第19話 魅力

 俺の小説に、感情がこもっていない……?

 それが、俺の小説の魅力だと、つじさんは言っているのか?


「…………」


 いや、本当になんだそれ?

 言葉ことばなのか?

 作家が感情をこめずに小説を書いている。どちらかといえば低評価の一因いちいんとして出現しそうなキーワードだ。

 俺は、彼女の言葉の意図いとが読み取れない。


「その……俺の小説には感情がこもっていないから魅力を感じているというのは、どういう意味だ?」

「大きな気持ちが乗っていない、いたばしこう先生の小説が一番ってこと」

「その大きな気持ちが乗っていないところの、どこに辻さんがかれているのか、気になるんだ」

「なんで、感情がこもっていない小説にプラス思考をいだいているかって話?」

「そうだ」

「それは……」


 辻さんは、解説を始める。


「登場人物に、作者が存在しないからだよ」

「……よく分からん」


 相変あいかわらず、意味深いみしん一言ひとことレビュー的な言葉を配置する彼女。


ようはね、板橋いたばしくんの小説には、。だから、。そういうことだよ」

「…………」

「それって、すごい事だと思うの。だって、キャラクターがキャラクターとして完璧かんぺきに生きているのは、板橋くんの小説だけだから。他の人の小説には、絶対に何かしらの形で、作者の個人的感情が作品、そしてキャラクターにまで影響されてしまっている。それは、私からしてみれば、キャラが崩壊ほうかいしていることと同じに感じるの」

「キャラが崩壊……?」

「うん。極端な話、おだやかなキャラクターが急に、政治の不満をしゃべり出すようなもの。そこまで、あからさまなものは無いにしても、わずかな作者の気持ちの介入かいにゅうが、作品に反映されている時があるでしょ。私にとっては、言い方が悪くなるけど、それを気持ち悪く感じてしまうの。ああ、せっかくの登場人物が、作者の思考と合体してしまった――って」

「俺の小説には、その気持ち悪さが無いということか?」

「うん。それも、全く無くて。だから、私はいたばしこう先生の大ファンなの。たぶんだけど、板橋くんは小説を書く時、?」


 計算……計算か?


「この読者なら、こんな展開にするのが良いだろう、とかは考えているが」

「やっぱり。、っていうのが無い感じだよね」

「確かに無いな。俺には、それが出来ないから」


 そう。

 独創性どくそうせいが欠けているから、大したこと無いこだわりを、作品に反映できない。

 どこかにあるような物語の寄せ集め。

 0から1をつくり出せないクリエイター。

 それが、いたばしこうなのだ。


 確かに、そんな事を考えれば、俺の小説には感情が全くこもっていないかもしれない。でも、その点が彼女というファンを作った。人の感情の法則は、分からないのだった。


くもりえさである私が、自信を持って言えることだけど。板橋くんの小説には、代用だいようがきかない。普通、創作には作る側の気持ちが移入いにゅうするのに、それが全く無い作家。だから、いたばしこう先生を、私は天才だと思うの。まあ、その話は関係ないかもだけど、分かったかな? 私が板橋くんのファンである理由」

「ああ。何となくは」


 そして、俺は続けて言う。


「辻さんが魅力的だと思う小説は、しっかりと制作したいと思うよ」

「じゃあ、期待して待っていようかな」


 その期待には、しっかりとこたえないとな、と思い、

 そして、現実的な壁というのを考えなければいけない時となる。


「問題は、あともう一人の読者の方だな……」

「あの女?」

「ああ、そうだ」

「やっぱり、面白いと言わせるには、手強てごわい相手なの?」

「まさに、だな」

「へぇ……あの女のラノベの好みは、理解しているの? 板橋くんは」

「理解しているからこそ、悩ましいんだ」

「どういうタイプのラノベが好みなの?」


 俺は、その質問に回答する。


美冬みふゆは、ラノベは全部好きなんだ」

「うーん……んん?」

「ジャンルはどれでも大丈夫ということだ。でも、裏を返せば、このジャンルをめれば有利、というものが存在しない。そして……」

「……そして?」


 俺は、一番の問題点を口にした。


「美冬は、独創的で今までに見たことがないようなラノベが好きなんだ。つまり――」

「――今の状態の板橋くんの小説じゃ、面白いとは言ってくれないってこと?」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、板橋くんは今の執筆スタイルを保ったまま、物語の変化に挑戦しないといけないわけだね」

「その通りだ……」

「あの女も言っていたけど」

「うん?」

「私たちは、最強のラノベを作るのが最終目標だから、それと比べたら、」


 確かに、彼女の言う通りであった。


「そうだな。こんなところでつまずくわけにもいかないな」


 と、カッコつけた事を言ってもだった。

 今すぐに物語をみがくことが可能ならば、とっくに自分のものにしているという話だ。

 それができず、編集者に提出した企画書きかくしょも通せず、今の俺がいる。

 半年以上かけてげられなかったことを、一週間で獲得しなければならない。しかも完成まで終えないといけない。


 普通に考えたら、不可能に等しいとさえ思える。

 それこそ、奇跡きせきの一つでも起こさなければいけないのではないか?

 しかし、奇跡は待たないと起きないわけで、いのったところで起きてはくれない。


 ――改めて、これからどうしたものかだ。


 悩んでいる時間さえ、無駄なのではないか?

 そんなことを考えていたら、辻さんが声をかける。


「ねえ、板橋くん」

「なんだ?」

「これから、本屋に行かない?」

「本屋?」

「うん。そして、あの女の好きな小説を私に教えてよ。私もそれを読んで、何かアイデアが出せれば……。あれだよ、一人じゃできない事も、二人いれば何とかなるかもってやつ」

「…………」


 俺が、今と昔で違うこと。

 それは、近くに天才イラストレーターがいるか、いないか。

 その点が、最も大きい。


 そうだ。美冬に面白いと言わせる小説を書かなければいけなくて、それの近道はどこなのか?

 これが、正解かは分からない。

 でも、目の前の少女の力を借りるのは、試す価値がある。

 俺は、辻さんに言った。


「分かった。なら、本屋へ行こう」

「うん……!」


 そうして俺は、昨日美冬と訪れた本屋に、今日は辻さんと足を運ぶ事となった。

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