第17話 修羅場②

「だいたい、一人で行動することの何が悪いわけ? れで行動することの何がえらいって? 私は、友人などという存在に、時間をしばられたくないだけなんだけど」

「私は別に、一人で行動することが悪いことなんて、一言も言っていないけど。あなたが、人の小説に酷いことを言うのに、自分の身は大切にしているあたり、なるべくしてなってるいんキャなのかなーって言ってるだけ」

「誰が、なるべくしてなった陰キャって?」

白髪しらがさんのことしか、なくないかな?」

「は、い、い、ろっ! どう見ても灰色だから!」

「太陽の光の反射で、白色に見えちゃったかも。ごめんなさい」

「大きな体育館の影が、太陽光を遮断しゃだんしているんだけども」

「……じゃあ、やっぱ白髪か」

「違うわ」


 ――ここまで来たら、もうしょうがない、と口に出したのは、美冬みふゆだった。

 彼女は、イタズラめいた表情を浮かべ、つじさんに言った。


「あのね、私。気が変わったわ」

「ん?」


 美冬は、桜の大木から離れる。

 そして、


「――え?」


 俺のところまで、トコトコと歩いてきて、そして彼女の両腕が俺の片腕にからまってきた。俺は、半眼はんがんで彼女に聞いた。


「美冬、何をしているんだ?」

「見せつけている」

「何をだ?」

「幼なじみのスキンシップってやつを」

「なんでだよ」

「ディベートに勝つために、相手を動揺させる」

「はー……」


 よく分からないが、これは彼女の作戦だと……。本当によく分からない。

 効果なんてあるのか? と俺は思ったが、辻さんの方を見ると、彼女は口をわなわなと動かしていた。もしかして、効果抜群こうかばつぐんだったか? いや、意味は分からないが。

 美冬は、口を開ける。


しずくさん……だっけ? 自己紹介がまだだったから、仕方なくしてあげる」


 彼女は、続けて言葉を発する。


「私の名前は、灰野はいの美冬みふゆ航大こうだいの、幼なじみ。お、さ、な、な、じ、み。幼い頃から馴染なじんでいると書いて、幼なじみ」


 幼なじみしがすごいな……。

 辻さんは、あおざめた表情でつぶやく。


「幼なじみ……?」

「そう、長い年月ねんげつをかけて仲をはぐくんできた、ぽっとのヒロインでは決して介入かいにゅうできない関係よ」


 この人は何を言っているんだ?

 辻さんを見る。

 彼女は、美冬の言葉の意図が分かるのか、呪文じゅもんのように唱えていた。


「幼なじみ……昔からの仲……長い年月の関係性……」

「そうそう」

けヒロインの代名詞だいめいし……!」

「はぁ? 誰が負けヒロインの代名詞って?」


 あ、美冬の余裕よゆうめいた態度が急変した。

 もしかしたら彼女は、辻さんみたいなタイプの人間には、空気を崩されやすいのかもしれない。

 辻さんは、笑みを浮かべて美冬に言った。


「勝った……!」

「勝ってないわ」


 ふふっ、と笑い声をこぼし、辻さんは俺と美冬の方向に向かう。


 ――なんだ? まさか……。


 まさか、だったのか。

 辻さんはほおを薄い桃色に染めながら、俺のいている片腕に、自身の両腕を絡めてきた。まさしく、反対側の美冬と同じ構図だ。

 だから、俺は両手に花の状態となり、なんかよく分からない展開になる。


正統派せいとうはヒロイン」

「自分で正統派って。痛々いたいたしいのでは? その時代は、古いんだけども」

「どの時代でも、幼なじみは盛り上げ役で止まるのが現状では?」

「アニメの見過ぎ」

灰野はいのちゃん、だったよね? 灰野ちゃんは夢の見過ぎ」

「気安く、ちゃん付けしないでもらえる?」

「じゃあ白髪さん」

「白じゃないわ。灰色だわ」

「近くで見ても白に見えてしまった。ごめんね、白髪さん」

「死ね」


 俺は、なかで何の会話を聞かされているんだ? と思う。

 二人に言った。


「とりあえず、俺が落ち着かないから、俺の腕を開放してくれ。てか、そもそも。俺たちが何の目的で待ち合わせをしたのか、覚えているか?」

「性格の悪い幼なじみヒロインを早期脱落そうきだつらくさせるため」

「ぽっと出ヒロインのレース入りを防ぐため」

「ダメだ。全く覚えていない」


 分かった。

 とりあえず、変な方向に目的がゆがんでしまっている現実は、理解させられた。

 しっかりと、二人に本題を思い出させてやらないといけない。

 俺は言った。


「喧嘩は、また次の機会きかいに回して、そろそろ部活の話をしないか?」

「そういえば、そうだった……」

「忘れてたね」

「本当に忘れてたんかい」


 大丈夫だろうか? この先。

 真面目に心配になるのであった。


「じゃあ、部活の話にうつろう。とりあえず、そろそろ俺の腕を開放してくれ。お願いだから」


 二人は、俺の腕から離れてくれた。

 そして、辻さんが言った。


「あの、板橋くん……」

「なんだ?」

「私は、この子を部員にするのは別に構わないと思うよ」

「…………」


 その言葉は、意外だった。

 さっきまでの会話を聞く限り、辻さんは美冬の部員入りを拒否するものだと思っていたが、特段の不満は無いようで……そして、


「でも、条件というか。どうしても直してほしいところがあって」

「直してほしいところ?」

「そう。板橋くんの小説をゴミ呼ばわりした事実を、この女に訂正ていせいさせてほしい」

「……そうか」


 それは、難しい依頼が来たものだな、と思う。

 だって、美冬は……。


「私も、部員になるのは構わないけど、一つ条件を提示ていじさせてほしいかな」

「美冬?」


 そして美冬は、もっと過酷かこくな条件を俺にき付けてきた。


「――私としずくさん、両方から面白いと言わせる小説を、航大に書いてほしい」


「え……?」


 なんだ、その条件。

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