第4話煙草かシャワーか

 主人公君との秘密の作戦会議を済ませてから数日。

 オレたちは「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」の相手をしていた。

 オレはいつものように後ろの方に陣取り、全体の状況を確認しながら弾丸を飛ばしていた。


「──ハヅキ! 3時の方向!」

「ああ!」


 いつもの道着姿で刀を振り回していた彼女の体が翻る。死角からの一撃だったが、まるで見えていたかのように横から襲い掛かってきた鳥型の「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」を一刀両断する。

 それを見たオレは、ハヅキの背後に回ろうとしていた別の敵を撃った。


 カラスが元になった「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」は、小口径弾一発であっさりと息絶えた。

 今日の敵はすばしっこいが耐久力は低い。これなら燃費の良い拳銃のみで対応可能だろう。


 目の前の状況が落ち着いたので、オレは素早く周囲を見渡す。フォックス小隊全体の状況を把握するのは暫定リーダーであるオレの仕事だ。

 離れて戦うマナは相変わらずの盤石っぷり。爆発音が馬鹿にうるさいのは絶好調の証だろう。


 ヒバリとヴィクトリアは……少し劣勢か。ヒバリのマジックブレードもヴィクトリアの魔法攻撃も、素早く飛び回る敵にうまく躱されている。

 今回のように小さな敵相手だと、正確な攻撃が求められる。二人はわりと大雑把な攻撃が得意なので、あまりこういうのはむいてない。


「ハヅキ、ヒバリの方を援護してくれ! オレはコイツについて周囲を見張る!」

「任された!」


 ポニーテールを揺らした彼女が一瞬で走っていったのを見て、オレはちらりと主人公君の様子を確認した。


「……嘘葺、どうかした?」


 前までよりはだいぶ落ち着いて見えるが、少し緊張気味だろうか。

 声が上ずっている。新卒入社三日の新人社会人みたいだ。


「中塚、肩の力抜け。体固くしてるといざって時動けないぞ」

「……ははっ、噓葺はお見通しか。君は本当に何歳なの?」

「女性に年を聞くとかナンセンスだな。これから女の子と仲良くしようとしてる奴のセリフとは思えないぞ」


 お前はこれから数多のソシャゲヒロインを攻略しなければならないのだ。そんなこと言ってたらネット民に叩かれるぞ。


「嘘葺は自分からアラサーとか言ってたじゃないか」

「いや、嘘かもしれないぞ」


 にや、と笑ってやると彼はちょっと怒ったような顔を見せた。


「君が本当に14歳だったら僕は喫煙を咎めないとだけど」

「ああ、あれ実はココアシガレットなんだ」

「めちゃくちゃ煙出てたけど!?」


 彼の大きな声を聞いて、少しは力が抜けただろうかと推測する。


「おっと。見ろ、9時の方向から複数の敵だ。さっきの鳥型のやつ。交戦中のハヅキたちの方に行かせるのはマズい。ここで食い止めるぞ」


 既に手に持っていた拳銃──ベレッタを参考に創り出した幻想武装を構える。

 遠くに見えるのは、大型の鳥だった。


「護身用の盾もらっただろ? 構えとけよ」


 敵が射程に入ったのを確認して、オレは引き金を引く。手に走る軽い衝撃と共に、弾丸が飛び出す。9mm弾を模したそれは真っ直ぐに空を切り、鳥の体を穿った。そのまま墜落していく「虚構の浸食」は、既に息絶えていた。

