第22話 元カノは、再出発する



 放課後、僕と姫子、そして涼の三人は揃って教室を出る。

 すると、廊下で一人の女子が待っていた。



白糸滝しらいとたきさん」

黒絵くろえ……」



 剣道部のマネージャー、白糸滝さんが立ってる。

 その手には、退部届があった。



 涼の直筆の物だった……って!

 退部届!?



「涼、どういうことだよ?」

「部活はやめるよ。ぼくがいると、剣道部の評判が落ちるからね。それに、剣道部をないがしろにしていたぼくに、部長が務まるとはとうてい思えないし」



 白糸滝さんがびくっ、体をこわばらせる。

 その表情に絶望の色が浮かぶ。



 多分白糸滝さんは、涼が退部届を出したこと、確認しに来たのだ。本当かどうかって。

 涼の顔を見て、本気だと気づいたのだろう。でも、説得したくても、うまく言葉が出ないんじゃあないかな。



 僕は……どうする?

 このままじゃ涼は剣道をやめてしまう。彼女が努力していたことは知ってるし。



 でも僕はなんて言葉をかければいいんだろう?



 僕が困ってると、姫子が僕の顔を見てきた。

 小さく、つぶやく。



「……まかせて」



 と。

 すると姫子が白糸滝さんから退部届を奪うと、それを涼につき返す。



「……部活辞めないほうがいい」

「どうして?」

「……あなた、これを提出したら。本当に全部なくしちゃうわよ?」



 全部……? なすく?

 僕も涼も、姫子の言葉の真意を測りかねていた。



 姫子が続ける。



「……あなたは今回の件で大切な恋人だけでなく、学園内での地位も失った。そのうえで剣道まで捨てたら、もうあなたには何も残らない」

「ちょ、姫子……いいすぎじゃあ」



 すると姫子が言う。



「……失ったものが、完全な形でもとに戻ることは決してない。でも、まだ剣道については、失ってない」

「そうだよ、姫子の言うとおりだ。涼は剣道も頑張ってきたじゃん。その努力を無駄にするのは、よくないよ」



 僕は涼が小さいころからずっと、剣道を頑張ってきたことを、知ってる。

 その努力は尊いものだ。



 簡単に手放していいものじゃあない。


「……もう一度、剣道、やってもいいのかな。剣道部、戻っていいのかな」



 僕は白糸滝さんに近づく。

 そして、ぽん、と背中を押してあげた。



「やめないで! 涼せんぱい!」

「黒絵……」



 白糸滝さんは涼の手を握って必死になって声を振り絞る。



「涼せんぱい、剣道部に戻ってきてください! あのゲス男がいなくなって、剣を指導するひとがいない! みんな、困ってます! こんなときだからこそ、達人級の剣のうでがある、涼せんぱいが必要なんです!」

「……でも、ぼくみたいな最低の浮気女のこと、みんな嫌ってるんじゃあ」

「あたしも同罪です! 一緒に汚名をかぶります! 部活のみんながひどいことを言ってきたら、一緒になじられます! 悲しいならあたしが一生懸命励まします!」


 白糸滝さんの励ましの言葉に、涼が肩を震わせている。



「涼。こんなに君を求めてる人がいるんだからさ、戻ってあげなよ」

「うん……そうだね。健太と、黒絵と……犀川さんの、言うとおりだ」



 涼は顔を上げる。

 そして、涙をふいて、堂々と言う。



「ぼく、剣道は捨てない! みんなにひどいことを言われても、嫌われても、剣道、やり続ける!」



 うん、それでいいと思う。

 よかった、丸く収まって……。



 白糸滝さんは僕を見て、深々と頭を下げた。



「ありがとうございます! 背中を押してくれて」

「ううん。僕じゃあないよ。君の背中を押したのは……」



 僕だって最初、涼にかける言葉が見つからなかった。

 僕の代わりに、最初に言葉のボールを投げたのは姫子だ。



 姫子は、優しい。

 そんな彼女のことを、僕は……。

 

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