第15話 場は整う

  昼休み。つじさんが、水色のセミロングヘアを揺らしながら、俺の席までやってきた。


板橋いたばしくん」

「なんだ?」

「空って、なんで青いと思う?」


 なぜ今、その疑問が浮かんで、俺に聞いてみようと思ったのか。彼女はいつも、不可思議なのだった。


「俺は、空のスペシャリストじゃないから、詳しいことは分からない」

「大丈夫だよ。別に、科学的根拠かがくてきこんきょを求めているわけではないから」

「じゃあ、どの視点からの、どんな回答を求めているんだ?」

「聞いてあっけらかんとするような、哲学的てつがくてき回答かいとう

「青い空に哲学的回答か。それを聞いてどうするんだ?」

「創造の材料にする」

「イラストの?」

「そ。だから板橋くんがこの質問に答えたら、私のイラストの新境地しんきょうちひらけて、板橋くん的にも得する結果になるかもしれない」

「まあ、言われてみれば、そうかもしれないが……」


 しかし、青空をテーマにした哲学?

 再び思った。

 不可思議な質問だ。


「難しいいだ」

「簡単な問いには、面白おもしろみが無いから、ちょいムズにしてみた」

「面白み……か」


 それは、けた時に感じる達成感の話か。

 だが、問題を解くまでの苦悩は、単純に脳を酷使こくしして辛いのである。

 もっとも、普段は執筆で思考に負担をかけている俺からすれば、脳を酷使するなど慣れているものではあるのだが。

 いかんせん、独創性を必要とするであろうこの問いに対しては、あまり自信がない。だから、脳を回すのに抵抗が生まれる。


 ――だが、やるだけやってみるか。


 もしかしたら、俺の回答がくもりえさ先生の新作につながって、素晴らしい絵が描き出されるかもしれない。そういう、ポジティブ方針の思考を抱えて、彼女の質問に向き合ってみよう。


「なぜ空が青いのか。それは……」

「うん」


 俺は、とりあえず答えた。


「人間の視覚が青に魅力を感じるから、その視覚を基準に、空の色が青くみえるようになっている……みたいな感じじゃないか?」


 われながら、何を言っているんだ? な回答だった。


「なるほど。私たちが見えているのは現実ではなく、五感に都合の良いに捉えただけの、幻覚に近しい何かの可能性があるということ……!」


 なんか伝わった。


「そうだ……たぶん」

「うん、ありがとう。おかげで、また違う地点に足を踏み入れた感じがする」

「それは良かった」


 答えた方の俺は、さっぱりだったが。


「やっぱり、板橋くんは天才だよ」

「…………」


 生まれて初めて、天才なんて呼ばれたな、と俺は思った。

 何とも、うれしいことである。


「そうだった」


 とそこで、俺は重要なことを辻さんに伝える。


「辻さん」

「なに?」

「例の、部員三人目の候補についてなんだが」

「うん」


 彼女は、真面目な表情でうなずいた。

 俺は、言葉を発する。


「俺の考える最適な人物が、辻さんに直接会って、話がしたいということなんだ」

「直接会って……」

「だから、辻さんの都合が良ければ、今日の放課後に三人で、話でもしないか?」


 辻さんは、即答で言った。


「もちろん。同じ部活の仲になる可能性があるなら、実際に会って話をしないとね」

「じゃあ、今日の放課後」

「うん、よろしくね」


 場は整う。

 もしくは、整ってしまったと言うべきなのか?

 まあ、遠からずそうなる運命なのだから、気にむことはない。

 俺は、せめてもの最大限の平和をいのった。


 気が付けば、あっという間に放課後になっていた。


 俺は、辻さんと教室を出る。

 美冬みふゆには、事前に連絡をしていた。

 いつもの、体育館裏の桜の大木の下で待ち合わせをしよう、と。

 だから俺たちは現在、体育館裏へ向かっている最中さいちゅうだ。

 辻さんが疑問を投げる。


「そういえば、これから会う人は、どんな人なの?」


 考えてみれば、だった。

 俺は辻さんに対して、美冬の情報をほぼほぼ何も伝えていない。

 俺は、質問に答える。


「まず、俺たちとおなどしで、この学校の在校生ざいこうせいだ」

「へぇ、接点だらけだね」

「確かにそうだな。おまけに、デザイン関係の作業も行えて、ラノベ好きでもある。俺たちの探している人材がこんな身近にいるなんて、すごい偶然としか言いようがないと思うよな」

「逆に、偶然じゃなかったりして」


 また、なんかすごそうな理論が組み立てられそうなのだった。


「偶然じゃなくても、運命では無いだろう」

「ん?」

「運命だったら、もう少しバランスの良い物語に組み立てる」

「なるほど。運命みたいな単純でつまらないものではなく、複雑で価値のある現実が今の状況って事だね」


 想定外の捉え方をされたが、まあ良いか。

 本来は、運命ならもう少し都合が良く、トントン拍子びょうしに話が進むだろうに、現実は部活設立の前に壁が立ちはだかり、なかなか苦労するだろう、という意味だったのだが。

 言葉の真意しんいを訂正するのには、体力が使われそうだった。

 体力は、今のうちに温存しておいた方が賢明けんめいだと判断する。

 もう、そういうことで良い。

 俺は、足を動かした。


 やがて、目的地へ到着する。


 薄暗い体育館の影が、桜の大木をダークな色合いろあいにりつける。

 木に寄りかかる少女が一人。

 無論むろん、美冬だった。


 隣の辻さんは、少し緊張きんちょうした面持おももちでいる。

 一方の美冬は、緊張とは正反対に、非常にラフな感じ。

 すずしげな表情で、俺たちを見ていた。


 最初に口を開けたのは、灰色髪はいいろがみの少女だった。

 辻さんに向けて、言う。


「こんにちは」


 辻さんは、その挨拶に対して同じ言葉を使う。


「こ、こんにちは」


 そして、次の一言が、場の空気を大きく変える。

 灰野はいの美冬みふゆは、辻さんに対して、このような言葉を口に出したのだ。


「あなたが――航大こうだいこのんでいるという子?」


 ――瞬間。


 辻さんの雰囲気が、わずかの秒間びょうかんに変化した。

 緊張していた空気は消え、静かになる。

 俺の気のせいでなければ、つじしずくは――怒っていた。

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