 敵は通常の鳥よりも一回り大きい程度なので、耐久力はたかが知れている。


 しかし、一体を倒している間にも、鳥たちはどんどんとこちらに迫る。


「ッ……多いな」


 手数が足りない。左手を空けてもう一丁の拳銃を顕現させる。

 片手での射撃はやや精度が下がる。セミオートの拳銃の引き金を連続で引く。

 連射力の高い短機関銃を出すべきだろうか。……いや、せっかくだから彼に手伝ってもらうか。


「おい! アンカーなら「纏姫纏いブラッファーウェアリング」できるだろ! オレの力を使え!」

「……分かった!」


纏姫纏いブラッファーウェアリング」はアンカーにのみ許された力だ。

 纏姫の幻想武装を借り、その力を限定的に行使できる。

 オレの力を借りれば銃を撃てるし、ハヅキの力を借りれば刀を振るえる。

 その武器も熟練度も部分的に受け継がれるため、アンカーが得物の扱いに戸惑うことはない。


 ただし、これには纏姫との信頼関係が必要だ。関係が深いほど引き出せる力が強くなる。

 ゲーム的に言えば、好感度が上がれば上がるほど主人公の必殺技である「纏姫纏い」の威力は上がっていく。


 まだ交流の薄い彼では、出せる力は限られる。他の面々とはほとんど面識のない彼なら、オレの力を貸すのが一番だろう。

 彼が右手を前に突き出し、力を行使する。


「其れなるは少女たちの夢──幻想徴用」


 彼の手元に俺と同じ拳銃が現れる。

 それと同時に、彼は不快そうに顔をしかめた。


「……なんかこれすごい気持ち悪いんだけど」

「お前とオレで信頼関係がまだ育ってないからだろ。でも思ったより軽傷だったな。正直その場でゲロぶちまけるかと思ってた」

「そんなことさせてたの!?」


 ぶっちゃけ、思ったよりも信頼されたなってイメージだ。オレ側からはそんなに信頼してないから、あいつの好感度が高かったのだろう。

 主人公君が不慣れな様子で拳銃を構える。と言っても射撃についてはオレの経験も彼に反映されるため、腕についてはあまり心配しなくていいだろう。


「右の方狙え。細かい狙いはいいから、とにかく数を減らしてくれ」


 言いながら、次々と弾丸を放つ。「虚構浸食物質フィクショナルマテリアル」を纏う鳥たちはそこまで強い敵ではない。小口径弾一発で次々と撃ち落としていく。

 主人公君の腕でも問題なく撃退できているようだ。


「ちょっ……君の力すごい燃費悪くない!? 訓練よりかなり疲れるんだけど!」

「弾丸一つ一つに力籠めてんだから当たり前だろ」

「なんでこんな力でずっと戦えるの?」

「幻想武装の扱いに関してはオレはかなり上の方だ。お前も使いこなせるようになれ」


 というか、単に嘘をついた経験が人よりあるだけだ。

 幻想武装とは自分の思い描くもの。つまりは嘘だ。虚勢、の方が近いが、オレにとってはどちらも変わらない。


 薄汚れた社会人だったオレにとってそれを扱うのはあまりにも容易い。

 オレより強い武装を使う纏姫は沢山いるが、力の燃費はオレが一番いい。


「嫌味だなコイツ……くっ」


 ブツブツ言いながらも、主人公君は次々と弾丸を打ち出している。オレの力を使うのは結構な負荷のはずだが、躊躇う様子はない。

 さすが主人公。目の前のことに全力で取り組む姿勢はオレにはあまりに眩しくて妬ける。



「うまくなってきたな! それくらい簡単に女の子も撃ち落としてくれよ!」

「無理言うなよ! 全くの別物だろ!」


 ようやく敵の数も落ち着いてきた。バラまいた弾で目の前の鳥の一団を撃ち落とすと、ひとまず襲ってきている敵はいなくなったようだった。

 主人公君は大きく安堵のため息を吐いていた。


 しかし、こういう時が一番危ないもの。周囲を見渡すと、小さな影が視界の端に映った。


「おい、後ろだ!」


 強引に彼の体を倒す。自由になっている左手に出現させたのは、先ほどの拳銃ではなくソードオフショットガンだ。

 銃身を切り詰めたそれを最短距離で差し出して、オレは主人公君の背後から迫っていた巨大な蜂に向けて散弾をぶっ放した。

 水平に並ぶ二本の銃口から弾丸が同時に飛び出す。

 散弾の直撃を受けた巨大蜂は、一瞬で粉々になった。


 周囲に敵の気配はもうない。

 ようやく落ち着ける。オレは主人公君の腹の上に跨って一息ついた。


「ふう……雑魚ばっかりだと思ったら油断も隙もねえな……」

「悪い、助かった」


 少しバツの悪そうな顔をしている主人公君が下からオレを見ている。


「その……申し訳ないけど上からどいてくれないか?」

「おお、悪い」


 客観的に見たら、オレが主人公君を押し倒してるみたいだな。

 ひょい、と上からどこうとすると、遠くからハヅキの声が聞こえてきた。


「おい! 無事か……ラ、ライカ何をしている! はしたない!」 


 ああ、またあいつプンプン怒ってるな。平常運転だ。


「女性が男の腹の上にまたがるなんて有り得ないだろ! 男がその気になったらどうする!」

「いや、オレ女性って感じじゃないだろ……」

「警戒心がなさすぎる! お前の小さな体じゃあっさり押し倒されても不思議じゃないぞ!」


 相変わらず男女の付き合いのことになると固い奴だ。まあそういうところがヒロイン的に可愛い部分なのだが。


 オレに色々言っていたハヅキの後ろから、ひょっこりと魔法少女の恰好をした女の子が出てきた。

 希望ヶ丘ヒバリ。とにかく明るい女の子だ。


「まあまあ! 1週間経っても全然馴染めてなかったアンカーさんがライカちゃんと仲良くなったならいいことじゃん!」

