第39話 小説の中身

 木曜日。

 つじさんと美冬みふゆに、短編小説を見せる日……。

 俺は――、


「まあ、ギリギリオーケーだろうか?」


 何とか、物語を最後まで書き上げることができたのだが……。


「1万6500文字……3500文字足りないが、大目おおめに見てもらえると信じよう」


 さすがに、なのだった。

 深夜0時の時点で9000文字までしか進んでいなかったのだから、徹夜して2万文字を書ききることは不可能に等しいことなのだった。スランプ状態ともなれば、なおさらである。

 しかし……。


「この小説なら、見せられる」


 自信は、一応あった。


 いや。しかし、その自信は作品クオリティに対しての自信とは違う。

 逆に、小説の完成度という点を注視して読めば、良い評価などもらえないだろう。

 だけど……。それでも……。


「このテーマだから、書いた意味がある」


 俺は、文章とか物語構成とかの質は気にせずに、いつもより自由に執筆をした。


 そもそも、執筆速度と残り時間のことも考えると、立派な文章を心がけるなど、している余裕よゆうはない。

 調子が悪くて、面白い物語も想像できない。

 じゃあ俺は、この作品の何に、総力をそそぐべきなのだろうか?

 それは、メッセージであると思った。


 書きたい意欲も、そこから来ているものだし。

 だが……と俺は思う。


「執筆をし過ぎたせいだろうか? 頭がおかしくなっている気がする」


 不思議なくらいに、眠くなかった。

 徹夜して執筆作業を続けて、4時くらいに眠気が襲って、でも6時を過ぎたくらいから、変な状態になったというか……眠気を全く感じなくなって、一周回って元気になった。なんか逆に、自分でも不気味と感じるテンションになっていたのだ。


「徹夜しているサラリーマンとか、こんな感覚になるのだろうか?」


 いや、どこのブラック企業の話だよ、と我ながらに思う。

 そんなブラック企業、この世にあるわけ無いだろ……。


 俺は、洗面所に足を運び、鏡を見る。


「うわ……」


 目元にクマ。不眠は、身体に現れる。


「今日は、早く寝よう」


 さすがに、今は眠くなくても、夜には強い眠気に襲われるだろうし。

 睡眠は大事なのだから、取れる時にはしっかりと取らなければならない。


 当たり前の話なのだが、そういう健康管理を行わないと、俺は身体を壊す。身体を壊すと、小説が書けなくなる。それは、なるべく避けたい。だから、健康習慣に大事な睡眠は、今日にしっかりと取っておこう。


「できれば、気分よく寝たいものだな」


 気分よく、というのは、今日の結果に左右される。

 辻さんと美冬に小説を読んでもらって、二人から面白いという返事をもらえれば、気分よく横になれる。逆の結果になれば、気分よく眠れない。

 気分のよい未来の実現を願い、俺は学校へ足を向けた。


 ――昼休み。


 俺は、人気ひとけのない校舎裏に、辻さんといる。

 彼女は今、パラパラと原稿用紙をめくっていた。

 俺の完成させた短編小説を読んでもらっている最中である。


 待っている間は、非常に緊張していた。

 やはり、悪い結果を想像する自分もいるから、そっちの俺が緊張を容赦ようしゃなくあおってくる。

 でも、強気つよきな俺も確かに存在する。

 きっと大丈夫だ、と思い、少々ながら緊張を抑えつけてくれる。


 沈黙が続くこと、20分が経った。

 辻さんが、原稿用紙で隠していた顔を、俺に見せる。

 笑みは浮かべているが、いつもと変わらない表情と言えばそういう表情だ。だから、まだ良い結果は約束されていない。


「読み終わったよ」

「そうか……」

「うん……」


 俺は、お願いをする。


「本心からの感想を教えてくれ」

「もちろんだよ」


 彼女は信者だから、信用できるかと言われれば、微妙なところではあるのだが。

 でも、今は信じよう。

 本心からの感想を、語ってくれると。


「正直に言うとね」

「ああ」

「たぶん、今までのいたばしこう先生の作品のなかでは、一番微妙だったかな」

「……そうか」

「だって、

「確かに、それは辻さんの好みとは……」

「うん、かけ離れている」


 振り返ればそうか、と俺は思った。

 明確に言えば、この小説は主に美冬に向けて書いたものであった。


 …………いや、違うか。


『主に』ではなく『完全に』である。


 ――書きたいテーマが強すぎて、ちゃんと辻さんの事を考えていなかったな。


 それは、大きな反省点なのだった。


「部活設立の条件は、俺が辻さんと美冬の両方を頷かせる小説を作ることだった。残念だが今回は……」

「いや、ちょっと待って」

「……ん?」


 何を待って、と彼女は言っているのだろうか?


