第18話 提示された条件

つじさんと美冬みふゆの両者から、面白いと言わせるような小説か……?」


 美冬は、うなずいた。


「そう。だってさ――」


 美冬は、その思惑を話す。


「私にとって面白いと思えて、しずくさんにとっても面白いと思える小説を書いてもらわないと、お互いに制作意欲せいさくいよくかないじゃない。利害りがいにおける利が無いと、私は動けない。いくら航大の作家人生に影響を与えられると言っても、私だって制作に関わる以上は、良いものくらいは作りたい。そんな気持ちくらいはある。だから、この条件を提示ていじした。私自身、自分の言っていることに間違いはないと思うけど、お二方ふたかたはどう思う?」


 確かに、だ。

 彼女の言っている内容に、間違いはない。

 だが……、


 ――辻さんと美冬の、面白いと感じるツボは、全然違う。それも、大きくだ。だって、辻さんは俺の小説を面白いと言い、一方で美冬は、それと全く同じ小説をつまらないと言った。二人の需要じゅよう一致いっちする小説を作るなんて、可能なのか?


 難しい、でまされる話ではない。

 先が見えない。

 そんなこんなを思考していたら、辻さんが口を開けた。


「あなたに一つ、聞きたいんだけど……」

「なに?」

板橋いたばしくんの小説を、あなたが面白いと思えたら、板橋くんの小説をゴミ呼ばわりしたこと、訂正してくれる?」


 美冬は、数秒経って答える。


「私は、面白い小説をゴミなんて呼称こしょうしない。まあ、航大が今回、面白い小説を書いてくれたら、今までゴミって言ったことも訂正して良い」

「じゃあ、私はその条件は、とても良い条件だと思う。板橋くん――」

「うん?」

「私にも、あの女にも、最高と感じさせる小説を作って……!」

「…………いや、簡単に言うがな」

「航大。私は思うんだけど、ここの二人の読者も満足させられない作家が、最強のライトノベルなんて、作れるのかな?」

「…………」


 ぐうのもでない正論をぶつけられた。

 この状況で断るなんて選択肢は、どこかへ飛んでいく。


「……分かった、努力してみる」

「板橋くん……!」

「俺が目的に合った小説を作れば、美冬は部員になってくれて、辻さんもそれを受け入れてくれるんだよな?」


 そう、ねんを押して聞く。


「ええ」

「もちろん」


 美冬は、みをりつけて言った。


「航大が良い小説を作れば、喜んで……まあ若干じゃっかん渋々しぶしぶした感じで、部員になってあげる」


 渋々するのかよ。


「良い小説を作れば――の話だけどね」

「…………」


 その言葉は、何を意味しているのか?


 ――どうせ無理だろう、と言うあきらめの示唆しさなのか。

 ――それとも、出来るものならやってみろ、と言う挑発ちょうはつまがいのものなのか。

 ――あるいは、そのどちらもふくんでいるのか?


 …………。

 どちらも含んでいそうだった。


 俺は、そもそもと考える。


 ――今更いまさらだが、そこまでして美冬を部員に加える必要はあるのだろうか?


 ぶっちゃけ、小説の的確な感想を言える人なんて世の中には山ほどるし、デザイナーもその場限りで頼むならフリーの人材がいるだろう。それは、美冬自身も言っていたことだ。でも、やはり俺は美冬が良かった。美冬は、どっちの方もこなす事が可能だし、なんだかんだ一生懸命いっしょうけんめいに制作してくれそうだし、何より……。


 ――個人的に、美冬にこのラノベ制作に関わってほしい。


 それは、俺個人のわがままに等しいことだった。

 だが、幼なじみの俺だからこそ、彼女に思うところがあるわけで。

 美冬の過去とかを考えれば、その結論に行き着いた。

 これは、チャンスなのだった。


「良い小説を作れるよう、俺もあがいてみる」

「あがいて、何とかなれば良いね」

「ああ、そうだな」

「一週間後に二万文字の短編……で大丈夫?」

「了解だ」

「…………」


 美冬は変わらず笑みを浮かべており、感情が読めない。


「私、先に帰るね。ひさしぶりに、

「ああ、分かった」

「じゃ、また」

「ああ、またな」


 そして、美冬は立ち去った。

 体育館裏に、俺と辻さんが残る。

 辻さんは、口を開ける。


「板橋くん。よければ、短編制作。私も手伝うよ」

「手伝う?」

「私にできることがあったら、何でも言ってほしい。私は、渋々とじゃなく、喜んで協力するから」


 俺は、言った。


「じゃあ、その時は。よろしくしようかな」

「うん、よろしくして」


 辻さんは、続けて言葉を発す。


「これが、最初のラノベ研究部の活動だね」

「まあ、そうだな。まだ(仮)かっこかりだが」

「何がなんでも、仮ははずさないとね」

「そのために、俺が一番頑張らないといけないな」

「なら、私は二番目に頑張らないと」


 しかし、なのだった。

 やはり、どうしたものかだ。


 二人が共通して、面白いと言うような小説……か。


 それを作るためには、二人の好みを把握はあくする必要があるだろう。

 まずは、隣の水色髪みずいろがみの少女に直接答えを聞いてみるか……。

 それが、ばやいな。


「あの、辻さん」

「なに?」

「一つ、聞きたいことがあるんだが」

「うん」

「辻さんは、なぜ、いたばしこうの小説が好きなんだ?」


 その疑問は、彼女が俺のファンと名乗った時からの疑問だった。

 別に俺は、自分の作品に自信がない、という訳ではないのだが。

 しかし、小説をに出版して、さまざまな読者からの感想を耳に入れ、俺の書いた小説の中身が、世間一般の好みから大きくズレていることは、いやというほど分かってきた。俺は、主観しゅかんでしか自分の作品の感想を持てない。だから、客観的きゃっかんてきな本心からの、肯定的意見こうていてきいけんを知らない俺は、目の前の少女がなぜ俺の小説を好んでいるのかも、分からない。

 だから、こうして本人に、その理由を聞きだす。

 辻さんは、答えを教えてくれた。


「私が、いたばしこう先生の小説が大好きな理由。それは……」

「ああ」


 彼女は、言った。


「――感情が、全くこもっていないからだよ」


 …………。

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