第2章 絵の神様

第41話 変人の料理

つじさんは、神様かみさまかれているんじゃないか?」


 ――ラノベ研究部の部員を集めることに成功した4月17日木曜日から4日がった、4月21日、月曜日、昼休みのことだった。


 太陽がし、まどからそよかぜが入ってくる教室のなか。

 俺は、真正面ましょうめんすわる辻さんに、そんなことを言っていた。


 快晴かいせいの色にもた水色のセミロングヘアに、童顔どうがん可愛かわいらしい美少女――つじしずくは、普段ふだんクリっとさせている目を、今はわずかに見開みひらかせていた。

 小さなおどろきを感じているように見える。


 ――何か、変なことでも言っただろうか?


 ただ、昨夜さくやにネット投稿とうこうされていた辻さんさく――ペンネームだとくもりえさ先生せんせいさくのイラストの、さすがの出来でき感心かんしんし、かりに絵の神様が存在するのならば、辻さんはその神様に取りかれているのではないか? と言葉ことばの意味もめて言っただけなのだが。


 まあ、何の脈絡みゃくらくもなく言ったから、何の話だ? となっているのかもしれない。

 でも彼女は、俺の予測よそくとはまったく別の理由で、驚きを感じていたらしい。

 辻さんは、口を開ける。


「過去にも、まったく同じ内容の言葉を、別の人に言われたことがあるよ」

「そうなのか?」

「うん。本当に、むかしのことだけどね」


 そう言う彼女は、窓の向こうに広がる一面いちめんの空に視線しせんを向け、どこかなつかしみにひたるようなかおつきになった。


「やっぱり辻さんは、昔からそう言われるだけの、異彩いさいはなつ絵をいていたんだな」

「異彩というか、なんというか、だね」

「うん?」


 俺の方を向いた辻さんの肌色はだいろの顔に、前髪まえがみかげが大きくかかる。


「どちらかといえば、いびつなのかもしれない」

「それは……?」


 どういう意味を込めた、言葉になるのだろう?

 答えを求めるひまあたえず、彼女はまた別の言葉をはっした。


「あと私は、絵の神様に取りいているわけではないと思うんだ。おそらくだけど――」


 ――瞬間しゅんかん


 窓から、強風きょうふうが流れた。

 扇風機せんぷうきに耳を近づけた時のような、風のく音が、俺の聴覚ちょうかく支配しはいする。

 彼女は、突風とっぷうにより髪をいきおいよくなびかせながら、口を動かし続けていた。

 でも、何を言っていたのか、俺の耳にはまったくとどいていなかった。


 ◇


 その日の学校が終了しゅうりょうし、夕方ゆうがたになる。

 俺は、自転車を手でしながら、となりを歩く辻さんと下校げこうしていた。


 地元じもとのなかでは規模きぼの大きい川が流れる堤防ていぼうのコンクリートみちみながら、彼女と会話をする。


「私。この前、おかあさんに、言われたんだ」

「言われたって、何をだ?」

「あなたをそだてる難易度なんいどは、たぶん設定上せっていじょうでいうところの、最大値さいだいち位置いちしている、と」

「…………ものすごく正論せいろんだな」

板橋いたばしくんは、私の味方みかたじゃなかったんだね。かなしいよ」

創作そうさくのためと言って、雨でずぶれになって帰ってくる子供こどもを育てるのは、大変だろうなと思ったんだ」

「小さい子供だって、みんな雨に濡れて帰るけどね」

「おい、高校二年生」

「自分がびしょ濡れにした服くらいは自分で洗濯せんたくしなさいって、この前言われたから、その時初めて洗濯機せんたくきを使ってみたけど……」

「おい、高校二年生」

洗剤せんざいを、容器ようきに入っているぶんまるごと入れてしまって大変なことになったから、お母さんから洗濯せんたく禁止令きんしれいを言いわたされたよ」

最大さいだい難易度なんいどは、伊達だてじゃなかったんだな……」


 いや、でもね――と彼女は言う。


「私、こう見えても料理は、結構得意なんだよ」

「へえ……」


 何だか、意外いがいなのだった。


普段ふだん、どんな料理を作るんだ?」

「バニラアイスチャーハンだね」


 ………………はい?

 あれ、気のせいか?

 俺の間違まちがいなのか?


「悪い、もう一回言ってくれ」

「バニラアイスチャーハン」

「…………」


 おーけー、おーけー。

 聞き間違いでなければ辻さんは今、バニラアイスチャーハンと口に出した。

 バニラアイスチャーハン?

 なんだそれ?

 もしかしたら、名前が誤解ごかいされやすいというだけであって、料理の中身は名前から連想れんそうされるものとは、全然ぜんぜんことなるものなのかもしれない。

 うん。

 きっと、そのはずだ。

 じゃないと、バニラアイスチャーハンって……。


「それは、どういう料理なんだ?」

文字もじどおり――」


 ――文字通り!?


「――バニラアイスとチャーハンを組み合わせた、奇跡きせきの料理だよ」


 ――本当に、文字通りじゃないか。


「それ、美味おいしいのか?」


 とても、うまく融合ゆうごうできるようには思えないペアなのだが……。


「とても美味おいしいよ」

「…………」


 まあ、料理が得意だと自称じしょうする本人ほんにんは、そう言うのだろうが。

 彼女の主観的しゅかんてきな感想は、信用しんようできない。彼女の料理をしょくした経験けいけんのある人の客観的きゃっかんてき感想がほしいところだ。

 そんなことを思っていたら、辻さんみずからが、その答えを教えてくれた。


「ちなみに、私のお母さんの口には、バニラアイスチャーハンは少し合わなかったみたい」

「まあ、うん。……ですよね」

「お母さん。バニチャー食べた次の日に、仕事休んでたよ」

「絶対主犯しゅはん、バニチャーだろ」


 てか、少し口に合わないどころじゃない。

 身体からだが受け付けないレベルなのでは? それ。


「板橋くんも、食べてみる? バニチャー」

「食べたくないな……!」

「すごい拒否きょひ反応はんのうだね」

「たぶん、その料理をこのむ人は、少数派しょうすうはなんだ。辻さん」

「板橋くんは、少数派な気がするんだよ」

曖昧あいまい根拠こんきょで、俺に毒物どくぶつらないでくれ」

「毒物とは失礼しつれいな。ぼしシェフも認める(予定)の絶品ぜっぴん料理りょうりだよ」

「予定じゃないか。絶対、三つ星シェフは認めないぞ」

主食しゅしょくとデザートが一度に二度味わえるって、おとくだと思わないかな?」

「ゲテモノに変わるなら、逆にそんだと思うのだが」

補足ほそくだけど、お母さんには料理りょうり禁止令きんしれいも言い渡されているよ」

「もう、自覚じかくしているだろ。料理向いていないの」


 と、彼女のお母さんが普段感じているであろう苦労くろうに、同情どうじょうねんいだいていると……。


「あ、板橋くん」

「うん?」


 辻さんが、俺にこう言った。


「ちょっと、絵が描きたくなった。付き合ってもらっても大丈夫だいじょうぶかな?」

「……ああ、別にかまわない」


 普段は変わった性格で周囲しゅうい混乱こんらんさせている辻さんでも、その中身なかみは俺の尊敬そんけいするイラストレーターのくもりえさ先生せんせいなのだ。

 むしろ、よろこんで彼女の絵描えかきに付き合うという話だった。


 ……料理には、絶対に付き合いたくないが。

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