第6話 現実を浸食せし虚構
校舎裏で煙草を吸っていると、呼びつけた主人公君がやってきた。……こう言葉にするとなんか質の悪い不良みたいだな。
「おおハーレム野郎。ヒバリと仲良くできて随分楽しそうだったなあ」
さっそくニヤニヤと話しかける。まさにチンピラしぐさだ。
「いやまあ嬉しかったけど……でも恋愛的なあれじゃないし」
「まあな」
マナはバリバリ恋愛意識あると思うが、他の奴らには今のところそんな気配はない。
全員好感度5までのエピソードはあるので、主人公君に惚れる未来はあるとは思う。
そう思うと元男として腹が立ってきたな。なんだこの羨ましい野郎は。
ちょっと揶揄っておくか。
煙草を灰皿に押し付けて、ちょっと顔を伏せる。
「じゃあ」
「ん?」
おずおずと顔を上げ、上目遣いに彼を見る。
「──オレがお前に惚れてるって言ったらどうする?」
じっと目を見つめる。彼は一瞬だけ固まったように見えたが、すぐに呆れたような笑顔を見せた。
「偽物と疑うよ」
「チッ。よくわかってるじゃねえか」
ムカついたので煙を吸ってゆっくり吐く。
白い煙はゆるゆると宙へと上がっていき、空気へと溶けていった。
「それで、ハヅキとは仲良くなれたか?」
「前よりはね。でも、まだ壁を感じるよ」
「まあ、そうだろうよ」
ハヅキはそんなチョロいヒロインじゃない。
……いや、チョロい部分もあるが。
でも、核心に触れるのは結構大変だ。
難しいことだと分かってはいるが、それでもこいつには核心に触れてもらわないと困る。ハッピーエンドのために、必要なことなのだ。
煙を肺に入れ、罪悪感をごまかす。
「お前はある程度の関係性は築けてると思う。ハヅキは嫌ならはっきり拒絶するからな。でも、もっと奥まで踏み込んで欲しい。ハヅキが何を想って戦っていて、どんな虚勢を纏っているのか、そういうものに触れないとあいつを救えない」
オレの言葉を聞いて、主人公君は顔を歪めた。
「それは、ハヅキは嫌がるんじゃないかな」
「たしかにそうだな。だから、お前自身の力でハヅキの奥に触れろ」
「僕自身の力で?」
「そうだ。アンカーの性質について、オレから改めて説明しよう」
オレは短くなった煙草を捨て、新しいものに火をつけた。
「何本吸うんだ……」という彼の視線が突き刺さったが無視する。
「アンカーの最も重要な役割は、纏姫たちを現実に繋ぎ止めることだ。
こく、と主人公君が頷く。
「『
一瞬だけ、脳裏に血塗れの死体の姿が浮かんだ。
それをかき消すように、煙を吸う。思索が霞み、気分が凪ぐ。
「アンカーはそれを止めることができる。お前たちは言うなれば現実の基準点だ。虚構と現実の境界を行く纏姫を繋ぎ止める錨」
現実と虚構の境界が曖昧になった世界において、アンカーは最も強固に現実に張り付いた存在だ。
だから彼らは「
纏姫とは別のロジックだ。
「それは研修で聞いたけど、ハヅキの核心に触れることと何の関係が?」
「ああ悪い。お前の知識がどこまであるか分からないから一から説明したんだ。結論から言えば、アンカーは纏姫の頭に触ると過去が見える。大抵の場合、本人にとって重要な過去がな」
「そうなの!?」
あまり知られていない事実だ。そもそも年頃の女の子の頭に触れるという行為が結構ハードルが高いからだろう。
「アンカーが纏姫の傷を治癒する行為は、現実の基準点であるという特性から彼女らを元の状態に戻しているということになる。治療の際はだいたい負傷部位に触れて治すな。頭に触れた場合、纏姫の記憶の原点、つまり幻想武装を顕現させるに至った経験が見える。おそらくそれは、本人にとって重要な記憶になる。ハヅキの場合も同じだ」
ゲーム的に言えば、好感度レベル4のイベントだ。かなり親密にならないと見れないストーリー。
