第19話 反省と後悔と、救済【元カノ視点】



りょうSide》



 なぎさりょうは、某有名人気アイドル事務所【トヲシヤ事務所】の女社長と、所属するアイドルタレントとの間に生まれた女だ。



 トヲシヤ事務所とは、日本最大規模の芸能プロダクション。

 所属するタレントは白馬王子をはじめとした、日本で知らぬもののいないスーパースターたちが所属してる。



 トヲシヤ事務所の社長、なぎさかおるは、その当時付き合っていた所属タレントと恋に落ち、子供を孕み……。

 しかし、りょうが生まれる前に、夫は事故とでなくなった。



 交通事故だった。

 しかも最悪なことに……。



 りょうの父は他のアイドルと浮気していたのだ。

 浮気旅行中に事故が発生。



 父は帰らぬ人となり……。

 そして、りょうの母は真実を知る。



 他の女に夫を奪われていたこと。

 浮気旅行中だったこと。




 そんな状況でりょうは産み落とされたのだが……。



「あなたが男の子だったらよかったのに」



 生まれてきたりょうに、母親はずっとそう呪いの言葉を言い続けてきた。

 母親は父親のように、息子にもアイドルになって欲しかったのだ。



 しかし、それは復讐だった。

 父親そっくりのアイドルを作り上げ、しかし自分をぜったいに裏切らない、完璧な、自分の理想とする【偶像アイドル】を作りたかった。



 ……だが実際に生まれたりょうは、女だった。

 女ではどう頑張っても、父のような有名な男性アイドルになることができない。



「あなたが、男だったら良いのに」



 母親はりょうに対する興味をすっかり失ってしまった。

 高いマンショにりょうを放置した。



 お手伝いさんすら雇わず、大きな箱のなかに、ひとりだけぽつんとりょうは置かれたのだ。



「おかあさん、見て、ぼくを……見て」



 りょうが自分を【ぼく】といいだしたのは、母親の呪いが影響している。

 母は常に、【男の子だったら良いのに】と言い続けた。



 りょうは、母が気に入ってくれる、男の子になろうと必死に頑張った。

 母は滅多に家に帰ってこないが、たまに生存確認にやってくる。



 そのとき、りょうは必死になって自分をアピールした。

 幼稚園でお遊戯ほめられたとか、絵がほめられたとか……。



 そうやって必死になって褒められようとしても、しかし、母はまったく認めてくれない。

 当然だ、母が望んでいるのは男の子であって……。



 女である、りょうは……必要ないのだ。

 ……りょうはずっと、母に好かれたくて好かれたくてしかたなかった。



 生まれてからずっと、誰からも、母すら、自分を求めてくれなかった。

 もっと自分をほめてほしい。



 もっと自分を認めて欲しい。

 お願い、もっと……もっと……。



 ずっとりょうは母に認められたくて、しかたなかったのである。

 そんな中……。



 ただひとり、彼女を求めてくれる人がいた。

 ……それが、村井 健太だった。



    ☆



「ぐへへ……なぎさぁ……似合うじゃあないかぁ……ぐへへ……」



 りょうと剣道部顧問、権堂ごんどう 夏寿男げすおはラブホテルのなかにいた。

 今日は人が多く、入るまでに結構時間がかかってしまった。



 部屋に入ったあと、夏寿男げすおは直ぐにりょうを犯すことはしなかった。

 その手にはスマホが握られており、カメラの先には……。



 スク水姿のりょうが、恥ずかしそうに立ってる。



「ぐふ……アルピコには水泳の授業がないからなぁ。せーっかくJKの水着が見れるかもって思ったのによぉ……だから……ぐふっ、ぐふふっ、役得役得ぅ」



 りょうはこのホテルに入ってから、終始この調子で、まずはじっくりと彼女の体をなめ回すように見られていた。


(汚い……)



 りょうは、人から見られるのが好きだ。

 きゃーきゃーいわれると心が満たされる。



 ……でも。

 


「似合ってるぞぉ、なぎさぁ。ほら、またあのポーズやってみてくれよぉ」



 りょうの周りには、バニーガールやナース服など、ドンキで買った無数のコスプレアイテムがあった。

 どうやらそういう服をJKに着せて、それからプレイするのがお好みらしい。



 わざわざラブホに入ったあと、一度出て、ドンキに買いに行ったくらいだから、そうとうなコスプレマニアなのだろう。



「…………」



 汚い、醜い。こんなのに、求められてもうれしくない……。



「ああ? どうしたなぎさぁ? おまえは従順なメス奴隷だろぉ?」

「……誰が、いつっ」

「ああん? なんだってぇ? もしかして口答えかぁ? するんだったら、学校にぜーんぶ報告してやるぜえ? ぎゃははははっ!」



 ……口答えなんてできるはずもなく、りょうは従う。

 長くてすらりとした足を、すっ、と上げる。



「おほひょぉおお! Y字バランスぅ! いいねえいいねえ最高だねええ!」



 男が興奮しながら近づいてくる。

 股ぐらから見上げるようなアングルで、夏寿男げすおが自分を撮影してる。



 ……こんな求められ方は、イヤだ。

 どうしてだろう。



 自分は、ずっと誰かに求められたかった。

 ずっとずっと求められてこなかったから。



 歳を重ねて、背が高くなり王子様っていわれるようになって……。

 りょうは、これだと思った。



 これこそが、自分の求めるものだったんだと。

 ……でも、おかしい。



 同じ風に人から求められてるのに、ぜんぜんうれしくない。

 いや……もっと言えば……。



 健太に拒絶されてから、女子にきゃーきゃー言われたり、チヤホヤされたりしても、全然うれしくなくなった……。




 どうしてだろう?

