじゃないんですけど……」


 ・もっと食べて欲しい

 ・煙じゃなく肉を食え

 ・体重37kg(嘘?)


「あれ、ていうか遊んでばっかですけどこのイベントいつ戦闘するんだ……?」


 ・そこに気づくとは天才か

 ・多分そろそろ


 その後、海で仲良く遊ぶ彼女らの元に「虚構の浸食」が現れてようやく戦闘が始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る