第25話 おすすめの本

 そして、図書室へ到着する。

 美冬は、とある本棚まで、俺を連れていく。

 その本棚に並んでいる小説は、普段、俺がれていないタイプのものばかりで……。

 ライトノベルではない、一般文芸いっぱんぶんげいと呼ばれる小説の並べられた本棚なのだった。


 俺は、ラノベが好きになって、ラノベ作家になった。

 恥ずかしい事かもしれないが、一般文芸小説には、あまり手を出したことが無い。

 だから、並んでいる小説のタイトルを目で追っても、いまいちピンと来ない。知識が不足しているためだ。


 そして、なぜ彼女が俺をここへまねいたのかも、当然分からない。

 分からない事ばかりだった。


「なぜ、一般文芸いっぱんぶんげいのところに、俺を?」

「ラノベを読みたくて、図書室には行かないでしょ」

みなみな、そうではないと思うが」

「少数派におさまっているのは、事実だと思うよ」

「そうかもしれないか……って、違う違う」


 別に俺は、ラノベと図書室の親和性しんわせいについて語りたいわけでは無い。

 彼女が、何目的で、俺をここまで連れて来たのか、知りたかったのだ。


「何をたくらんで、一般文芸コーナーに足を運んだんだ?」

「企むって、私が悪事あくじを働こうとしているみたいな言い方じゃない」

「悪事とまでは言わないが。俺にとって不都合ふつごうな、そして美冬にとっては都合つごうい展開に、誘導しようとしている気がするんだが」

「誘導って、私が?」

「ああ」

「それは、分からないじゃない。いつも書店に一緒に行っているみたいに、本の情報を共有きょうゆうしたいから、航大こうだいを付き合わせているだけかもしれない」

「だったら、俺を文芸小説コーナーへ連れて行く必要は無いだろ」


 一般文芸について、全くくわしくないのだから。


うたがい過ぎだって。本は、本だからね。本棚に並んでいる小説が一般文芸でもラノベでも、同じ本好きの航大をここまで付き合わせるのは、何も不自然じゃない」

「まあ、確かにだ。疑い過ぎているのは、事実かもしれないが……」

「大丈夫。きちんと、ことくわだてているから」

「企てているじゃねえか」


 一瞬。

 ほんの一瞬だけでも、彼女に目論見もくろみなど無いのでは? と思いかけた俺が馬鹿ばかだった。

 美冬は、美冬。

 幼なじみは、幼なじみ。

 こういう少女なのだった。


「しかし、どんな悪事を思いついたら、一般文芸の本棚にたどり着く? 内容が予想できないのだが」

「まずはね、訂正ていせいから入るけど。私は、悪事とかは企てていない。むしろ慈善事業じぜんじぎょうの行いについて、必死ひっしに考えているところ」

「慈善事業って?」

就活しゅうかつアドバイス」

「就活アドバイスって?」

「新作の小説をいつまでっても発売できない作家という名の無職者むしょくしゃに、就職活動の手助てだすけを行う、たいへん素晴らしい活動のこと」

「まず俺は、学生で無職じゃない。次に、まだ高校二年生だから、就職活動の時期じゃない。最後に、おおきなお世話せわだ」

「別に航大の事だなんて、一言も言っていないけど」

「じゃあ誰のことなんだ?」

「航大のこと」

「俺のことじゃねえか」


 誰が悲しくて、こんなむなしいツッコミを投げなければならないのだろう?

 心中しんちゅう、つぶやいた。


「ちなみに、なぜその目的を果たすために一般文芸小説の本棚の前まで来たのかと言えば。それには、単純な理由があってね」

「単純な理由……」

「航大も、才能あふれる作家の小説をより多く読めば、自分の非力ひりきさに絶望感を抱いて、小説家を辞めてくれるかなって。そう思ったから」


 ――性格わる。


「まあ――という冗談じょうだん一拍いっぱくおいて、本当のくわだての内容を紹介すると。航大に、読んでほしい小説があった。ただそれだけ」

「読んでほしい小説?」

「そう、私が面白いと思う小説になるんだけど――」


 と、彼女はそうやって、美冬が面白いと思う小説=美冬の満足させる小説制作に難航なんこうしている俺=研究のために絶対に読む、までむすびつけて、目的を果たそうとしている。俺は今、その小説を読んだ方がい立場にいるのだ。

 その立場を利用して、美冬は俺に、読んで欲しい小説を読ませようとしているわけだ。

 しかも、俺に作家を辞めさせる活動の一手だと思われる。


 ――どんな小説をおすすめしようとしているんだ……?


 何とも、おそろしいのだった。

 彼女は、とある一冊の本を手に取り、俺に向ける。


「――これだよ」


 俺は、その小説を受け取る。

 表紙を見た。

 ライトノベルは、アニメや漫画のような二次元にじげんキャラクターが表紙をかざるパターンがほとんどだが、一般文芸は少々異なる。パターンは様々だ。

 風景だったり、何らかの黒塗りシルエットだったり、キーとなるアイテムだったりが表紙にえがかれていたりする。なかには、ラノベと同様どうように二次元のキャラクターが表紙にうつる一般文芸小説もある。

 俺が彼女から受け取った小説の表紙には、一本の鉛筆えんぴつが描かれていた。

 その鉛筆は、ぷたつに破損はそんしている。


 タイトルは、『凡才ぼんさい以下いか』。


 タイトルを見ただけでも、彼女がなぜそれを選んだのか、さっしがついてしまう。進んで読みたいとは、あまり思わない。

 一応、聞いてみる。


「なぜ、この小説を俺にオススメするんだ?」

「主人公が、航大と瓜二うりふたつで、なおかつ私の理想の結末を辿たどるから。一つの教訓きょうくんとして、ぜひ航大に読んでもらいたくて」


 いくつか、気になる単語が飛び出していた。


「俺と瓜二つ? 美冬の理想の結末?」

「この物語を簡潔かんけつ要約ようやくするとね――凡才以下の作家が、執筆に挫折ざせつして、夢を諦めたら幸せになりました――って話なの」

「なるほど。それは、美冬から見た俺そのものに当てはまるんだろうな」

「そうだね。ただ、この小説は本当に面白いから、それは約束やくそくする。何より、考えさせられるテーマでね。夢を追いかけることが、必ずしも幸福なこととは限らない。夢にらわれて、不幸になってしまう人間もいる。その問題に、才能の有無うむは、切っても切り離せないってことが、描写びょうしゃされていて、航大のためになると思うわけ」

「……読むだけ読んでみるか」

「うん、ぜひそうして」


 俺は、この『凡才以下』という小説を借りることにした。

 彼女の感想を聞いていたら、少しは読みたくなったのである。

 それに、いつもは読まないタイプの小説を読めば、良いアイデアが浮かんでくるかもしれない。そんなあわい期待も込めて。


「そういえば……」


 と、美冬が口を開ける。


「なんだ?」

一昨日おとといに話しかけたんだ」

「……ああ」


 彼女は、日頃ひごろと同じような、すずしげな笑みを浮かべて、言った。


「――いつもと何も変わらなかった」


 俺は、返事を返した。


「そうか」


 としか、言えなかった。

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