第2話 イラストレーターの正体

 いたばしこうの小説は、二作目発表の形すらまだ見えない。いつしか俺は、高校二年生になっていた。


 四月六日。今日は、高校の始業式だった。

 そして、その日にクラス分けも行われた。

 俺は、二年A組だった。


 午前11時。


 新たな担任の挨拶と共に、恒例こうれいの新クラスメイトの自己紹介が始まる。

 顔見知りもいれば、初めましての人もいる。当然の話なのだが。


「じゃあ次、板橋いたばし


 俺の出席番号は、五十音順の法則に従うと、前方になる。俺は、口を開けた。


板橋いたばし航大こうだいです。一年間、よろしくお願いします」


 我ながら、普通過ぎてつまらない自己紹介だった。まあ、俺はこんな感じで良いだろう。

 バトンは、後ろへ渡されてゆく。

 自己紹介が、進む。


「次は、つじ

「あ、はい……っ」


 その瞬間だけ、クラスが少しザワついた。

 つじ

 その苗字みょうじは、学年内ではそこそこ有名をほこる。苗字の持ち主が、可愛い少女であると、評価されているからである。


 水色のセミロングヘア。

 可憐かれん童顔どうがん

 彼女の浮かべるみは、俺も素敵だと思う。


 一学年の時は別クラスだったが、おだやかな雰囲気ふんいきと可愛い顔つきで彼女は目立っていて、だから俺も一方的に辻さんの事は知っていた。


つじしずくです。本が、好きです。あと、アニメ漫画ラノベも大好きです。同じ趣味の方がいれば、声を掛けていただけると、すごいうれしいです。一年間、よろしくお願いします!」


 趣味が、アニメに漫画にラノベ……。

 俺と一緒じゃん。

 だが俺は、彼女と仲良くなる事を、別に期待しなかった。

 さすがに、心得こころえている。

 趣味が同じだろうが、彼女の友達になるような人種ではないと。


 俺にも、オタク友達くらいは数人いるし、わざわざ明るい彼女とつるむ必要もあるまい。

 辻さんは、ような人と友達になるのが正解だろう。

 そんな事を思い、辻さんの自己紹介タイムは終わっていた。

 その後も淡々たんたんと進み、気づけば終了を迎える。


「さようなら」の声と共に、その日の学校は終わった。始業式なので、午前中だけだった。

 部活動に所属する者は、帰宅しない人がほとんどだが、俺は部活動に所属していないので、早々そうそうに帰宅の準備を進めた。


「おーい、板橋」

「はい?」


 教壇きゃうだんに立つ担任が、こっちへ来いというジェスチャーをして来る。

 あんたが来いや、と内心どくづきながら、大人しく教師の前まで歩いた。

 担任は、小声で言った。


「黒髪にメガネ。真面目な見た目をしているな」

「それは、俺の事ですか?」

「平凡な見た目をしているキミの事だ」

「あの、バカにしています?」

被害妄想ひがいもうそうだと思うよ」

「わざわざ平凡と口に出すのは、悪意があってこそだと思うのですが」

「悪意なんて、八割くらいしか無いけど」

「めちゃくちゃ、あるじゃないですか……」


「しかし……」と担任は言う。


「真面目な優等生に見えて、実は授業中にコソコソ小説を書いていると言ううわさは、本当なのかい?」

「それは、本当じゃないです」

「その言葉がうそだった時は、どうする?」

「俺は、ラノベを書いているだけなので」

「確信犯だねー」


 俺は、聞く。


「それを確認したくて、ここまで呼び出したんですか?」

「それもあるが……」

「それ以外も、あると?」

「ああ、その通りでね」


 担任は、要件ようけんを口に出す。


「書類運びを手伝ってもらいたんだ」


 俺は、質問する。


「なぜ、俺なんですか?」

「せっかくだから、帰宅部に仕事を与えてあげようと思ってね」

「いらないので、大丈夫です」

「俺も、楽に仕事を進めたいんだよ」

「本音を隠す気ゼロだな……」

「隠したって、しょうがないものだからね」

「いや、せめて生徒の前では隠すものでしょ」

「先生のプライドが全く無いのが、俺のなんだ」


 それは果たして、取り柄と呼べるものなのだろうか?