「ぜ、全然馴染めてなかった……やっぱりか……」


 地味にショックを受けた主人公君が肩を落としている。あわれ。

 ヒバリの言葉は基本的に悪意はないが、たまに人を傷つける。まあそれでも尚あまりある可愛さで人を惹きつけるのが彼女なのだが。


「あ、馴染めてないの気にしてんだ。てっきり仲良くする気がないのかと。ごめんね!」

「ゴハッ……」

「おいヒバリ、こいつもう致命傷だぞ」


 せっかく「虚構の浸食」から守ってやったのに仲間に殺されるとは、情けない主人公である。


「ごめんごめん! じゃあさ、せっかくだから親睦会みたいなのやろうよ! この後集まってさ」

「ヒバリ、私たち汗かいてる。汗臭い状態で翔太を取り囲む気?」


 口を開いたのは、ヒバリの横にいたマナだった。無表情で言葉を紡ぐ彼女は、いつの間にか厳めしい幻想武装を外していた。

 唯一の幼馴染属性を持つ彼女は、現在主人公君と最も近い距離にいると言っていい。

 多分この中で主人公君と一番関係が深いのは彼女だ。

 けれども、彼がここに来てからマナと話しているところはあまり見ない。


 ……まあ、嫌い合ってるわけじゃなくちょっとすれ違ってるだけなのだが。


 マナの言葉に、ヒバリは大袈裟に驚いた。ちなみに彼女はコスプレみたいな魔法少女の衣装をずっと着たままだ。


「あーっ、それ乙女的に大問題だね。男の子がいない環境にすっかり慣れたせいで忘れてたよ!」

「気にするようなことか?」

「ライカちゃん! 意識低い! そういうとこ!」


 適当にぼやくと、ヒバリにビシッと指を刺された。


「というわけで、シャワー浴びたら集合ね。私たちの部屋は……ちょっと抵抗あるか。洗濯物とかあるし。談話室集合!」


 こくこく、と頷く自称乙女たち。

 そんな初々しい会話を聞いていると不思議と煙草が吸いたくなってくる。


「……オレはちょっと用が」

「ライカちゃんも、行くよ!」

「あ、ちょっ……」


 抜け出して校舎裏に煙草を吸いに向かおうとするが、ヒバリに捕まってしまった。

 なすすべもなく、オレはシャワーまで連行されていった。





[TIPS]纏姫たちの過ごしている「幻想高校」は全寮制で、彼女らとアンカーが生活できる設備が税金によって整えられています。





 オレの入る共同浴場には女の子しかいない。

 当たり前と言えば当たり前のことである。

 今はオレも女の体を持つもの。さすがに10年以上も生きてれば少しは慣れる。……それでも、気恥ずかしいことに変わりはなかった。


「よし。オレは体洗ったから先に出るぞ」

「待て、ライカ。お前は髪をちゃんと洗ってないだろ。こっちに来い。私がやってやる」


 そそくさと避難しようとしたが、ハヅキに腕を掴まれる。


「要らない。纏姫は髪のダメージなんて受けない。この前旧帝大の教授が言ってた」

「馬鹿を言うな。若い頃のダメージは後々響いてくるものだ。今のうちから努力しておけ」

「ハヅキは年寄りみたいなことを言うなぁ」

「おい、他人を煽らずにはいられない生意気な口はこれか?」


 頬を結構な力で引っ張られる。


「いひゃい。はづきいひゃい」

「くそ、年上みたいな態度のくせに頬は私より柔らかいな」


 ムニムニ、といじられ続けるオレの頬。


「ふん、同志オールドライアーにはお似合いの姿ね。偽りの報いを受けなさい?」

「まあ、今の冗談はライカちゃんが悪いかな……」

「ライカには少し照れが見える。この場でそのような感情を抱く要因が不明。説明を求める」


 おいマナ、余計なことを言うな! 


 言うまでもなく、浴場にいる彼女らは全員裸だ。つまりその……あまり接近されると色々見える。

 ハヅキの引き締まった体とか、ヒバリの意外と凹凸のある体とか、ヴィクトリアの肉欲をそそる体とか、マナのスレンダーな体とか。


 長々と観察しているとまた顔が赤くなってくる。

 そんなことをしているうちに、頬を解放されたオレはハヅキにシャンプーをされていた。

 頭皮を他人の指がゴシゴシと洗う感覚は気持ちが良い。羞恥心に目を瞑れば、だが。


「ライカはガサツなわりに髪がきめ細かいな」

「そうなのか」


 正直あんまり興味はないが。オレの目的にきめ細かな髪は不要である。


「私にできるのはこれくらいだからな。お前の数少ないダメなところを世話してやろう」


 アラサー的にはだいぶ恥ずかしい状況である。10代半ばの少女に髪を洗われている状況。けれども、鏡越しに見えるハヅキは満足気だったのでオレは大人しく彼女の世話を受けることにした。


「……お前はダメなんかじゃない」

「ん? ……ライカ、流すから目を閉じろ」


 両目を閉じるが、いつまでもお湯は降ってこない。恐る恐る目を開くと、ハヅキはオレの顔を鏡越しに見てニヤニヤと笑っていた。


「お前は目を閉じていると本当に可愛いな。普通の女の子みたいだ」

「……それはあれか。目を開けていると可愛くないってか」

「ああ。可愛げがない。私より賢くて、ずるくて、世渡り上手で、そのくせ諦めたみたいな目をしている。本当に、可愛げがない」


 ハヅキはオレが目を開けているのを確認したにも関わらず勢い良くお湯をかけてきた。

 あわてて目をつぶる。それからシャワーで泡を洗い流して、ハヅキが声をかけてくる。


「できたぞライカ。おしまいだ」


 彼女はとても満足そうな声音で、オレに言った。

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