第36話 あれが来た

 ――小説の書き方が分からない。

 ――魅力的な物語を作る方法が分からない。


 今まで、どのようにしてラノベを書き上げてきたのかが、ほとんど分からなくなっていた。

 まさか、だった。


「よりにもよって、こんなタイミングで俺にスランプが襲ってくるなんて……世界は俺のことを嫌いすぎていると思うんだが」


 もしくは、厳しいだけなのか。

 もう、何でもいいが。

 とにかく、やばい状況が更に悪化したという事実は変わらない。まるで俺に、執筆を諦めろとでも、言っているような気さえした。


「…………どうしようか」


 ――スランプ。

 それは、一時的に調子が出ないという意味。

 作家にも、そのスランプが急に訪れることは、あるあるに含まれる話だ。

 何の前触まえぶれもなく、いきなり小説を書けなくなるのだ。

 スランプのだいたいは、時間が解決してくれると、俺は考えているのだが……。


「時間が無いのに、時間でスランプを克服こくふくするなんて、不可能なことだ……」


 別のやり方で、スランプの克服を行う必要がある。

 しかし、簡単にスランプは克服できない。

 だいたい、だ。

 仮にスランプに、短時間で克服する決まった方法があるのであれば、俺は今、こんなにも悩んでいない。

 スランプとは、作家にとって強敵だ。

 避けては通れない道なのかもしれない。

 大きな壁ともいえる。

 この壁を、今すぐに壊す方法を、俺は知らない。

 そして、キーボードを動かす指の速度は、自分でもむしゃくしゃする程に遅い。

 三行くらいの文章を入力して、納得できず、全削除。それの繰り返し。

 二歩進んで、一歩半下がる。

 ほぼプラマイゼロだ。

 つまり、進捗がほとんど無い。

 時間と精神だけは、着実にすり減っていた。


「ああ……」


 俺は、思ったことを口に出した。


「こんな状態で小説なんて、書けっこない」


 小説が書けないのは、ストレスだ。

 そしてスランプ状態の今――

 執筆にやりがいを感じ、スランプにも真正面から向き合おう――なんて、お手本作家のような心境にはなれなかった。

 自分の不甲斐ふがいなさ的な何かを感じさせられる。

 抱いている感情が、口からこぼれる。


「しんどいな……」


 俺は、もはや美冬に面白いと言わせるような小説を作ること自体には、考えが広げれずにいた。

 ここまでくると、完成させられるかどうかすらも、怪しい。

 できて完成。未完でゲームオーバーという結末が非常に濃厚。

 危機感が、ただただ積もっていく。


「……はあ」


 大きなため息も、つきたくなっていた。


 ――そして、次の日の火曜日になる。


 机の上で目覚めた俺は、現状を振り返る。

 今日を含め残り3日で小説を見せなければならない。実質、今日と明日の二日間で2万文字のものを書かなければならないのだ。


 そして、今日の朝の進捗状況は、3500文字。スランプの最中の執筆と思えば、頑張った方だとは思う。

 しかし、途中経過のその作品には、自信がない。たぶん、文章はぐちゃぐちゃ。支離滅裂しりめつれつになっている。


 意味のある執筆だったかと聞かれれば……その質問には答えたくないようなクオリティだった。


「我ながら、絶望的な現状だな」


 今日、学校から帰ったら、スランプが治っていた――なんて都合の良い出来事は起こらないだろうか?


「…………そんな事が起こるくらいは、むくわれても良い気がするんだが」


 そもそも、報われるのであれば、こんなタイミングでスランプなんて発症していないか、と思うけれども。


 昔、誰かが言っていた。

 努力は、いつか報われる――と。


 それは間違いだと思う。

 努力が報われるのであれば、俺は今以上の大きな結果が付いてきていないと、おかしいはずだ。

 自分で言うのも痛々しいが、俺は結構努力をしてきた。

 だからこそ、言えるのだ。

 努力が報われることは、あまり無いと。


 そして、また別の誰かは、こう言っていた。

 努力は必ずしも報われるわけでは無いが、努力はしないとまず報われない――と。

 それも、間違いだ。

 努力せずに、生まれ持った能力だけで結果をしっかりと残す者は、この世に存在する。

 それが、才能なのである。

 残念ながら、世の中には、努力と才能がイコールの関係にならない現実が、蔓延はびこっている。

 努力よりも才能がまさる。それは、珍しくない。むしろ、才能がものをいう世界だと、俺は考えていた。


 では、凡人が努力して、才能を持った者もまた努力をしたら、はたして凡人の必要性はどこに存在してくるのだろうか?

 特に、才能が大事な、この小説界では。


 凡人は、せいぜいなれても、引き立て役なのではないか?

 そんな残酷な結論も、頭に浮かぶ。

 せめてもの救いは、その明確な答えが、まだ明らかになっていないことだろう。

 だから、俺はまだ挑戦することを肯定こうていできる。


 才能がない者が絶対に成り上がれない職業――とはまだ位置づけされていないから。

 もしかしたら才能が無い俺でも――という希望はある。

 ただし、ほんのわずかなものである。


 才能が無い俺の道は、茨道いばらみちなのである。

 努力は報われず、あざ笑うかのように、厳しい現実が立ちはだかる。

 小説を絶対に書かないといけないのに、そういう時に限って、まともな小説の一作品すら書けない。


 俺は、独ごちる。


「こんな時くらいは、素晴らしい小説を書かせてほしいものだ」


 そんな弱音をはいたところで、小説を書かなければならないことに、変わりはない。

 こくな話だった。


 改めて、スランプね――と思う。

 スランプ……スランプ……。

 やっぱり、活路かつろが見いだせないな⋯⋯。

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