第7話 彼女の野望
「
これは、
だって、俺は彼女のイラストを眺めて、ほぼ毎日決まった感情を抱いていたのだ。
俺の書いたラノベのイラストを、この
二度訪れるかも分からない話だ。
だが、
「気になる点が、いくつかある」
「気になる点……?」
「ああ」
俺は、それを聞く。
「まず、辻さんの仕事がパンクしないのか。俺は別に、仕事が
「それは大丈夫。私は、やりたい仕事しかしない主義だから。断るものは断る感じ。別に高校生だから、金銭について考える年でもないし。何なら、仕事よりもこっちに優先したいというか。
「…………」
じゃあ、彼女が無理をする心配はないというわけか。
「次の気になる点なんだが」
「うん」
「仮に一緒にライトノベルを作るとして、何かゴール的な、目標地点はあるのか? 例えば、自費出版して何部売り上げたいとか。大手レーベルに
「それはね、一つ。私の野望があってね」
「野望……」
こんなにも恐ろしい言葉は、他にそう無いかもしれない。
なんたって、
普通に何を言い出すのか? と本能が警報を鳴らす。
彼女は、野望の中身を言う。
「完成品をコミケに出展したいと思っているの」
よかった、と
健全な野望だったから。
コミケ。コミックマーケットの略称なのだが、それは年に2回開催される
しかし、だった。
そこから気になる点が、また
「仮にコミケに参加するとして、いつのコミケでの出展を考えているんだ?」
コミックマーケットは、1年に2回開催される行事だ。
8月の夏コミと12月の冬コミと呼ばれるのだが。
果たして、何年の何コミに参加したいと考えているのか? それは、知っておきたいところだった。
彼女は、答える。
「現実的に考えれば、今年の冬コミに出展したいなって考えてる」
「それは、なぜだ?」
「まず今年の夏コミは、既に応募期限を超過しているから不可能。で、来年の夏コミだと抽選に外れた場合も
「……よく考えているんだな」
「まあ、野望だから」
「コミケは、東京で開催されるはずだが、
「私は自費で払えるけど、板橋くんは大丈夫そう?」
何なら私が払おうかとでも、言いそうな雰囲気なのだった。心強い。
でも、心配は無用だ。自慢でもないが、俺は読書・アニメ鑑賞・映画鑑賞以外の趣味は、ほぼほぼ無いのである。つまり大した
「俺も自費で大丈夫だ。稼いだ
なんて思いながら、俺は最後の質問を行う。
個人的に、一番懸念している点だ。
「辻さんは、俺と組んで問題はないのか?」
「その――問題って?」
俺は、話す。
「俺は、あまり名の知れた作家じゃない。ビッグネームの曇の餌先生とリトルネームのいたばしこうは、実力的に釣り合っているとはとても思えない。この釣り合いの関係上で負担がかかるのは、辻さんになる。それでも、俺と組むことに問題を感じないのか? 本音で知りたい」
「本音……私は今日、嘘を1回もついていない。だから、今までのが本音。私は、いたばしこう先生とライトノベルを作りたいと望んでいる。それに、両者の力は釣り合っていると、私は思っているよ。だから、問題は一つも感じていない。あとは、板橋くんの返事待ちって感じだね」
「…………」
俺は、考える。
彼女と手を組むべきか、組まないべきか。
確かに
しかし、曇の餌先生の足を引っ張るのではないか? という不安も1よりは多い。
「…………」
やってみるか。
そんな事を思った俺は、返事を返す。
「最高の冬にしよう」
一歩間違えれば、黒歴史入りの
しかしこれは、挑戦だ。
凡人作家が天才絵師と組んで、どこまで成り上がれるのか。
俺は、感情を
思い返せば、このような気持ちを抱いたのも、久しぶりかもしれない。
まずは、黒歴史を強く
「じゃあ、よろしくお願いします。いたばしこう先生」
そんな会話が終わり、気づけば目的地の海に到着していた。
どしゃ降りの雨に、海の荒波。せっかくの綺麗な砂浜も、
「ねえ、板橋くん」
「ん?」
辻さんが、笑みを浮かべて俺にこう言った。
「私の普段のアイデア吸収法の一つを紹介したいと思って、板橋くんをここまで誘ったんだ」
「へえ……」
辻さんのアイデア吸収法?
なんだろう、あまりにロクでもない展開が起きそうで、楽しみじゃないような、もしくは楽しみなような。そんな感じだ。
冷や汗が流れている気がした。
「私は、大雨の日に風の強い海に訪れて――こうする」
その、俺のロクでもない予感は当たってしまう。
彼女は、手に持つ傘を、上へ放り投げた。
「――は?」
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