第29話 矛盾した感情
雨の日だった。
私は、目を覚ます。
視界が天井を捉え、朝だ――とボーっと考え、
「今日の朝は、目覚めが早かった……」
それは昨日、早い時間に横になったからだろう。
なぜ、通常時より、早く目を閉じたのか。
「あ、そっか……最悪だ」
それは、悩みを睡眠で
まあ、
私の思った通りに、世界は動いてくれなかった。
少しばっかり表現が
――
他人が聞いたら、しょうもない悩みかもしれない。
でも、私の
私は今、二つの
まず一つが、航大の筆を折りたいという感情。
航大の小説には、努力こそ伝わるものの、圧倒的に足りていない才能の印象が強い。それは、執筆のせいで引きこもりになったお
そして、あともう一つの感情。
それは、航大の筆を折らなくてもいいのではないか? という考え。
私からしても、
昨日、私は思ったのだ。
何を言っても、どんな悪口をぶつけても、筆を離そうとしない。
むしろ、変わらず筆の力を
――航大の
要するに、航大はどんな小説を書こうが、どんな感想を書かれようが、お姉ちゃんと同じ
そんな考えが
ただの
ただの
いや、その結論に間違いは無いのだけれど。
私だって、無意味にそんな行動を取りたいとは思わない。
朝も、悩み続ける。
これから、どうするべきか?
彼の筆を持つ姿を
しかし、やっぱりだ。
今の私にとっては、重要な悩み事なのだった。
悩んだ内容は解決しないまま、
――今日は、航大とは会いたくないかもしれない。
「おはよう、
そういう時に現れるのが、私の
普通の黒髪の、一般的な
「……おはよ」
「何だろう? 今、
「航大が普通だから、しょうがない」
「お
「…………」
航大は、たぶん見た目は普通でも、中身は普通じゃない。
だって、自分が書いた小説に
彼の脳からは、傷つく、とか、傷つけられたくない、とかいう感情が切り取られているのではないだろうか?
最近になって、そんなことを考え始めた。
私は、現在の悩みに包まれているからか、今日は、航大の小説に対する酷評レビューをする気にはなれなかった。いざ、しないとなると、普段自分がやっていることが、いかに
――今日くらいは、ポジティブな会話でもしようか。
今までのマイナスな会話の
「ねえ、航大」
「なんだ?」
「最近、嬉しいこととかあった?」
なんて、ひねりも何もない。普通の会話を始めようとしている。
でも、もしかしたら、こういう普通の会話が、本来の理想の会話なのかもしれない。
私らしくもない事を考え、航大は返事を返す。
「そうだな。最近で特に嬉しかった事といえば、好きな人の新しい姿が見れたことだろうか?」
「――んん?」
……………………ほう。
なるほど、なるほど。
なるほど、ね。
私は、今日くらいはポジティブな会話をしたいと思っていたが、やっぱり、いつも通りの会話にしようではないか。
「好きな人の、新しい姿……か。
「いや、別に色恋ではなく、尊敬しているイラストレーターの話――」
「――じゃあ、
「いや、だから
「ふーん、ちなみに、どういう好き?」
航大は、答えた。
「心の底から好きだな」
「恋愛じゃん」
「だから違う」
「ちなみに、どういうところが好きなの?」
「
「完全に
「いや、だから恋愛的な意味ではなくて、心の底からってだけであって――残酷な方法で人を殺したりするんだ」
「ひ、人を殺す⋯⋯?」
「ああ。普通に殺すわけではない。殺しているだけなんだが、その殺し方のこだわりが非常に強いんだ」
「殺し方の、こだわり……」
人を
そんな彼女を心の底から好きでいる航大……。
筆どころの話ではない。
ヤバい女がいるじゃないか。
「航大」
「ん?」
「その女のこと、警察に伝えよう」
「……イラストの話だったんだが」
「――え?」
詳しく話を聞くと、航大が好きなイラストレーター、
好きな人の新しい姿とは、好きなイラストレーターの新しい作風の絵。人を殺したりするというのは、イラストの中身の話、ということだったと。何とも、ややこしい。
しかし、人の話をきちんと最後まで聞かなかった私が悪いのだろう。
まあ、航大に恋愛絡みの話が無かったのは、何だかほっとした。
そんな性悪女の私だった。
その後、学校に到着し、授業が始まる。
たまに暇になる授業中は、また悩み事が頭に吸い付いてくる。
そうだ、何も解決なんてしていないし、放置できる問題でもない。
結局授業中も、時間だけが流れて、私のモヤモヤは一向に流れてくれなかった。
気づけば、下校時刻になっていた。
私は、靴箱から降水量の減少した外の様子を眺める。
――
「美冬」
そんな、聞き覚えのある声が、後ろから聞こえてくる。
私は、後方へ振り向く。
当たり前のように、航大がいた。
「なに?」
「実は、なんだが」
「うん……」
航大は、こんな事を言い始めた。
「今、執筆で雨の中の自転車の二人乗りの描写に差し掛かろうとしているのだが、実際に二人乗りを体験したことが無いんだ」
「うん」
「だから、うまく書ける自信が無いんだ」
「うん」
「そこで、実際に今日みたいな雨の日に二人乗りを体験してみたいと思って……美冬さえよければ、今から俺と、自転車の二人乗りに付き合ってくれないか?」
「……………………」
雨の降る音が響くなか、もしかしたら私は驚きで、目を見開いていたのかもしれない。
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