第30話 筆を握る理由

 二本の傘が揺れる。私の隣を、航大こうだいが歩く。

 私は、彼に聞いた。


「そういえば」

「なんだ?」

「自転車が壊れているとか何とか言っていなかった?」

「ああ、壊れて今は持っていない」

「二人乗りどうこう以前に、乗る物が無いのでは?」

「それは、大丈夫だ」

ぬすむ?」

「盗まない」

うばう?」

「奪わない」

「……まさか空気くうき自転車じてんしゃ?」

「違う。てか、できるか。椅子いすじゃないんだ」

「やっぱり盗難とうなんしようと――」

「――していない。俺は、悪い事はしないぞ」

「二人乗りは、悪くないと……」

「……子供の二人乗りは、ギリセーフだろ」

問題発言もんだいはつげんだ」

「ま、まあ、だ。俺には、妹がいて、その妹の自転車がうちにある。だから、それを使おうと思うんだ」

桃花ももかは、その自転車を今使っていないと?」

「ああ。今は、自分の戦闘能力をきたげるために、自分の足を使って登校しているそうだ。 ――自転車はらくできるから、なまものになる。私はケッキ〇グみたいに、二ターンに一回しか攻撃できないのはいやだ――とか何とか言っていたな」

板橋いたばしには、ポケ〇ンブームが来ている?」

「妹がはまっているんだ。最初は好きなポケ〇ンで勝ちたいって言っていたけど、今じゃちゅうパで戦っているよ。ノー〇ルテラ〇タルし〇そくカ〇リューとか、しおづ〇たべの〇しみ〇わりじこ〇い持ちキョジ〇ーンとか」

「うん。よくは分からないけど、ガチっぽいのは伝わった」

「あいつはヤバいぞ。ちからまかせのパーティで行きそうな性格なのに、が〇あくパーティで俺を追い込んでくる。ま○で俺の相棒たちを動けなくするんだ。あのゲームの〇ひの確率、バグっているからな」

「ごめん。私、その話にはついていけないかもしれない」

「いや、俺が悪かった。つい、日頃ひごろからの敗北の愚痴ぐちがこぼれてしまった」

「別に良い……兄妹きょうだいの仲が良い事は、良いことだし」

「…………」


 航大は、だまりこむ。

 もしかしたら、兄妹絡みの件で、私のお姉ちゃんのことに対して、気を遣っているのかもしれない。

 別に、遣う必要など無いのに。

 私は、口を開ける。


「お姉ちゃんも、少しずつ回復している。死んではいないから、気にせず桃花との微笑ほほえましい仲良し話は口に出して構わない。嫉妬しっととか、する気はないし」

「……そうだな。そうするよ」


 気まずい空気は、中途半端にしか晴れなかったが、しょうがない。

 私のお姉ちゃんが特殊な状況にいるのは、現在進行形での話なのだ。

 でもどうせ明日には、この気まずい感情も忘れている。

 そして定期的にこの感情をまた思い出して、また気まずくなる。

 そして、忘れる。

 それの繰り返しなだけ。今はの感情でも、明日にはだいたいせいの感情なのだ。

 人間はときとしてじょうあついが、時間が経てば、あっけなくその情への関心がなくなる生き物だ。


 航大の家へ到着し、彼は自転車を出す。

 黒色のシンプルな自転車。桃花は見た目通りに派手はでが大好き、では無いのである。そのシンプルなデザインは、ザ・シンプルな航大とよく似合っていた。


「今、誰かが、また俺の普通いじりをしてきた気がした」

「普通の航大が悪い」

「やっぱりお前か」


 航大は、自転車を押して、私の近くまで来る。


「そういえば、まだ返事を貰えていなかったな」

「二人乗りの共犯者になるかどうかって話?」

「ああ。別に無理して共犯者になる必要は無い。安全運転ではいくつもりだが、危険な行為なのは間違いないし」

「私は、やりたくない事には足を向けない。面白そうだし、やって良い」

「分かった。ありがと」


 航大は、周辺を見渡す。

 そして、言った。


「移動しよう。人目ひとめのつかない所へ。警察のお世話には、なりたくない」

「それもそうだ」


 私は歩く。

 航大も、自転車を押して、横を歩く。

 何の会話が無いのもつまらない。

 彼と何の話をしようか?

 ふと、私の頭をよぎる、真面目な質問。

 私は、それを口に出す。


「航大は、なんで小説家になろうと思ったわけ?」


 航大は、しばらくの間、無言むごんになった。

 言葉選びをしているのだろう。

 私にだって理解くらいできる。案外、こういう質問の答えを引き出すのは難しい。

 一分くらいの沈黙の末、彼は言葉を発した。


「俺は、ラノベを書きたいと思った理由が、最初に心の動いたアニメにあるんだ」

「それは、日陰ひかげのカエル?」

「そうだ。要するに、俺はアニメからラノベに入ったんだ。それで、ラノベを書き始めたんだが、小説を書いたのにも、また結構なくさった感情があってだな」

「舐め腐った感情?」

「俺は、アニメ化の原作作品が作りたかった。まあ、いろいろ媒体ばいたいがあるだろう。漫画とかゲームとか、ラノベとか」

「そうだね」

「俺は、こう考えたんだ。ラノベが一番、らくにアニメ化原作を作れそうだなって」

「なるほど。それは、舐めてるね」

「そうだ。だって、俺は漫画の絵を描けないし、ゲームを作る仲間も集められない。でも小説なら、絵は必要ないし、一人で完成させられる。俺でも簡単にできそうだなって思って始めた。まあ、最初は酷かったな。思ったよりも難しかった。一度、筆を離した。でもまた筆を握った。やっぱり、俺は小説を書くことしかできないなと思ったからだ。そして、ラノベの執筆を本格的に始めた。漫画やゲームは、俺には制作できなかったから」

「…………かっこよくない理由」

「そうだな。たぶん数ある小説家を目指した理由の中では、ふざけていて、ダサい理由に含まれるんだろうな」

「…………」

「だけど一応、商業作家にはなれた。そのことには、ほこりを持っている。作家って、倍率が高いから。だからこそ、思うんだ。おそらく、俺と同じような考えを持っている人間も、山ほどいるのではないか? と」

「……そうなの?」

「いや、おそらくだが」

「保険かけた」

「山ほどは、言い過ぎていたかもしれない⋯⋯」

しんのない作家……」

「口が滑ることもある」

「……人間だから?」

「そうだ。人間だからだ」

「だいたい、それを言ったら解決できる話だけどね」

「……その通りだな」


 そんなこんなの会話をしながら、二人乗りの地へと、私たちは向かっていく。

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