第24話 限界と可能性

 短編小説を見せる日まで、残り五日間。

 2万文字の小説を完成させなければいけないが、現在0文字。

 本文を書く段階にすら入っていない。


 ――厳しい状況なのは分かっているが、あわてたところで何も解決しない。でも、タイムリミットが縮んでいくと、どうしてもあせりが生まれてくるな。


 授業を真面目に聞く余裕よゆうもなくなってきた。

 今日は授業の最中も、ひたすらノートにアイデアを小出こだしに書き出すも、いまいちパッとしない。


 ――もっと魅力的なものじゃないと……。


 そんな悩みが脳内に浮かび上がったのも、何度目か。非常に短期間で、同類の内容に気分がしずんでいるのだった。

 終礼しゅうれいが終わると、俺はすぐに席を立ち、教室を出ていく。

 辻さんが声を掛けようとしていたように見えたが、気づかなかった事にしておこう。俺は、心の中であせを流しながら、


 ――ぶっ飛んだアイデアを大量にびるのも、また今度だ。


 そう自分に言い聞かせた。


 しかし、廊下ろうかを早歩きで渡っていたら、別の少女から声をかけられる。


航大こうだい♪」

「――っ」


 灰色のショートカットの少女――灰野はいの美冬みふゆだった。

 上機嫌じょうきげん口調くちょうで俺の名前を呼んでいたが、わざとらしいにもほどがある。


「どうしたんだ? 美冬」

「少しね。調子はどんな感じかなと、聞きたくなって。でも予想通りかなって、今なんとなくさっしたところ」

「……調子づいてるかもしれないぞ」

「おお、それは凄い」


 たぶん彼女は、察し通りだなと、確信を持っていた。

 やかしに来たのだろうか?

 いや、ただ冷やかしに来ただけでは無いのかもしれない。


「急いでいる?」

「用事があるんだ」

「図書室に行って見せたいものがあるから、付き合ってよ」


 彼女の耳には、俺に用事があるという虚言きょげんが聞こえていなかったのだろうか? 虚言だけども。


「用事があると言ったのだが」

「放課後の用事なんて半分以上がうそでしょ」


 嘘じゃなかったら、彼女はどう責任を取るのか?

 いや、嘘なんだけど。


「……少しだけか?」

「うん、ほんの少しだけ」


 ……信じて良いのか?


「大丈夫。無駄な時間にはならないと思うから」


 そして、不服ながらも俺は、美冬と図書室へ向かうこととなる。

 廊下を横並びで歩き、彼女は話を始めた。


「私はね、航大は現実を見ることが出来る人間だと思ってるの」

「何の話だ?」

「単純にね。薄々うすうす感じているんじゃないかと思って。航大の限界ってやつを」

「俺の限界?」

「そう。努力を重ねて、これ以上努力を重ねても意味が無いところまで、到達とうたつしてしまった現状」

「可能性は、無限大むげんだいと誰かは言っていた」

「分かっているでしょ。可能性にも限りがある。その限りのはしに彼がいるってことも」

「彼……ね」

「私の至近距離しきんきょりにいる、そこの彼」


 ――俺じゃねえか。


「確かにだ。俺が限界を感じているのは否定ひていできない」

「そう」

「でもそれは、感じているだけで、限界とは違う何かと、考えるようにしている」

「限界じゃなければ、その感じているものは何なの?」

「少しばかり高い段差だ」

「ふーん。現実逃避げんじつとうひを覚えたわけね」

「そうでもしないと小説なんて書けない」


 最初に言ったけど――と美冬は言う。


「航大は、現実を見れる人間だと思っているの。現実逃避は、現実が見えているからこそ出来る。私が言いたいこと、分かる?」

「分からないな」

「答えを教えると――いたばしこうは、今以上に面白い小説を書けない。100パーセントとまでは言わないけど、限りなく100に近い確率でね。それを、航大自身も、既にかんづいているはず」

「…………」


 だからと言って、執筆を辞めようと思わない俺は、彼女の言う通り、現実から逃げている。あながち間違いとも言い切れない。だが、だ。


「俺にも、夢くらいはある。現実ばかりを追いかけている少年では無いんだ。だから、都合つごうの良い時には、現実逃避くらいする。幸運を願えば、いつか訪れるかもしれないしな」

「まだ、あきらめる気は無いってこと?」

「逆に諦めていると思ったか?」

「もしかしたらを願ったんだけどね」

「もっと良い願いは、できないのか?」

「私からしてみれば、これ以上無いくらいの良質りょうしつなお願いだけども」

「他のお願いを探してくれ」

「探す前に、目の前の目的を果たしたいから」


 とことん、俺を小説家から離脱りだつさせたいらしい。

 どうして、彼女はこうも……。


 …………。


 まあ、、気持ちは分からなくもないのだが。

 だから、彼女の目的を完全否定はできなくて……。

 ずっと、こんな関係なのである。


「今回の入部条件として与えた課題も、その目的があってのものなのか?」

「もちろん」

素晴すばらしい性格をしているな」

「わざわざめなくても、自覚しているよ」

皮肉ひにくだ。褒め言葉とは違う」

「素晴らしいのに?」

「そこに皮肉を込めているんだ」

「女の子に対して、そんな意地悪いじわるな言葉をかけていたら、モテないよ。モテなくても良いけどね」

「安心してくれ。モテたいなんて、たいして考えていない」

「……少しは考えているんだ」

「……そりゃ、まあ」


 高校生なんだから、当たり前なことではある。


「……少しくらいなら別に良いか」

「どういう立場で、その言葉を言っているんだ?」


 せつに思った。

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