ただし、キャラクターによってはメインストーリー内で公開される。
「随分詳しいね。政府の人もそこまでは知らなかったと思うよ?」
「そうだろうな」
どうしてそんなに詳しいのか、という彼の不思議そうな顔から逃れるために、オレは視線を宙に漂わせた。自分の吐き出した煙が薄っすら見える。
そんな俺の様子を見て、彼はちょっと近づいてきた。
「試しに君の頭を触らせてよ」
「何気安く女の頭触ろうとしてるんだよ。殺すぞ?」
「言ってること矛盾してない!?」
べしっ、と彼の手をはたき落として警告すると、彼は憤慨した。
「ほら、やっぱり女の子が頭触られるっていやでしょ? ハヅキも嫌がると思うんだ。そのあたり分かってる? ライカってかなりデリカシーない時あるよね」
ただの小僧に説教された……。ムカつく。言ってることが正論なだけ余計にムカつく。
フーッ! と煙を吹きかけてやる。彼はこちらを睨みながらゲホゲホと咳き込んだ。
「くっさ! 煙草くっさ!」
「阿呆。だから、お前にはハヅキと仲良くなってもらう必要があるって話だろ? それでお前はいつになったらハヅキをべったべたに惚れさせるんだよ」
「まだ一か月も話してないのに何を期待してるんだよ……」
それもそうか、とオレはちょっと考える。
灰皿の端にちょんちょんと煙草をつけ、灰を落とす。
「そう言えばお前、護身用の武器はもう一つに決めたか?」
アンカーは纏姫ほどではないが「虚構の浸食」と戦うことができる。
リスクがあり難易度の高い「
そのため、政府から支給された武器を持って戦えるようにするのが一般的だ。
たとえ護身程度でも、纏姫が駆け付ける程度の時間が稼げれば十分だ。
「とりあえず剣を渡されたけど、正直よく分からないよ。ライカみたいに銃とか持つべきかな?」
「やめとけ。実弾なんて役に立たない」
アンカーは自分ひとりでは幻想の力を使うことができない。そのため、彼らは素の状態で武器を振り回しても「
オレの銃弾が有効なのは、一発一発に力を籠めているからだ。
「剣だな。剣がいい。使い勝手がよくて、ほどほどに抵抗できる。しかも『纏姫纏い』した時の練習になる」
「はあ……」
急にまくし立てたオレに、彼が怪訝な表情をする。
「そして、せっかく剣を使うんなら指導役にちょうどいい奴がいるじゃねえか」
「まさか……」
彼にもようやく話の着地点が見えたらしい。
「ハヅキに剣を教わるって名目で話しかけてみろ。一石二鳥だ」
彼は呆れたようにため息を吐いて問いかけてきた。
「君は本当にずる賢いね。いったい何歳なの?」
「ピッチピチの16歳。華の女子高生だよ」
右頬を吊り上げて、オレは笑った。
「絶対嘘だろ」という彼の視線がオレの顔面に突き刺さった。
《TIPS》
発狂した彼女らはほとんどの場合幻想武装で自害します。
慣れない道着と防具を身に纏い竹刀を持った僕の目の前には、生粋の剣道少女が立っていた。
「──翔太。お前は全力で鍛えて欲しいと言ったな。二言はないか?」
「うん、嘘は言ってない……けど、なんかハヅキは随分気合入ってるね?」
正直、ちょっとビビる。稽古をつけてと言ったのは僕だが、早くも後悔しつつある。
ハヅキの目はいつも凛としてカッコいいが、今日はカッコいいを通り越して怖い。瞳の奥に炎が見えるし、全身からオーラが放たれている。
「当然だろう! 剣の道は一日にして成らず。たゆまぬ鍛錬の果てに剣聖へと至るぞ、翔太!」
「あ、そんな気合の入ったものじゃなく身を守れる程度に」
「──甘い!」
ビシィ! と地面に叩きつけられた竹刀が凄まじい音を立てた。僕はびっくりして身を引く。
「中途半端で剣を修められるものか! 身を守る程度など有り得ない。剣を取った以上、相手を滅するまで戦うのが大和男児というものではないのか!」
じ、時代にそぐわない価値観……!
