第23話 飛ばし過ぎ注意

 物語には、緩急かんきゅうがある。

 大雑把おおざっぱに言えば、急展開とそうでない展開、みたいなものだ。

 例えば、俺の創作物そうさくぶつには、急展開が足りていない。

 俺自身が急展開かな? と思っていても、そのシーンをよく見ると、ありきたりな展開だったりする。読者はそれを読み、もっと驚きやスリル、意外性などの眠気覚ねむけざまし……退屈からの解放をほっするようになる。


 では、急展開の連続ではどうだろうか?

 それも、読む側が楽しめる物語構造とは呼べない。

 敵の親玉おやだまの正体が父親で、主人公の性別は実は女で、この世界はファンタジーと見せかけて未来の世界でした――みたいな、驚きを過剰かじょうに詰め込みすぎた、また余計にをてらいすぎた展開にすると、読者が物語について来れなくなる。ぞくにいう、超展開ちょうてんかいになるのだ。

 そういう、先が読めない話を好む読者が存在するのも事実だが、少数に限られる。それに、簡単には調理ができない題材だいざいとなっている。


 何となく察した人もいると思うが、つじさんの物語タイプは……。


「――地面から手を伸ばして、人間の足を掴むのが大好きな足掴あしつかぞくが、世界征服せかいせいふくねらうために、最初の一歩目として地方選挙ちほうせんきょ立候補りっこうほする話」


 超展開のパターンなのだった。

 それも、調理困難なゲテモノを持ってくるタイプの。

 足掴み族? どんな文化が生まれ、その民族が誕生したのだろうか? 選挙よりも、そっちの方が気になるわ。

 確かに奇抜きばつだが、常軌じょうきを飛ばし過ぎているのだった。


「タイトルは――足掴み族、選挙出るってよ」


 出るな、めろ。


 彼女は、俺に聞く。


「このアイデア、小説に組み込めそうかな?」

「そう、だな……どうだろうか」

「どうかな……!」

「…………」


 な、何だろう?

 辻さんのアイデアは、一般感覚を飛ばし過ぎているから、使うのが難しい、というむねを伝えようと思っていたのだが、彼女のその――アイデアを採用して貰えるのかな? (わくわく)――とでも言いたげな、期待のこもった顔つきを見ていると、直球に伝えたい事も伝えられなくなる。

 しかし、期待にこたえて採用したところで、俺には絶対にさばけない材料であって……。

 だから、なるだけ俺は言葉を選んで口に出した。


「辻さんのアイデアは、画期的かっきてきすぎて、まだ時代が追いついていないんだ。だから、ときが来たら、アイデアの使用も考えようかなと思う」

「なるほど。板橋いたばしくんが言うなら、その通りなんだろうね。なら、また時代が追いついたら、遠慮えんりょなく採用してね」

「あ、ああ。そうするよ」


 とりあえず、無難ぶなんに言いたいことは言えたので、しだ。

 おそらく、そのアイデアを使う時は、来ないと思うが……。

 まあ、良いだろう。


 ――だが、だ。


 肝心かんじんなところは、ちっとも良しでは無い。

 美冬をうなずかせる短編小説を、書かなければいけないのに……。


「…………」


 いや、分かっている。

 辻さんの奇想天外きそうてんがいな発想にたよろうとして、勝手に希望を抱いた俺が悪いのは、分かっている。

 勝手に期待して、勝手に失望するなど、そんなお門違かどちがいな考えは、持ってはいけない。

 彼女は、絵描えかきの天才であり、物書ものかきの天才とは違うのだ。


 やはり、この問題は、小説家である俺が何とかしなければならないのだと、思い知らされた。


 そんなことを考えていたら、辻さんが俺に話しかける。


「難しそうな顔をしているね……」

「そうか?」

「うん」

「……まあ、大丈夫だ」

「そっか。じゃあ」

「……じゃあ?」


 もしかして、


「私の、

「……ど、どれくらいあるんだ?」

「スマホにメモをしているんだけど……残り4000文字くらいかな」


 ――残り4000文字⁉


「睡眠を犠牲ぎせいにしたと言っていたが、どれくらいを犠牲にしたんだ?」

「――オールだよ」


 寝ていないことを、ドヤ顔で言っている。

 ……てか。

 彼女のぶっ飛んでいるアイデアが、あと4000文字分もあるのか?

 しかも、深夜テンションのものも混ざっていそうだ。


「…………」


 果たして、俺の聞く耳と、ツッコミの心の声は、その文字分、持つだろうか?

 持つ自信は、あまり無い。

 彼女のアイデアを耳に入れるのは問題ないのだが、カロリーが高すぎるゆえに、細切こまぎれにしてほしいのだった。連続で聞くならば、軽い疲労ひろうおそってきそうだ。


 ――あと、時間が……。


 残り六日間で、2万文字の小説を完成させなければならない。

 4000文字分のアイデア共有きょうゆう時間じかんは、少々凶器に感じられた。


「色々なアイデアがあるよ。蛍光灯けいこうとうがLEDの普及が進む現代において絶滅危機ぜつめつききを感じ、いっそのこと世界を壊そうと、人類を襲う世界観を主軸しゅじくに、主人公は豆電球の怪物と契約を結ぶデンキューマンとか」


「物体であれば大抵たいていなものとは婚約関係こんやくかんけいが結べるようになった世界で、主人公は昔、元カノからプレゼントでもらった革財布かわざいふと結婚する、元カノの財布がこんなに可愛かわいいわけがないとか」


「毎回、宅配ボックスにきが無いという理由で不在連絡票ふざいれんらくひょう投函とうかんさせられる社畜会社員しゃちくかいしゃいんの主人公が、宅配ボックスに荷物を放置している住人はんにんを見事な推理すいりで見つけ出す本格サスペンス――荷物を残しただけなのに、とか」


「まだまだ、アイデアは山のようにあるよ」


 と、いきいきとした様子でしゃべる辻さん。なんか、話が止まる気配けはいがない。


 ――恐ろしい。


 どうしたものか……と思った。

 そんな時だった。


 ――トッ、と。


 廊下ろうかから足音あしおとが聞こえてきた。

 時計を見る。時刻は、16時40分をしていた。


「板橋くん……定時制ていじせいの人たちかな?」


 辻さんには悪いが、これをチャンスだと思い、俺は話に便乗びんじょうした。


「そうだな。話し合いは、中途半端ちゅうとはんぱかもしれないが、今日はここまでにしようか」

「まあ、しょうがないね……また、今度。続きをしようね」

「……そ、そうだな」


 さすがに、この短編制作期間は、何かと理由にかこつけて、断ることにしよう。

 そんなことを、内心でつぶやいた。


 帰宅後、執筆に取り掛かるも、結局良いものは思いつかず、進展しんてんは無いまま、次の日をむかえた。

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