第28話 私の幼なじみのメンタルは、おかしい。

 6月中旬。

 私は、航大こうだいと帰り道を一緒に歩く。

 航大は、通常晴れの日は、自転車登校をしているのだが、今はその自転車が壊れていて、新品を買うまでは歩きだということだ。だから私も彼も、今は徒歩で帰宅している。

 私は、航大が執筆したという小説に対しての、正直な感想をぶつけていた。


「まず、主人公の言動にしんが通っていない」

「はい……」

「ヒロインに対して関心が無かったはずなのに、ヒロインがピンチになり始めた途端とたん、急に救いの手を差し伸べる……その経緯けいいの意味が分からない」

「はい……」

「主人公が――普段、俺の近くにいるやつが急にいなくなったら不気味ぶきみだろ――とか、それっぽい理由を後付あとづけで言っていたけど、全然理由になっていないから」

「はい……」

「それに、涙腺るいせん描写びょうしゃも中々に酷い」

「涙腺描写……ですか」

「そう。このヒロイン、泣き過ぎでしょ。家族の再会で泣いて、次の日に妹からの感謝の言葉で泣いて、また次の日に家族でいる事の当たり前の幸せを感じて泣くとか。さすがに、そこまで涙の量が増え過ぎると、涙の安売りとしか思えなくなる」

「な、なるほど……です」

「変なセリフも目立つ」

「変なセリフ?」

「主人公が妹に、矛盾の意味を教えるセリフとか……何これ? ってなる。矛盾とは、右折の合図を出した車が左折するようなものだって……もう少しマシな解説は無かった?」

「確かに、変な表現ではあるのかもしれないが……」


 と、いった具合に。

 私の酷評こくひょうを聞き、さすがに気が落ち込んでいる様子の航大。

 自分の書いた作品に対しての反省会だ。良い思いなど、するはずが無い。

 私も、気分は良くない。

 何なら、航大に嫌われるかもしれないのだから、できればしたくはない。


 しかしだった。


 お姉ちゃんと航大の姿がかさなって見える時があり、一度感じたネガティブな想いを、再び体験するなんて、と考えれば。


 …………それは、いやだ。


 だから私は、自分の我儘わがままを航大に振り向ける。


「それと――」

「――お、おい」

「何?」


 航大は、私の目を見て、言った。


「結構、長くないか?」

「いや、そうでも無いけど……」

「――俺は作者だぞ。わりと傷つく」

「……だから?」

「だから、じゃない。言う側は短く感じるかもしれないが、言われる側は長く感じるものなんだ」

「…………」


 考える。

 作家は、自分の作品を子供のように見て、かわいがる人が多いと聞く。

 子供の悪口を聞いて、長時間耐えられる親もいないだろう。


 航大には、作家を辞めてほしいが、必要以上の攻撃を与えるのも良くないかもしれない。必要分はしたと思う……たぶん。

 最初のうちは、これくらいにしておこう。

 効果が無かったら、やり方を変えればいい。それだけの話だ。


 もっとも、現状の航大を見る限り、一定のダメージは発生しているみたいだ。

 私は、彼にこの言葉を言わせれば勝利なのだ。


 ――筆を折る。


 その、たった一言。

 それが聞けるのも、きっと先の長い話ではない。

 そう予感していた。


 ――そして、1週間が経つ。


 私は、やり方を変えることに決めた。

 というのもだ。

 航大のメンタルは、思った以上に強かった。


 結構な数の、航大の小説への批判を行ったのだが、筆は折らないし、折るぶりすらも見られない。本人の口からは、美冬の酷評レビューを聞くのはきつい、的なことを言っているのだが、私が「続刊ぞっかんの執筆は考えているの?」と聞くと「好調こうちょうだ」という返事が返ってくる。普通に困惑してしまう。


 好調? 私の攻撃、微塵みじんいていないのでは?

 それとも――美冬みふゆがまた何か言っているな。ダメージをらっている感じでもえんじてやるか――みたいな心境しんきょうで、しょうがなく私のアンチコメントに対応している説もあるのでは?


 いや、後者こうしゃは私の被害妄想ひがいもうそうだとしても。

 一つだけは、確信して言えた。


 ――私のアンチコメントに、慣れている。


 一応、私なりにも工夫はしていた。

 同じ内容の感想はける、みたいな。

 だから、多角的たかくてきいやらしい攻撃を仕掛け続けていたつもりだったが……。


 ――もう少し、言葉にトゲを持たせよう。攻撃がきかなくなったならば、攻撃力をアップさせればいい……よし、その方向性で行こう。


 帰り道。私は、航大へ声をかける。


「昨日、航大の小説を読んで、思ったんだけど」

「……ああ」


 航大は、うんざりとした様子だ。

 また始まるわ、とでも言いたげな雰囲気ふんいき

 このごろ、私からの低評価コメントを聞くことが日課にっかみたいになっているから、そんな感情にもなるだろう。

 しかし私は、やめるつもりは無い。

 むしろ、今日からエスカレートさせるのだ。


「――航大の小説って、買った読者を後悔こうかいさせる、残念な小説だよね」


 私の中に、黒い罪悪感ざいあくかん芽生めばえ始める。

 さすがに、言い過ぎている。

 人間関係に、ヒビが入ってもおかしくない。

 これは、人として、言ってはいけない言葉だ。


 ――いや、違う。これは、航大に、お姉ちゃんみたいになってほしくないからであって。


 そういうわけ横切よこぎって、そして余計よけいに自分がみじめに感じ始める。


 もう口に出した。後戻あともどりなんて、できない。

 私は、最低なやつだ。間違いない。

 まだまだ子供な性格の私は、開き直る。

 最低なやつ……もうそれで良い。

 トゲのある言葉を、どんどん刺してやる。


「仮に私がイラストレーターだったら、絶対に航大の小説のイラストは、担当したくないな……だって、売れないんだから」

「…………」


 航大は、しばらく黙って、そしていつもより小さな声量で言った。


「――そうか」


 私は、家に帰って、ベッドに寝転ねころび、冷静になる。

 そして、私ひどいなー、と思う。


 今なら、殺されても文句は言えない。そう、自嘲気味じちょうぎみにもなる。

 世の中には、言っていい事と、言ってはいけない事があって。

 私は、言ってはいけない事を、彼へ言った。


 言ったのに、後悔して、謝罪したら許してもらえないかと、虫のいいことを望んでいるあたり、人間としてのみにくさをたりにする。


「…………はぁ」


 ため息をはいて、思う。

 まあ、これで航大の口から「筆を折る」という言葉が聞けたら良いだろう。

 そう。私は、これで良い。


 ――次の日。


 登校の最中さなかに、航大の背中が見えた。

 私は、小走こばしりで航大のとなりへ行き、挨拶あいさつをする。


「おはよ」


 航大は、私に気づき、挨拶を返す。


「ああ、美冬。おはよう」


 昨日のことを考えると、さすがに怒っているだろうと予想していたが、彼はいつもと変わらない様子だった。

 でも、内心はそうでもないはず。

 だって、私から、あんなに酷い言葉をびせられたのだ。

 作家としての自信はなくしていても、おかしくない。

 私は、聞いた。


「そういえば……航大は自分の小説の続刊は、いまだに考えているの?」


 彼は、言った。


「もちろん好調だ」

「そっか、好調こうちょ――って……え?」


 私は続けて、


「なんで?」

「ん?」


 私の幼なじみのメンタルは、おかしいのだった。それとも、やはり攻撃力がまだまだ足りていなかったのだろうか?

 そう思った。

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