そこまで語って、ようやくビビりまくっている僕に気づいたらしい。
ハヅキはちょっとトーンを落として聞いてきた。
「いや、すまない。無理強いするつもりはないんだ。ただ、『虚構の浸食』と剣を交えるのなら、生半可な覚悟では死ぬだけだ。それなら私たちの背中に隠れていた方がマシだ」
先ほどまでの熱にうかされた態度とは違う、冷静で真剣な言葉。それは僕の身を案じてくれていることが分かったので、自然と返答が口をついて出てきた。
「いや、僕の方が甘く見ていたのかもしれない。たしかに、敵はみんなが倒してくれるなんて思って剣を振っても足手まといになるだけだ。多分、こういうことは命を懸けてきたハヅキたちの方がよく知っているんだろう?」
「……ふん、分かればいい」
素直じゃない言葉遣いとは裏腹に口角が少し上がっている。なんとなく、彼女がどんな人間なのか分かってきた。
「そうと決まれば早速実践だ。剣を持て防具を被れ気合を入れろ」
「えっ? せめて竹刀の構え方を教えるとかそういうことから始まるんじゃないの!? いや怖い怖い怖い!」
大上段に竹刀を構えて突進してくるハヅキに、僕は情けない悲鳴を上げた。
《i》《TIPS》帯刀ハヅキは中学生の頃剣道全国大会団体戦準優勝を修めた才女だ。《/i》
「ハァ……ハァ……」
数十分後、そこには地面に這いつくばり荒い息をする僕の姿があった。
一方のハヅキは、凛とした立ち姿のまま手ぬぐいで汗を拭いている。
汗をかいた彼女のうなじに黒髪が張り付いているのがちらりと見えた。
「翔太。水を飲め。そのままでは脱水症状に陥るぞ。あとタオルだ」
「ありがとう……そこは水を飲むなんて甘えだ、とか言わないんだね」
「そんな非科学的なことは言わん」
根性論とか好きそうに見えたけど。
「とはいえ、翔太は結構筋がいいかもしれない。運動神経はいい方なのか?」
「まあ、わりと人の動きを読むのは得意というか……まあ、分かってても体が追い付かないんだけどね」
「なるほど……そう言えば自己紹介の時にも相手の感情が分かるとか言っていたな」
「まあ、誇れるほどの特技じゃないけどね」
今までの人生で特別役に立ったという実感はない。せいぜい空気を読むのが上手くなった程度だ。
「でも、こんなの『虚構の浸食』と戦うのに役に立たないよね。相手は人間じゃないんだし」
自嘲混じりに呟くと、ハヅキは顎に手を当てた。
「……いや、結構役に立つかもしれないぞ。『虚構の浸食』は案外人間臭いところがあるからな」
「人間臭い?」
それはまた、随分と化け物とはかけ離れた言葉だな。
僕の問いを聞いて、ハヅキは長話になる、と告げるように僕の横に座った。
「お前は研修もまともにしてもらえないうちにここに連れてこられたと言っていたな。『虚構の浸食』についてはどこまで知っている?」
「え? ……人類を滅ぼそうとしている怪物で、有毒な物質を纏っていることくらい?」
「それだけか……いや、それだけの方がいいのかもな」
彼女は意味深に呟くと、少しだけ黙ってから言葉を発した。
「あれらは人間の嘘から発生したものだ。『虚構』とはすなわち人類の積み上げてきた嘘。負の歴史だな」
「負の歴史……」
彼女の言葉にはずっしりとした重みがあった。
「言うなれば人類全体の自業自得だ。嘘をつき続けて文明を築き上げた人類は今、自分のついた嘘に追い詰められている。教訓にでもしたいくらいに出来過ぎた話だな」
初めて聞く話だった。けれども、自分が今まで聞いた話と関連付けて考えればなんとなく全体像が見えてくる。
「たしか、纏姫が幻想武装の力を発揮できるのは現実と虚構の境界が曖昧になっているからだって話だったよね。それってつまり『虚構の浸食』と纏姫は同じ力を使っているってこと?」
「その通りだ。お前、それをライカに聞いたな? ……あいつ、都合の悪いことは隠したな。お人好しめ」
ハヅキの不機嫌そうな表情には、嫌悪感とそれ以外の感情が混ざり合っていた。
「私は嘘は嫌いだから正直に言うぞ。優しい嘘だろうと嘘は嘘だ。纏姫は正義の味方などではない。人類の尻拭いをしている単なる走狗だ」
自嘲するように吐き捨てて、彼女はそっぽを向いた。
「……ハヅキは、真面目なんだね」
「──今の言葉からどうしてその結論に至った?」
こちらを振り向いた彼女の瞳は、番犬のように鋭かった。
「だって、どうしようもないことを真面目にひたむきに考えてるじゃないか」
「……ひどい妄言だな。合理的にモノを考えるマナを見習え」
「無理だよ。僕は天才じゃないからね」
僕の言葉を聞いて、ハヅキはなぜか驚いたような表情を見せると、またプイと顔を背けた。
「いや、そうだな。他人にはなれない。すまない」
「いや、別に謝られるほどのことじゃないけど」
そんな深刻に捉える言葉じゃない。そう思って言うが、ハヅキは妙にシリアスな表情のままだ。
ああ、これがライカの言うハヅキの危うさかな。
生真面目すぎる彼女の精神の弱さ。それについてライカは淡々と語っていた。
『ハヅキみたいに真面目な奴は損をするって決まってる。それはこの世界の摂理だ。だから、ああいう奴が真っ直ぐに道を歩めるようにオレみたいな噓つきが働かないといけない』
そう言うライカの顔は、どこか悲し気に見えた。
そんな回想をしていると、僕の隣に座ったハヅキはいつの間にやら立ち上がって竹刀を手に取っていた。
「つまらない話をしてしまったな。剣の道に邪念は不要だ。目の前の敵を打ち倒すことのみに注意を払うべきだ。だから、お前はさっきの話を全部忘れていい」
「忘れられるわけないよ。ハヅキが自分の一部をさらけ出してくれたんだから」
「……いいから剣を構えろ。余計な言葉はもう要らない」
素っ気なく言って、彼女は竹刀を構えた。
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