 わからない。



 でもハッキリ言えるのは、この気持ち悪い親父に求められても、全然気持ちよくならないってことだ。

 りょうがほしかったのは、人から求められることじゃなかったのか……?



(ぼくは、何を、そんなに求めてたんだろう……)



 王子様となって、人からチヤホヤされることが、自分の求めるものではなかった。

 でも、りょうはつい最近まで、その欲求は満たされていた。



(高校二年になって、健太と付き合ってからはずっと幸せだった…………………………あ)



 そう。

 彼女は。



 このゲス男に、こんなふうに辱めを受けて……。

 ようやく、答えにたどり着いた。



(ああ……そうか……そういうことだったんだ……)




 りょうが望んでいたのは、不特定多数に、求められることではなかった。

 女子にチヤホヤされることでもないし、まして男から醜い欲望の矛先にされることでも、なかった。




(ぼくは……健太に必要とされたかったんだ)



 他の誰でもない、村井健太に必要とされたかった。




(健太に必要とされるのなら、他にはもう何も、いらなかったんだ……。王子様とか、学園での地位とか……どうでもよかったんだ……)



 りょうは追い詰められて、ようやく、答えにたどり着いた。

 そして、自分はいかに愚かだったのかも。



(健太……ごめん。ぼくは……馬鹿だった。一番大切なものは、君だったのに……)



 人からチヤホヤされるようになって、本質を見失っていた。

 人からチヤホヤされて、舞い上がっていたのだ。調子乗っていたのだ。



「さぁて、そろそろぉ、ショータイムと行きますかなぁ?」



 散々自分の趣味で、コスプレ写真を撮らせたあと……。

 夏寿男げすおりょうを、欲望のままに犯そうとする。



「い、いや……」

「あん?」

「いやだ、いやだぁあああああああ!」



 りょうはスク水姿のまま、外に出ようとする。

 もう学園の地位なんてどうでもよかったのだ。



 今はただ。

 健太に謝りたかった。



 自分にとって一番大切な存在を、ないがしろにしてしまったこと。

 自分にとって健太が大切なのに、その大切な存在に酷いことをしてしまったこと。



 健太に会いたい。

 あって謝りたい。誠意ある謝罪をしたい。



 ……でも、ここで夏寿男げすおに抱かれたら、誠意もクソもあったものではない。



 もう四天女よんてんにょなんて呼ばれなくてイイ。

 もう学園で誰からも王子様ってチヤホヤされなくていい。



 ……自分の核に当たる存在。

 健太に、ちゃんと謝って、今までのこと全部謝罪して。



 そしてまた……彼の側にいたい。

 許してもらえなくていいから、好きになってもらえなくてイイから。



 彼にごめんと謝って……。

 彼と、和解したい。



 がちゃんっ!



「な、なんで!? なんで開かないのぉ!」



 りょうは必死になってラブホのドアを開けようとする。

 だが鍵がかかっていた。



「げへへ……ラブホの扉はなぁ、オートロックなんだよぉ」

「そ、そんな……」



 夏寿男げすおりょうを床に押しつぶす。

 その目には気持ち悪い、黒い欲望の色があった……。



「いいぞぉ、なぎさぁ。わしは嫌がる女を落とす展開が大好きでなぁ……ひひひ!」

「いやぁあ! いやぁあ! 助けてぇ! 助けて健太ぁあああああああああ!」



 ……しかしいくら泣き叫んでも、健太は側に居ない。

 当然だ、自分が傷つけてしまったのだから。



 自分が馬鹿なせいで、健太を無意識に傷つけていた。

 自分が何を求めていたのかも忘れて、健太をないがしろにした……。



(これは……その罰なのかな……)



「ぐふっ、さぁって……このままここで……」



 と、そのときだった。

 ドンドンドンドンドン!!!!!!!!!!!!!!!



「ちっ! なんだぁ!? 人が楽しくやろうとしてるのに……!」




 ガチャッ……!



「はーい、どうもおまわりさんでーす」



 そこに居たのは、白髪の刑事……。


 

「あ……さっきの、刑事さん……」



 贄川にえかわ刑事が、そこにいた。


「け、刑事だぁ!?」

「そ、正真正銘の刑事さんですよっと」



 懐から手帳を取り出す。

【公安部公安局 贄川にえかわ 無一郎むいちろう




「げえええ! ほ、ほんものぉ!?」

「うん。ま、とりあえず……ボールを相手のゴールに、しゅぅうううと!」



 ばきぃ!



「ぐぇえええええええええええ!」



 贄川にえかわ刑事に蹴飛ばされて、夏寿男げすおはぶっ飛ばされる。



「き、貴様ぁ……警察のくせに、民間人に暴力を振るうだとぉお……?」

「民間人だぁ? ふざけろ。若者の未来を無理矢理奪おうとする悪党の分際で」




 贄川にえかわ刑事が靴のママ中に入っていく。

 りょうはぽかんとしていた。



「どうして、刑事さんが、ここに……?」

「そこの【彼】が通報してきたんだよ」

「彼……? あ!」



 ドアの入口には、彼がいた。



「健太……!!!!!!」

「…………りょう



 村井健太が、そこにはいた。

 彼は身に付けていた上着を、りょうにかぶせる。



「どうして、なんで……?」



 どうしてここがわかったのか。

 どうして、自分を助けに来てくれたのか。



 そういう意味を込めて、どうして、といった。

 でも健太は言う。



「ごめん。僕も、言い過ぎた。僕も警察に通報は、やりすぎた。ごめん」



 りょうは……安堵の涙を流した。

 そして言う。



「ごめん、ごめんよぉお……ぼくも、ごめん。いや、ぼくのほうこそごめん。本当に、本当に愚かだった……君が、なにより大事だった。ごめん、ごめんねええ……うわぁああああああああああああああああああん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る