第9話 板橋家

 その後、海で辻さんと別れ、雨で完全にびしょ濡れになった俺は、帰宅した。

 玄関げんかんにて、母が俺に言った。


「傘があるにも関わらず、なんで濡れるの?」

「付き合う人は選べ、というやつだ」

「いじめられてる?」

「いじめでは無い。天才ハラスメントには当たるかもしれないが」

「なに言ってんの? あんた」

「頭が変わった子と一緒にいたから、少なからず影響されているのかもしれない」

「頭が変わった子? 彼女でもできた?」

「なぜその結論に行き着く?」

「男友達だったら、子――なんて表現はしないでしょ。よって対象の性別は女。つまり彼女。息子がリア充になるとは、想像もしてなかった」

「勝手にリア充にしないでくれ。あと、彼女じゃなくて……」


 俺は、考える。

 つじさんは、俺の何に当たるのだろうか?


 女友達?

 クラスメイト?

 共同制作ラノベのコミケ販売を野望にかかげているなら、ビジネスパートナーか?


「……よく分からない女だ」

「…………なに言ってんの?」


 なんか俺が、変なやつみたいに思われたかもしれなかった。

 自分で見ても、変な言動をしていたことは認めざるを得ないから、必然の反応とはいえる。


「まぁ、とりあえず。アンタは、そこで待ってなさい。タオルを持ってくるから。家に雨水をらされても困る」


 母の言う通りなのだった。

 改めて、今朝けさの自分が、今の状態になるなんて、予想の範囲の外の外だと思う。


 俺の母は、ずぶ濡れの俺を目にしてこの反応だが、辻雫げんきょうの家庭では、いったいどんな対応が行われているのだろう? と疑問が浮かんだ。


「…………」


 彼女の親は大変そうだ――なんて、勝手に同情心どうじょうしんいだく。

 大雨の日は、ほぼ毎回これだと考えたらだ。

 俺が親なら、普通に怒ると思う。

 身体に悪い行いだし、家もびしょ濡れになるし、この行動がエスカレートしたら次に何をしでかすんだ? と怖くなりそうだ。

 この子にしてこの親あり、かもしれないが。


「はい、タオル」


 白いタオルを顔に投げられる。

 顔面にひっついたそれを手に取り、俺は体中の水分をふき取った。


「お風呂ふろかし終わっているから、即行そっこう入りなさいよ。風邪かぜを引かれたら、看病かんびょうが面倒なんだから」

「看病を面倒とか、わざわざ口に出さなくてもよくないか?」

「私だって楽に生きられるなら、楽して生きたい。子供は成長したら、親に迷惑をかけないように、気を使わないといけないのよ」

「間違ってはいないが、たぶん親が進んで口に出す言葉じゃない」

「そんな事ない」

「まあ、言うのは自由か……」


 俺は母に、お風呂を沸かしてもらえている訳だし、あまり小言こごとを挟める立場でもない。なんて思い、浴室よくしつに向かって歩いた。


「あ、おにいちゃん」

「うん?」


 廊下で少女とすれ違う。

 彼女の名前は、板橋いたばし桃花ももか

 名前に似て、桃色ももいろの長髪と、ピョコピョコ動くアホ毛、花のような天真爛漫てんしんらんまんな雰囲気が印象的な、俺の一つ年下――高校一年生の妹だった。


 桃花は、俺を見て言った。


たきにでも打たれてきた?」

「普通に雨に濡れただけだ」

滝行たきぎょうの方が気持ちが良いから、今度一緒に行こうよ」

「滝行には興味もないし、俺がこうなった経緯に武士道精神ぶしどうせいしんは一切加わっていない」

「そっかー。気持ちが良いのになぁ、滝行」

「友達と行った方がきっと楽しいぞ」

「友達とは毎回行ってるよ。お兄ちゃんとも行きたいなってだけ」

「いや。ちょっと前に、行かなかったか? 滝行。俺も一緒に」


 取材をねた付き合いだったので、もう行く気はないけども。


「お兄ちゃんは、まだまだ打たれ足りないよ」

「俺的には、十分に打たれたつもりだったが」

「あと百回は修行が必要だね」

「桃花は俺を殺したいのか?」


 あれをあと百回行うと考えたら……。

 雨に濡れる方が全然ましなのだった。


「殺すなんて大袈裟おおげさな。生死せいし狭間はざまが一番気持ちが良いって、お兄ちゃんに知ってもらいたいだけだよー」

「一歩間違えれば死ぬ世界に、足は踏み入れたくないが」

「死にはしないよ。死にかけるだけ。よし、私とギリギリの世界を共にあゆもう。お兄ちゃん」

「共に歩むつもりもないし、俺は今、妹の将来が心配だ」

「私は大丈夫だよ。考えるより先に手を出して、なんだかんだ解決しちゃうタイプだから」

「本当に、心配しかないのだが」


 まあ、桃花はリングの上でしか闘わないから大丈夫だろうが。

 いくら武闘派ぶとうはともいえど、家族として、妹が格闘戦を繰り広げることに対する心配がゼロになることは不可能なのだった。


 そう、俺の妹――板橋桃花は俺の対局に位置するような人物。一言で言い表すと、ファイターだ。ステータス上で、戦闘能力に全振ぜんふりしたような人物。日々をおのれ研鑽けんさんに費やしている、完全武闘派人間だった。


 その戦闘能力は、低い背と綺麗な身体つきと可愛らしい顔つきからは想像もできないほどに強力だ。その界隈かいわいでは、『天使の顔した悪魔』と呼ばれているとか何とか。

 部屋に引きこもって小説を書いている俺とは、全然種族が異なるのだった。


「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「お風呂あがったら、私とゲームで対戦しよう」

「……30分だけだぞ」

「やったー!」


 俺は、浴室にかって、そのあと妹とゲームをし、一夜いちやを過ごし終えた。

 そして次の日だった。

 朝一あさいち。登校中に遭遇そうぐうした辻さんが、俺にこう言った。


「――部活、作ろう」

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