第27話 アンチ誕生

 高校一年の夏のことである。

 私の幼なじみである板橋いたばし航大こうだいが、作家になったという事を知った。

『いたばしこう』というペンネームで、今月小説を発売したと、航大の方から私に報告してきた。


 私は、そんな幼なじみの偉業いぎょうを、良くは思っていなかった。

 だから、うす反応はんのうを見せる。


「へぇ⋯⋯今日買って読もうか?」

「別に買わなくても大丈夫だ。二冊、タダで渡すよ」


 航大は、二冊の小説をカバンから取り出す。

 私は、首をかしげた。


「二冊?」

「ああ、姉妹二人分だな」

「ああ⋯⋯」


 私は、ありがたく、その二冊の本を受け取った。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 私は、航大が書いたラノベとやらの表紙を確認した。

 タイトルは――『くろがらすまようた』。


 ――普通に面白そうだ。


「美冬のおねえさんは、元気か?」


 そんな質問をされ、そうか――と思う。


 ――航大は、知らないんだ。


 私は、内心で複数の複雑な感情がうずき、口を開ける。


「まあまあ元気だね」


 そんな


 私は帰宅して、早速さっそく航大の書いた小説に目を通してみた。

 感想は、残念なものだった。


 ――微妙びみょう

 ――特に何の印象も残らない。

 ――毒にも薬にもならない、ただの本。


 要するに、この小説は、絶対に売れない小説なのだった。

 その、売れない小説という概念がいねんが、私に不安を与えてくる。


 ――航大も、……。


 私はその日、航大を小説家から一般人へ引きずり戻そうと、心に決めるのだった。

 そのために、彼に作家で生き残ることの過酷かこくさを思い知らせる必要がある。航大に才能が無いことを自覚させ、自信を失わせる。そうして、作家人生に終止符しゅうしふたせる。

 少々、強引ごういんな手かもしれない。でも、手遅ておくれになる前に、やらなければならないと思った。

 航大にまで、


 私は次の日、航大に真実を告げる。

 昨日ついた嘘の、訂正ていせいをする。

 体育館裏の大木たいぼくの下で、


「私のお姉ちゃんの話をすると……」

「……何か、あったのか?」

「半年くらい前から、元気がなくなって、ずっと部屋に引きこもってる」

「…………それはなんでだ?」


 航大は、おどろきをかくせない様子だった。

 それも、そうだろう。

 私のお姉ちゃんは、昔、あんなに元気だったのだ。いったい何があって、そんな悲しい現状になるのだという話だ。

 私は、その理由を教える。


「航大は、知っていると思うけど、私のお姉ちゃんの職業は……」

「ああ、もちろん知っている。だって――」

「――作家おなじだものね」

「……そうだ」


 航大は、まさか、とでも言いたそうな表情をしていた。


「お姉ちゃんは、小説を書いて、んだ」

「なぜだ?」

「単純に、売れない小説しか書けなかったから」


 航大は、真剣な表情で、私をジッと見つめている。

 私は、話を続ける。


「デビュー作は、売上うりあげが悪くて二巻で打ち切り。そして、二作目も二巻で打ち切り。お姉ちゃんは、頑張っていたけど、読んでる側がそれをさっして、売上につながるような甘い世界じゃなかった。お姉ちゃんは、小説を書く才能が足りていなかった。その売上の悪さが、生活にも悪影響を与えていたのか、徐々じょじょに精神を悪化あっかさせていった」


 私は、まだ話を続ける。


「まず、自分の作品に自信を持てなくなった。編集者からのダメ出しにもひどく落ち込むようになった。その時くらいだったかな? お姉ちゃんの口癖くちぐせが、私はダメだ、になったのは」


 私は、まだまだ話を続ける。


「作家をめれば良かっただけの話だけど、お姉ちゃんは、こう思っていた。小説を書き続けたいって。でも、自分の小説に対しての自信はなくしていく一方。やりたい事と、やらなければならない事が、すれ違っていた。お姉ちゃんは、自分の将来にも不安を感じ始めた。どうやって金銭をかせぐ? 作家これじゃ食べていけない。じゃあ、筆を折ればいい。でも、それはしたくない。いまあきらめきれない。そして、トドメが……」

「トドメ……?」

「航大もよく知っているでしょ? 私のお姉ちゃんの、三作目の結末」

「ああ、あれか」


 航大は、何かを想起そうきしている様子だった。


「そう。私のお姉ちゃんの三作目は、あまりにも酷い内容で、否定の声もあまりに多かった。お姉ちゃんも、中途半端な作品を出してしまったことを自覚していたから、力を出し切れなかったことに落ち込んで……今みたいに引きこもるようになった」

「……そうか。それは、つらいな」


 私は、口を開ける。


「ねえ、航大」

「なんだ?」

「なんで私が今、航大にその話を聞かせたのか分かる? 半年前から始まっていることを、今になって話した意図いとを」

「それは、よく分からないが」

「じゃあ、教えるけど」


 私は、彼へ言った。

 真意しんいを。


「航大の書いた小説が、お姉ちゃんの姿を連想れんそうさせたからだよ」

「…………」


 航大は、しばらくの間、沈黙ちんもくしていた。

 そして、数十秒経ち、私へ聞く。


「それはつまり、俺の小説には魅力を感じなかった、ということか?」


 私は、うなずく。


「理解が早くて、助かるよ」

「だから、俺は作家に向いていない……と?」

「……私は、考えた。なぜお姉ちゃんが、あんな事になってしまったのか。こんな事になる前に、事態を防ぐことはできなかったのか。原因を考えた」

「……ああ」

「そして、私なりに結論を出した。分かった事は、作家はほんのわずかの売れる天才と、その大勢おおぜいで構成されている、ということ。それは、そう。だって、出版されている本の数が多いんだから、必然的に。つまり、何が言いたいかといえば、凡才が天才の世界に行って、お姉ちゃんは迷子まいごになってしまった。お姉ちゃんは、道に迷わないうちに、引き返せばよかった。筆を早急そうきゅうに折るべきだった。でも、進んでしまったから、抜け出せなくなった。ああ、なってしまった」

「…………」

「航大。私は、あなたに伝えたいことがあったから、今更この話をした。悪いことは言わない。――筆を折って。お姉ちゃんみたいになる前に」


 航大は、黙り込んだ。

 まあ、そうなるだろう。

 努力して手に入れた地位を崩すなんて、簡単にできるわけがない。

 あんじょう、航大は言った。


「それは、無理なお願いだ」

「……そっか」


 私は、航大へこんな言葉を突き刺した。


「――じゃあ、覚悟しててよ。私は、絶対に航大の筆を折ってやるから」


「…………怖いことを言うものだな」


 そうして私は、いたばしこうのアンチになった。

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