第22話 アイデア

 時間は過ぎ去っていき、放課後になる。

 クラスメイトが、部活や遊びなど、各々おのおのの目的を抱え、教室を出ていく中、俺とつじさんの二人のみが教室に残る。


 二台の机をくっつけ、話し合いの準備を始めた。

 おたがい、席にこしをかけ、俺は一冊の大学だいがくノートを広げる。そして、シャープペンを手に持つ。


「じゃあ、始めようか」

「うん。良い小説を書くための作戦会議だね」

「そうだ。物語の構築に必要なアイデアをまとめて、案を取り入れるか取り入れないの検討をしていこう」


 俺は、白紙はくしのページに、黒いシャープペンしんを当てる。


「まずは、俺が昨日、思いついた案を言うが……」

「うん!」


 となりから、キラキラした視線をそそがれる。これは、嬉しくもあり居心地いごこちわるいなと思い、口を開けた。


「過度な期待はひかえてくれよ」

「あのね、板橋いたばしくん」

「ん?」

「板橋くんは、私から――曇の餌わたしのイラストの下書したがきを見せる――なんて言われたら、期待を抑えることは可能だと思う?」

「まあ、それは……」


 確かに、彼女の言わんとすることは、正しいのだった。

 くもりえさ先生のイラストの下書きを見れると聞いたら、俺が期待しないのは無理な話だろう。


 だが、それでもだ。


 やはり、行き過ぎた期待はプレッシャーに変わってしまう、という心境はげられない。俺自身が納得できるような、立派りっぱな案を思いついていないのも、また事実なのである。

 だから、素直すなおに思う。

 期待の眼差まなざしを、正常なひとみへ戻してほしいと。


「…………」


 それも、難しい話かもしれない。

 彼女の表情を見つめ、そのように感じた。


「後悔されても、責任はえないぞ」

「大丈夫だよ。いたばしこう先生の考えたアイデアってだけで、膨大ぼうだいな価値があるから。どんな言葉を出されようが、後悔に位置する箇所かしょなんて、確実に無い。とらかたの問題ってやつだよ。私、直球にいうと板橋くんの信者しんじゃだから」

「…………分かった。じゃあ残念な反応はされないはずだと、信者を信じることにする」

「ドンと来ていいよ」


 じゃあ、ドンとでもくれば良いか……。


「まず、一つ目だが……」

「うんうん……!」


 俺は、いくつかのアイデアを口に並べていった。

 その案はどれも、われながら平凡へいぼんだと思うもので。

 例えば、


「一人孤独な生活を送る、思案じあんの主人公が、ある時、誰もが目を引く美少女と出会い、とあるきっかけをに、二人は着実ちゃくじつに仲を深めていくが、実はその少女は重い病気をかくし持っていた……という話」


 とか。


採用さいよう

「…………」


 例えば、


「ゲーマーの主人公がトラックにかれて、目を覚ましたらそこは異世界で、見覚えのある世界だと思っていたら、そこは主人公が前世でガチプレイしていたゲームと全く同じ世界で、そんな彼は、チート能力で無双して、美少女たちを助けて、ハーレムを築き上げていく……という話」


 とか。


「それも採用」

「………………」


 例えば、


「クラスの端っこにいるような陰キャラの主人公が、なぜだか分からないが、学校一の美少女から好意を抱かれており、休み時間の度に話しかけれて、二人はやがて恋人の関係にまで発展していく……という話」


 とかとか。


「それも採用。もう全部採用だね」


 そして俺は、彼女に対してツッコミを入れる。


「――ちょっと待とうか」

「うん?」


 俺は今、いくつかのアイデアを口に出して言った。

 そして、分かったことが一つあった。


「今のところ、全てのアイデアが通っているんだが?」

「いたばしこう先生が執筆しっぴつするなら、どんなアイデアでも問題無しかなって、思って」

「大ありだ」


 分かったこと。それは……、辻さんしんじゃを信じてはいけない、という事だった。

 期待を裏切ることを恐れるべきではなかったのだ。

 逆だ。

 反対意見が出てこない、ファンの完全かんぜん肯定こうてい意見いけんを恐れるべきであった。

 もっとも、それは恐れたところで、解決はできない。


 結論。彼女に、このアイデアはどうだろうか? などと相談する行為は、自分が嬉しい気持ちになりたい時だけにした方が良い。なぜなら、高確率で高評価をいただき、うれしさを得られる反面はんめん、参考になる意見は手に入れられないからだ。

 取捨選択しゅしゃせんたくをするつもりが、捨てるものがなくなっていた、という事態が起こるのだった。


「辻さん、一度考えてほしいんだ」

「何を?」

「今さっき、俺が出した案が、美冬みふゆに面白いと言ってもらえるかいなかをだ」

「…………」


 辻さんは、しばらく沈黙ちんもくし、そして答える。


「私は、面白いっていう自信があるから、大丈夫だよ」

「辻さんは面白いと言って、美冬は何と言うと思う?」

「…………私は、絶対に面白いって言うから、大丈夫だよ」

「…………おーけー」


 うん。

 ダメだ、信者。


「とりあえず、今出したアイデアは、一旦いったん保留ほりゅうにしておくか」


 たぶん、お蔵入くらいりになると思うが……。

 俺だって、自分自身では分かっているのだ。

 このようなアイデアを取り入れた短編小説を書いたところで、あの灰色髪はいいろがみの少女は首を縦に振ってくれない、ということくらいは。


 おそらく、足りていないのはインパクト、驚き、奇抜きばつさ。それでいて、王道も取り入れた、まさしく魅力的で面白いストーリーと、読者の印象に残る好感の持てるキャラクター。彼女は、そういうたぐいのものを望む人物なのだ。


 俺には、まだ何もかもが足りていない。

 彼女に認めてもらえるような小説を作るには、まだ何もかも足りていないのだ。


 ――この案これじゃ、面白いの一言は耳に入らないだろうな。


 だが、絶望ばかりもしていられない。

 後ろ向きのままでは、前へ進むことはできないのだ。

 俺には、まだ辻さんのアイデアが残っているじゃないか。


「辻さん。よければ辻さんの考えてきたアイデア……というものを聞かせてくれないか?」

「うん、良いよ」


 そう言い、彼女は笑みを浮かべる。


「一応、自信はある」

「……ほう」


 何とも、心強い。

 自信があるアイデア。

 それもあの、奇想天外きそうてんがいなイラストを描くくもりえさ先生のだ。

 残っている希望。

 今さっきまでの、信者側辻さんと違って、今の創作側辻さんの背中は、とても大きく感じられた。


「まず、一つ目だけどね」

「ああ」


 彼女は、言った。


「――空飛ぶ爆弾が、世界破壊ワールド・デストロイを起こして、星が三つほど消し飛んで、新しい宇宙が誕生する、規格外きかくがいラブストーリー」


「空飛ぶ爆弾……世界破壊ワールド・デストロイ……星が三つほど消し飛ぶ……新たな宇宙の誕生……で、ラブストーリー……?」


 なんか、ヤバい。

 これは、ヤバい。

 絶対にヤバい。


「タイトルは――シン・爆弾」

「…………」


 あ、終わった。

 この部活、本当に終わったかもしれない。

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