ラノベ研究部の野望

うめ生徒

第1章 天才と凡才以下

第1話 俺が小説家になるまで

 中学一年の頃だ。

 その日は、どしゃ降りの雨だった。

 家の中。俺――板橋いたばし航大こうだいは、リビングで妹と一緒に、テレビを観ていた。

 その時間に放送されていたのは、とあるラノベが原作の、現代バトルアニメだった。

 俺は、思わず口に出していた。


「面白い……!」


 妹は、内容が肌に合わなかったからか、途中からゲームに手を出し始めた。

 そんな妹とは対照的たいしょうてきに、俺は変わらず、テレビの画面に釘付けになっていた。30分が、あっという間に感じた。


 その日から俺は、アニメが大好きになった。

 オタク人生の、始まりだった。


 アニメを数十本も観れば、漫画ラノベにも手を出し始めるようになっていた。

 俺は、漫画にハマり、そしてラノベには、それ以上にハマった。

 オタクになるきっかけとなったアニメが、ラノベ原作という事もあり、好みのジャンルが、ラノベに集中していたのだ。


 いつしか、一週間に五冊のペースでラノベを読むようになっていた。

 お金が足りず、再読さいどくすらも、何回も繰り返した。

 ラノベを百冊読破した頃には、ラノベ作家にあこがれるようになっていた。

 文字は、誰にでも打てる。ラノベを書いてみたいと思うのは、自然な流れだった。

 その時にはもう、中学二年の冬だった。


「……思ったものと、全然違う」


 小説を執筆するのは、想像以上に大変だった。

 キャラは思い通りに動いてくれないし、目指した着地点にはたどり着かないし、精神がおかしくなりそうだし……その他諸々もろもろ


 その時初めて、売れない作家たちにも、尊敬の眼差まなざしを向けるようになっていた。


 小説を完成させるだけでも、一苦労ひとくろうじゃまない。

 この苦しい執筆を、小説一冊分書き上げる体力を考えると……。

 作家って、ものだな、と思った。


 そうして俺は一度、ふでを折った。

 しかし、一ヶ月もしないうちに、またこの筆を手に取っていた。

 面白いラノベをたくさん読んで、本格的に夢をいだいたのだ。


 ――ラノベ作家になりたい。


 俺は、自分で言うのもなんだが、努力は人よりできる方だった。

 使える時間は、ほぼ全部使った。

 小説制作に、時間をついやした。


 ネット投稿から、始まった。

 小説を他人に読んでもらった。

 試行錯誤しこうさくごを繰り返し、執筆の腕を上げていった。

 そして、ぼう大手レーベルの主催する新人賞へ計三回応募し、やがて銀賞の肩書きと共に、プロ作家へのデビューを果たした。それは、高校一年の夏だった。


 新人作家『いたばしこう』のデビュー作。『くろがらすまようた』は……。



 ――二冊で完結した。



 完全な打ち切りだった。

 理由は、シンプルだった。


『どこかで見た事のある展開。どこかで聞いた事のある世界観。テンプレに沿っただけの魅力が薄いキャラクター。内容が色々な作品の寄せ集めで、面白くない』

『なんか、先の展開が読めてしまう。読んでてワクワクしない。星二つ』

『何を取っても普通であり、それ以上では決して無い。次回作に期待……したい』


 中身が普通過ぎて、売上が伸びなかったからだ。

 ようは、俺は凡人ぼんじんだった。

 若くして作家になったものの、それは努力の賜物たまものでしかなく、才能にめぐまれたからでは無かった。

 クリエイターには非常に重要である独創性どくそうせいに、俺は欠けていた。

 面白い作品を分析し、自作に落とし込む俺のスタイルは、色々な作品の寄せ集めと呼ばれても、仕方のないものだった。


 夢のラノベ作家デビュー。一作目は、打ち切りで終わりを迎えた。

 だが俺は、まだあきらめない。筆は、折れていない。

 新しい夢が出来たからである。


 それは、自作のラノベをアニメ化にまで持っていく事だ。

 それは、ほとんどのラノベ作家が抱いてるであろう目標。

 俺は、その目標を達成する為、次作に向けてラノベ制作にはげんでいた。

 もっとも、企画の時点で全く通らないのが現状だ。

 まずは、そこからだった。

『いたばしこう』の二作目。俺は、その一歩目を中々踏み出せないでいた。


 ◇


 高校一年の冬。

 俺は家で、マイパソコンと向き合っていた。

 某イラスト投稿サイトを閲覧えつらんしていた。


 オタクは、イラストレーターが大好きな生き物だ。

 イラスト無しには、二次元文化は出来上がらない。そして、ラノベにも、もちろんイラストがすごく大事なのである。常識だから、もはや説明不要も良いところだろう。


 俺も、売れていないとはいえ、ラノベ作家はラノベ作家。この絵師さん良いなーとか、ぜひ俺の小説の挿絵さしえを書いて欲しいなーとか、ひとりよがりの妄想もうそうを繰り広げながら、イラストを見回す。


 そのように、絵描きの人ってみんなすごいよなーと思いながらイラストに魅入みいっていた、その日。

 そのイラストレーターの絵と出会った。

 その絵を見た瞬間、四秒間ほど、頭がからっぽになった。


 題名は、『バグおんな』。

 作者の名前は、『くもりえさ』。


 都会のスクランブル交差点が舞台のイラスト。空から落ちてくる、美少女がえがかれている。

 その少女の様子は、変だ。

 顔の左半分と右足にノイズを走らせている。

 少女を中心に、都会の電子システムが、異常なバグを起こしていた。

 全ての信号が青になったり、高層ビルから暴走AIエーアイロボが飛び出したり。

 背景はいけいでは、随所ずいしょにパニック描写びょうしゃえがかれている。


 画力のレベルが高い事ながら、色彩しきさいのセンスが光っている。美麗びれいの二文字がきっちりはまっている感じ。透明感とうめいかんが美しい。

 作者のこだわりも、見れば見る程、伝わってくる。見ててかれ、発見が多く、きず面白い。


 俺と違う。

 独創性にあふれた、天才のそれだった。


 俺はその日、くもりえさ先生のファンになった。

 企画書は、まだ突き返されている最中さいちゅうだ……。


  ◇


 とある本屋に、誰もが目を引く美少女が、ラノベの並ぶカラフルな本棚を見渡していた。


 綺麗な海の色を連想させる、水色のセミロングヘア。顔つきの整った、可愛らしい童顔どうがん

 高校の制服に身を包み、その容姿は可憐かれんで、非常に似合っている。

 彼女は、そっとつぶやいた。


「いたばしこう先生の新作、まだなのかな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る