第4話 バカと天才は紙一重

「普通に喋ってるだけで、私に真実を語らせる。まるで、板橋いたばしくんが推理小説の主人公か、もしくは私が間抜けな犯人みたいじゃない」

「おそらく後者こうしゃが当てはまっていると思う」

嫌味いやみ?」

「もう敵視しかされないな」


 と、そこで。

 つじさんが「もしかして」と口にする。


「板橋くんは、私をくもりえさ名義で活動しているイラストレーターと暴いたうえで、情報の悪用をたくらんでいるとかある?」

「…………」


 曇の餌先生が天才であることは分かっていたが、バカも紙一重かみひとえについてくるなんて想像もしていなかった。そう、あの頃は。


 先人の言葉は、どこまでも真実を突いてくる。そしてなぜか、悪いことわざがかたよって現実化するのだ。今がそんな状況。


「まさか私の顔写真をSNSに拡散したうえで、フォロワー稼ぎを狙っているとか……。言っておくけど、私はまだ肖像権しょうぞうけん放棄ほうきしていないからね」

「バカと天才の思考は、どこまで飛躍ひやくすれば気が済むんだ?」

「弱みを握られてる私は不利。まさか板橋くんが障壁しょうへきになるなんて思わなかった。ただの平凡な、どこにでもいる普通の容姿をした、良くも悪くも目立たない男子高校生だと思っていたのに……!」

「怒られたいのか?」


 言われすぎて慣れてはいるが、気にしている部分でもある。


 だがまあ、一旦冷静に考えてみる。


 確かに彼女からすれば、一方的に俺から弱み、というか隠し事を握られている状態。気分の良い関係が構築できてるとは、とても言えない。それは事実だ。


「――ごほっ、ごほっ」

「ん? 風邪かぜか?」


 辻さんが手のひらをかざす。


「ちょっと待って」

「はい?」

「風邪薬を渡すと言いながら、睡眠薬を渡すつもりだよね?」

「この人面倒だな」


 たぶん相手が憧れのかたじゃなかったら、ゲンコツくらいしていた。いや、ゲンコツはしないけども。

 それくらい、どうすれば良いんだ理不尽だ、な状態だった。


 仕方ない。

 彼女が俺に秘密を知られて、追い込まれている状態ならば、俺も秘密を話すのはどうだろうか? 立場を平等にするのだ。

 一応俺も商業作家。

 そうだ、俺も商業作家なのだ。


 世間からは忘れられてる存在かもしれない。だが、書店に二冊の本を売り出した実績はある。そんなプロ作家だ。

 職業違えど、近縁きんえんのクリエイター業。胸を張って口にできるペンネームでは無いものの、それを口に出せば、少しは状況が改善するかもしれない。

 一縷いちるの望みにかけて、俺は口を開く。


「辻さん」

「な、なに?」

「俺は、辻さんの正体を知ってしまっている。これを忘れることは、今更不可能だと思うんだ」

「記憶を飛ばせば可能だと思う」

「俺は記憶を飛ばしたくない」

「でも飛ばすしか道は……」


 意地でも飛ばそうとするな。


「記憶を飛ばす他に、代わりと言ってはあれだが、俺の秘密を打ち明けようと思う。それで、手は打てないだろうか?」

「つまり……?」

「互いが互いに秘密を知っていれば、片方が秘密をバラすリスクは減る。自分が相手の秘密をバラしたら、反撃で自分の秘密がバラされる可能性があるから」


 辻さんは、顔をうつむかせる。

 思考にひたっている様子。

 顔を上げ、言った。


「しょうもない秘密だとか、そもそもおおやけにしている事だとか、そういうオチは無いよね?」

「まあ、辻さんほどビッグネームでは無いにしろ、大量のアンチを抱えているくらいには、名前が知れ渡っている」


 俺の読者は、7割がたアンチだけど。


「アンチ……?」

「そう。実は俺も、自慢できる知名度は持っていないが、商業用のペンネームの持ち主ではあるんだ」

「イラストレーター?」

「いや、違う」

「エキストラの男子高校生D役?」

「現実的だけど違う。自分で言いたくないけど。無意識のdisディスはやめてほしいけど」


 俺は、告白する。

 俺の秘密を。


「俺は――」

「あ、ちょっと待って!」

「うん?」


 辻さんが、スマホをいじる。

 そして、ピコン! と音が鳴った。


「録音する」

「…………」


 ま、まあ良いだろう。

 念には念を。さっきから彼女の言動を見れば、心配性しんぱいしょうであることは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。録音の一つ二つ、驚くまでも無い。


「俺は――」

「待って!」

「次は何だ?」


 辻さんは、なぜかスマホをタップする。

 あれは、録音を停止しているのだろうか?

 どういうことだ? まさか、やっぱり録音はやめる、板橋くんを信じるよ、的なやつだろうか?


 辻さんは、なぜかスマホのスクリーンに耳を当てた。そして、辻さんのスマホから音声が流れる。


『俺は――、待って!』

「うん、問題なく撮れてる」

「コイツ面倒だな!」


 辻さんのスマホからまた、ピコン! と音が鳴った。


「板橋くんの秘密は?」


 なんか、衝撃発表的な感じで秘密を告白しようとは思っていたのだが、ムードが壊れたせいで、俺は大根役者のように棒読みでそれを口に出していた。


「作家のいたばしこうです」


「えっ……?」


 そう口をポカンと開ける辻さん。

 彼女のスマホが地面へ、カコンと音をたて、落下する。


 辻さんは、気のせいかほお紅潮こうちょうさせ、上擦うわずった声を発した。


「板橋くんが、いたばしこう先生……?」


 さっきと雰囲気が変わる辻さん。

 俺は困惑する。

 もしかして、いたばしこう自体は知っているが、名前の実績が寂しいから落胆らくたんしているとか、そんな感じだろうか?


「…………」


 十分にありえるのだった。


「いや、大丈夫だ。これから、絶対に売れて、ビッグネームになってみせるから。だから、そんなにしょぼいとか言わないでもらえると、ありがたい」

「しょ、しょぼいとか、そんな訳がない……!」


 いきなり大声を出されて、ビックリする。

 だが、今までの彼女とは思えないほど、勇気づけられる発言内容なのだった。


「まあ、そうだよな。作家たるもの、自分のペンネームをしょぼいなんて言ったら、終わりだな。その通りだ」

「それは、勿論もちろんなんだけど……」

「……?」

「あの、その――実は私……」

「あ、ああ」


 辻さんは、俺にこう言った。


「――いたばしこう先生の、大ファンなの!」

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