 人それぞれの、捉え方によるものだと思うが。

 しかし、プライドを無くした結果、俺に書類運びが回ってくるのは、意味が分からないのだった。


「どの道、午後は用事があるので、すみませんけど……」

「何の用事かな?」

「人に言えない用事です」

「じゃあ、書類運びの手伝てつだい、よろしくね」


 嘘は、バレていた。


「量は、どれくらいなんですか?」

「教室と職員室を往復二周するくらいだよ」


 地味にダルいな……と思った。


「書類運びをして、俺の評価が上がる事を期待しています」

「別に評価を上げる気は無いけど、手伝いを断ったら、評価を下げようとは思ってるよ」


 最悪な教師なのだった。

 何だかんだで、書類運びを手伝わされる羽目はめになる。

 せめてもの、執筆のかてになれれば良いのだが。

 書類運び……。

 ならないだろうな。

 そんな気持ちをかかえこみ、俺は担任と職員室まで同行した。


 担任の机の上に、書類の山が二つに分けて置かれてあった。これらを教室まで運べという事らしい。


「じゃあ、よろしく」


 俺はまず、右側の書類山を両手に乗せる。

 職員室を出て行き、廊下を歩いた。

 書類を教室まで運ぶ時間。

 執筆について、思考をめぐらせる。


 勝負どころの二作目。

 今のところは、一作目と同様に、異能バトルもので勝負を打とうと思っている。

 しかし中々、企画の段階が通らない。

 書きたいものを構想としてありのまま出すと、普通だとか、どこかで似たようなものを見た事があるだとか、これといった特徴が見られないだとか言われ。

 あらすじや設定にひねりを加えてみると、面白くなさそうだとか、無理してをてらってる感が強いだとか、センスが無いだとか言われる。


 八方塞はっぽうふさがりの状況。

 どのような物語を書くべきなのか……。


 科学の発展した、近未来が舞台の世界で繰り広げられる、異能力学園ストーリー?

 いや、それはとある有名な作品に影響されている気がする。


 突如とつじょ地球に落下してきた隕石から発生する特殊エネルギーにより、異能力に目覚めた人間たちが巻き起こす、異能バトルストーリー……。

 隕石の流れは、別の作品に影響されているよな。完全に。


 あまりに強い異能力により人生を狂わされた男が、実は正体が宇宙人で、ヒロインは主人公の妄想もうそうで存在していなかった! みたいな物語。

 うん、たぶん突き返される。

 たぶんと言うか、絶対にだ。

 そして、売上が悪そう。混ぜ過ぎて。


 執筆って、なぜこんなにも難しいのか。


 頭の中で愚痴ぐちりながら、曲がり角を曲がった時――。


 ――バン……ッ!


 人間と、ぶつかった。


「や……っ!」


 女の声が聞こえると共に、俺は書類の山を崩して転倒した。

 いてえと思いながら、目を開ける。

 床に散らばるバラバラの書類に絶望した――

 絶望など、考える暇も無かった。

 それが現実だった。

 何があったのかと言うと。


 俺の目の前に、見覚えのある画風の、直筆じきひつイラスト用紙が落ちてあったのだ。


 それが、普通のイラストなら、まだしも。

 その画風には、見覚えがあった。


 細小さいしょう、かつ、繊細せんさいな線画。

 アナログカラー(おそらくコピック)だが、色彩のセンスがずば抜けている、幻想的な絵。

 魅力と奥が深い世界観。


 空を舞う魔法少女が、男の心臓部に、ステッキを貫通かんつうさせてるイラストだった。

 背景に映り込むビルの中には、様々な人間の姿が描き込まれている。


 魔法少女の存在に気づき、驚いている人間。

 反対に気づかず、仕事に熱中する人間。

 赤いトマトを食べている、状況相まって不吉な画となる人間。

 友人と楽しくおしゃべりをしている人間。

 発見が多く、飽きさせないイラスト。


 それらの特徴に、馴染なじみがあった。

 俺は思わず、その名前をつぶやていた。


くもりえさ先生……?」

「えっ……」


 俺は、真正面を向く。

 ぶつかった人間と、目が合わさる。


つじさん……」


 水色のセミロングヘア。可憐な童顔。ネイビーを基調きちょうとした、ブレザーとスカートがよく似合う美少女。

 つじしずくが、そこにいた。


 辻さんは、顔を赤らめ、俺に言った。


「教室に、行こうか……」

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