第16話 修羅場①

 俺の隣にいるつじさんは、顔をうつむけ、っ立っている。彼女がどのような思いを、現在抱いているのか、何となくの予想は頭に浮遊ふゆうしている。


 俺は、辻さんに聞く。


「怒っていないよな?」

「……うん」


 辻さんは、ニッコリとした笑顔を俺に見せた。


「めちゃくちゃ怒っているだけ」

「お、おう……」


 俺は、その笑みにぞくっとする悪寒おかんが走り、口には出せなかったが、心の中ではこう言っていた。


 ――めちゃくちゃ怒っているじゃないか……!


「お願いなのだが、過激な喧嘩はやめてくれよ」

「もちろん」


 彼女は、続けて。


「過激な喧嘩じゃ足りないよね」


 …………。やば。


「何が足りないと言うんだ?」

板橋信仰心いたばししんこうしんを植え付けないといけない……」

「変なものは、植え付けなくていいが。てか、俺は教祖きょうそになった覚えが無いぞ」

「いやね、真面目に。人の一生懸命書いた小説をゴミ呼ばわりする、あの女には天罰の一つ二つ、与えても良いと思うんだ。だから、私が代わって罰を与える」

「ゴミと呼称こしょうしたことにイラつきを覚える気持ちも分かるが、あいつにはあいつの事情があるんだ……少しは」

「小説をゴミと言って許される事情なんて、世の中に一つも無いと思う」

「その意見ももっともなのだが、せめてもう少しおだやかな雰囲気ふんいきになれないか? じゃないと、争う姿勢だけを見せていたら、話という話ができなくなるだろ」

「そうだね。私も最小限、怒りをしずめないとね」


 俺は、不安を感じた。

 たぶんこの子、怒りを鎮める気、一切無いのでは?

 そんな予感が素早すばやく、頭を走る。

 予感は、的中という二文字と共に、答えを提示ていじしてきた。

 辻さんが、桜の大木に寄りかかる美冬みふゆに、言葉をかけたのである。


「センスの無い価値観を持っている、白髪しらがの女子生徒さん。よければ、あなたの名前を教えてくれないかな?」


 完全に、バチバチスタイルなのだった。

 俺は、少しの後悔こうかいがよぎった。


 ――やはり、二人を会わせるべきではなかったかもしれない……。


 だが、ときは巻き戻せない。手遅ておくれだった。


 美冬は、その挑発ちょうはつには、さすがにムカつきを感じたようだった。


「はぁ?」


 普段の平常心は、どこかへ忘れてきたのか。イライラが前面ぜんめんに現れる。そんな美冬が出てくるのもめずらしい、と思った。


「この髪の色は、灰色。私、あなたがイラストレーターとか聞いていたけど、最近の絵描きは、白と灰色の区別もつかないの? モノクロ絵師? 下書きしか書けないタイプのかた? 簡単な色の区別もできないなら絵描き、やめた方が良いんじゃない?」

「あれ? 質問が聞こえていなかったのかな? 私は、白髪さんの名前を教えてくれないかな? って聞いたんだけど。質問の意図いとみ取れないのに、小説の感想を上から目線で発信しているの? 笑わせないでほしいなー」

「名前を教えてほしいなら、先に自分の名前を名乗るべきではなくて? あと、あなたの質問の意図を汲み取ることが出来ないんじゃなくて、意図を汲み取る価値が無いと判断しただけね。色の本質も分かっていない絵師モドキさん。意味は分かった?」

「残念ながら、私は絵師モドキじゃなくて、本物の絵師だから。名前は、つじしずく。あなたと違って、人の小説をバカにしない。私は作品を見せる側で、あなたは人の作品に嫉妬しっとして、頼んでもいない評論者目線のどうでもいい評価をくだす側。悪口しか言えないレビュアーモドキ。その違いは、分かる?」

「良かった点は、良かったって言う。不満な点は、不満だって言う。それが感想なのよ。あなたこそ、学生の作品と商業の作品の違いが分かっていないんじゃない? 言っておくけど、絶賛の声しか存在しない世界だったら、創作物そうさくぶつの面白みは低下するから。それとも、良作りょうさくの条件は、賛否両論さんぴりょうろんだってことも知らないわけ?」

「あのね、私は自分の名前を名乗ったんだけど。まだあなたは、自分の名前も名乗らないの? 名前を名乗らないのに、人の作品には毒を刺してくるって。典型的てんけいてきな、面倒なタイプのいんキャラじゃない」

「――はぁ?」


 今までの会話で、陰キャラと呼ばれた瞬間が、一番カチンと来ている様子の美冬だった。美冬は、まゆをピクピク動かしながら口を開ける。


「陰キャじゃなくて、たん個人主義こじんしゅぎなだけなんだけど。あと、名前を教えないのは、あなたに名前を教えたくないだけだから。理解できる?」

「個人主義とか言っているけど、友達ができないだけでは?」


 完全に核心かくしんいている辻さんだった。

 美冬の幼なじみの俺は知っているのだ。

 美冬は、普通にボッチであることを。

 それも、友達を作ないタイプではなく、友達を作ないタイプの。


一匹狼いっぴきおおかみって言葉を、知らないの? 絵師モドキ」

孤独こどく孤高ここうの意味が全く違うのは、知っているけど」

「私は、孤高の方ね」

「孤高のフリをした孤独では?」

「はぁ? 何を言ってるの?」

「孤独な陰キャラって、言っているの」


 俺は、思った。

 この不毛ふもうあらそいは、いつまで続くのか?

 たぶん、誰かが止めないと一生終わらない。

 つまり俺が、この争いを終結させる仲介役ちゅうかいやくに回らないといけないのである。

 二人に言った。


「このよく分からない口論こうろんは、一旦中断にしないか? それよりも、部活の話をしよう」


 辻さんと美冬は、俺の顔を向いて、


「――板橋くんは、」

「――航大は、」


「「少し黙っててっ‼」」


 ――なんだよ、この漫画みたいな展開は。


 どうやら、二人の口喧嘩に、俺の入り込む余地よちは無いらしい。

 てか、なんというか……。

 俺は、二人の相性あいしょうは最悪だと予想していたが、今の光景を見て、思わざるをなかった。


 ――想像以上だな。


 そして、二人の言い争いは、まだまだ続く……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る