第20話 始まりのライトノベル

 つじさんと、本屋へ向かう。

 目的地に到着し、ラノベの本棚を二人で見渡す。

 彼女は、口を開ける。


「あの女が好きな作品は?」

「まあ、結構な数あるんだが」

「どれくらい?」

「未完結のシリーズものでも、何十タイトルの世界だな」

「すご」


 美冬みふゆをあんまり良く思っていない辻さんでも、驚く数字。まあ、美冬は元々もともと速読そくどくを行う事にはすぐれていたし、おまけに本当のラノベ好きだからな。本人からしてみれば、普通と言うことらしいが、いつまでっても速読を身につけられない俺から言わせれば、上玉じょうだまのスキルに思えた。


「だったら、あの女が特に気に入っているラノベを教えて欲しいな……」

「美冬の絶賛しているラノベだったら、俺は把握しているつもりだ」


 彼女自身、良作りょうさくを見つけたときは、基本的に俺に報告してくれる。人におすすめしたくなる小説が、好きじゃない小説のわけが無いだろう。だから俺は、過去を振り返りながら、脳内で記憶を選別せんべつしていく。

 そして、選別した本を、書店の棚から手に取っていく。


「ざっと、こんなところだと思う」


 ライトノベルは、基本的にシリーズものが多数をめる。

 単巻完結たんかんかんけつものは、どちらかといえば少なめだ。

 しかし、シリーズものを読むともなれば、それなりに読む側にも負担がかかるだろう。だから俺は、なるべく単巻作品を選びながら、シリーズものでも既巻きかんの数字ができるだけ少ない作品を選んでいった。


「全部で七冊……ね」

「ああ、一旦は」

「時間が限られているから、妥当な冊数だと思うよ」

「二冊は、それぞれ一冊で完結する作品だ。残り五冊が、美冬の最近一押いちおしのシリーズ作品になっている。この合計三タイトルを読めば、何となくでも、美冬の好みを理解できると思う」

「私も、そこそこラノベは読んできたつもりだったから、読んだことのある作品もあったりして、と思っていたけど。なんというか、マイナーな作品がまれたなって、感じているところ。全タイトル、読んだこともないし、聞きなじみも無い」

「美冬は、マイナー作品が好きだったりするからな。よく――航大こうだいの読んでいる小説はありきたり。まあ、別に良いと思うけど。私は、知る人ぞ知る作品も読んでいるだけだから――みたいなことも言われるものだ」

「うわ。私はマイナー作品にも手を出していますよマウントをすぐ取りたがる、厄介やっかいいんキャの代表例だいひょうれいみたい……」

「そのセリフを、本人の耳に届けるんじゃないぞ」


 言わんとしている事は、分かるけども。


「ただ、美冬は本当に自分が面白いと思った小説しかお勧めしないタイプだから。多少のこのみの差はあれど、今選んだ小説を読んだ俺でも約束できる事だが、この三タイトルは面白い」

「へえ……」

「美冬は、有名とかマイナーとか、忖度抜そんたくぬきで評価するから。読書の感想は、本物だと思って良い」

「うん。じゃあ、読んでみる」


 彼女は、小説七冊を買い物カゴに入れる。


「逆に、あの女が有名タイトルで、好きな作品はあるの?」

「普通にあるな」

「例えば?」


 俺は、思いついた限りのタイトルをあげて言った。

 それらを聞いた辻さんは、ふむふむといった具合で首を縦に振る。


「なるほど。私もいくつか読んだことのある作品があがったけど」

「…………」

板橋いたばしくんの小説とは、全くスタイルが違う作品ばかりだね」

「そういうことだ……」

「今回出された条件が難しい条件だった、って意味はよく分かった」

「そうだな」


 まあでも、と彼女は言う。


「やるだけ、やってみよ」

「もちろん。そのつもりだ」


 そうだ。もし、努力をくして、うまくいかなかった時は、最後にとぼしい才能をうらめばいいだけ。

 俺は、せめて自分の行動が悪かったと後悔こうかいしないよう、できる限りのことをするのだ。努力には自信があるから、その点の心配は無いのだが……。


「板橋くん」

「なんだ?」

「この小説、なつかしくない?」


 そう言って、辻さんが一冊のラノベをゆびさしていた。


「……ほんとだな」


 その小説には、俺にも見覚えがあり……。


「なんでまた、こんな昔の小説が置かれているんだろうね?」

「意外と本屋って、そういうところがあるよな。なんというか、店員の趣味が反映されているようなラインナップ……的な」

「分かる。色々な本屋に行く理由も、そういうところがあるよね。うそ? こんなマイナーな本が置かれているの? みたいな。プチ興奮めいたものがある」

「本屋あるあるだな」


 そう言いながら、俺はそのラノベを見つめた。

 タイトルは――『日陰ひかげのカエル』。

 その短いタイトルめいが、昔の小説であることを表明ひょうめいしているかのようだ。

 最近の主流しゅりゅうは、長いタイトルだからな。

 あらすじの簡易版かんいばんみたいなタイトル名が、現代のスタイルなのだ。


『ボッチである俺が異世界転生したら、最強になって、知らないうちにハーレムをきずきあげていた』


 みたいな感じの。


「…………」


 俺は、『日陰のカエル』を見ながら、辻さんに告白した。


「実は俺……」

「ん?」

「最初に読んだ小説が、日陰のカエルなんだ」

「……そうなんだね」

「ああ。だから、このラノベが大好きで。なんか、この本を見ていると昔の興奮こうふんを思い出して、やる気がいてきた気がする」


 辻さんは、優しげな笑みを浮かべた。


「絶対に、このラノベを超える作品を、一緒に作りあげようね」

「そうだな」

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