「よく考えてみて。私は、いたばしこう先生とラノベを作りたいと思っているんだよ」

「あ、ああ。そう言っていたな」

「だから、意地でも部活は作りたいと思っているわけ」

「……………………もしや」

「うん。たぶん、そのもしやだけどね」


 俺の予測が、彼女の考えと一致していたら……。

 辻さんは、卑怯者ひきょうものなのだった。

 何でもありだ。


「というよりかは、これは板橋くんの作戦なのかな? と勘繰かんぐっていたけど」

「作戦?」


「てっきり――あの女に向けた小説で、順当にあの女の票を稼いで、私からはイカサマ票をもらう作戦――だったのかと」


「――違うわ」

「板橋くんワルだな……って勝手に解釈していた。ごめん」

「そんな解釈を勝手にしないでくれ」

「まあ、でもね……」


 と、彼女は言う。


「今回は、この小説はすごく面白かった、って嘘の一つでもついておくよ」

「…………大丈夫なのか?」

「だって、部活で良い小説を作ってもらえれば、それで解決する話だから」

「…………」


 この姑息こそくな手段を用いて良いのか? と思う自分もいる。

 でも、まあ良いか、と肯定する気持ちが上回る。

 何せ、わりと俺は頑張ったし、姑息な手段の一つくらい取っても、問題は無いと思うのだった。


 だから、嘘をついてくれる彼女に約束をする。


「部活で制作する作品は、絶対に良いものを作ってみせる」

「うん、期待している。もちろん、私も良いイラストを作るから」

「…………ああ」


 そして、辻さんは俺に聞く。


「一つ、この短編小説に関して、質問があるんだけどね」

「何だ?」

「主人公のモデルって……」

「…………そうだな」


 辻さんの想像している人物が、この小説の主人公のモデルで、間違いないと思う。


「美冬のお姉さんにかなり近づけた、主人公だ」

「やっぱり、そっか……」

「完全に違うのは、辿たどる結末だな」

「確かに、この作品の主人公は……」

「ああ、一度落ちた底からいあがって、作家としての成功を遂げ、幸せになる……そんなハッピーエンドで終わる物語だ」


 なぜ、そのような結末を選んだのか?

 それは、非常に単純なものだった。

 美冬が、そういう物語を読みたいのでは? ――と思ったからだ。


 お姉ちゃんに、幸せになって欲しいだろうから。

 彼女の願っている未来だろうと、予想するこの作品を書いた。

 でも、この作品を書いた理由は、それだけでは無い。

 美冬に、あからさまなこびるため、などでは決して無いのだ。


「俺は、美冬に教えたかったんだ」

「教えたいって、何を……?」

「作家は、くるった職業で、つらい職業で、才能が大事な職業で、才能が無い者にはとことん向かなくて、精神的にもしんどくなる時だってある職業だけど……でも、良い作品を書いた実感が湧けば楽しいし、本が出版されれば嬉しいし、やりがいがあるし、まあ悪くはない職業だって。作家の悪い面だけじゃなくて、作家の良い面も知ってほしくて。だから、書いたんだ」

「……なるほど」


 辻さんは、優し気な笑みを浮かべた。


「そのメッセージ、伝われば良いね」

「ああ、伝われば良い」

「少なくとも、だけどね?」

「うん?」

「板橋くんの努力は、読んでて伝わったよ」


 続けて、辻さんは言葉を発する。


「スランプの状態で、書いたんだよね?」

「…………分かったか?」

「うん、文章がぐちゃぐちゃだったから」

「やっぱりか……」

「でも、素敵なぐちゃぐちゃだったよ」

「……ありがとう」

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