第18話 後輩女子ちゃんと遭遇



《健太Side》



 りょうにハッキリ嫌いと告げた日。

 僕は姫子と夕ご飯を食べたあと、リビングでまったりしていた。



 食後、姫子が唐突に言う。



「……ちょっと1階まで買い物行ってくる」

「ん? どうしたの?」

「……洗剤を切らせちゃってて」

「あ、そうなんだ」



 洗剤切らしたって……姫子んちのじゃなくて、うちの洗剤がなくなってるってことなんだよね……。

 なんかナチュラルに、姫子にうちのこと全部やってもらってて、申し訳ない……。



「そうだ。僕行ってくるよ」

「……え、い、いいよ。私が」

「ううん。姫子にはいろんなことやってもらってるからさ。買い物くらい僕が行ってくるよ。それに、僕んちの洗剤が切れてるのに、姫子に頼むのはよくないかなって」



 それに夜女の子をひとり、外に買い物に行かせるのって、危ないしね。



「…………」



 姫子が顔を手で押さえてうつむ。

 え、な、なんだろ……?



「……村井君、優しすぎる。夜、女の子をひとりで外に行かせたら危ないからって、自分から行ってくれるなんて、かっっこいい……素敵……」



 あ、あれそこの部分言ってないんだけど……。

 読心術師なの、姫子って……?



 たまにまあ僕の心を除いたんじゃあないかってくらい、ドンピシャで欲しいものや言葉くれるけどさ。



「……じゃあ、お願いしてもいい?」

「もちろん! ついでに他に何か欲しいものある?」

「……村井君の心♡」

「そ、そっか……心臓を捧げることはできないかな」

「……そういう意味じゃあないのに」



 いや、まあ……わかってるけどさ。

 僕はドアを開けて外に出る。



 エレベーターを待ちながら、ふと殺気のことを考えていた。

 涼が姫子に食ってかかってきた。



 怯える姫子を見て、僕は守らないと、という使命感にかられていた。

 今までにはなかった感覚だ。



 女の子を、姫子を、守りたい。

 そう思うのは果たして……。



 ぽん……とエレベーターが来たので、僕は1階へと降り立つ。

 目的はこのマンションの1階にある、ショッピングセンターだ。



 ここにはたくさんのお店が入ってる。 ドラッグストアもあったはずだ。そこで洗剤を買おう。



 エレベーターが到着し、ホールを出ようとして……。



「あ、あの人って……確か……」



 エレベーターホールの前に、ひとりの、小柄な女の子がいた。

 アルピコ学園の女子制服に身を包んでいる。



 結構小さい。140……130センチ代かも。

 ショートカットで、カチューシャをしてる。



「どこかで見覚えが……あ」



 ……あのカチューシャと髪型に、見覚えがあった。 

 そうだ……。



「涼とキスしてた……部活の後輩の子!」



 そうだ。

 確か剣道部の女子マネージャー……。



「…………」



 涼とキスしていた後輩女子。

 涼は、あの子に無理矢理キスされたとか言っていた。



 それが本当なら、僕から恋人を奪った、とんでもない女だ。

 ……でも涼の言葉が本当かどうかはわからない。



 僕はあの後輩女子とどう関わっていけばいいだろうか。

 ……まあ、関わらない方が無難か。



 涼の言っていたことが嘘だろうと真実だろうと、僕にはもう関係ないこと。

 自分から首を突っ込む必要も、ない。



 ということで、僕は後輩女子ちゃんをスルーすることにきめて、通り過ぎようとした……



「村井せんぱい! 村井せんぱいですよね!?」



 後輩女子ちゃんが、僕に気づいて、全速力で近づいてきた。

 な、なんだ……? どうして僕に関わろうとするんだろう……?



「村井先輩、初めまして! 白糸滝しらいとたき 黒絵くろえと申します!」

「う、うん……初めまして、白糸滝しらいとたき、さん」



 な、なんで関わってくるんだ……?

 もし涼が言ってるとおりの子(強引にキスしてきた)なら、僕のこと嫌いのはずじゃない……?



 だって、この子視点で僕は、思い人と付き合ってる邪魔な男なわけだし……。

 わざわざ僕に何のようだろう……?



「突然すみません。あたし、涼せんぱいのことで、ちょっと村井せんぱいに謝りたいことがありまして……」

「僕に……謝りたいこと?」



 てか、涼のこと涼せんぱいって言うんだ、この子。

 後輩なのに。やっぱり特別な間柄なのかな……。



「あの! 村井せんぱい! ごめんなさい! 涼せんぱいと付き合ってるって知らずに、キスしちゃって、すみませんでした!」



 ……?

 あれ……?


 

 今この子なんて……?



「涼と僕が付き合ってるって、知らなかったの、白糸滝しらいとたきさん?」

「はい……すみません。噂では聞いてたんですけど、まさか……と思って」



 ……そうか。

 この子は知らなかったのか。



 まあ、四天女よんてんにょの涼と、一般モブの僕が、付き合ってるって、不通は信じられないよね……。



「うわさレベルだったとはいえ、一ミリでもその可能性があるのに……りょうせんぱいに近づいて、キスまでして……ごめんなさい」

「…………」



 今更謝られても感は正直ある。

 でも……僕はそれより、他のことが気になっていた。



「ねえ。白糸滝しらいとたきさん。君の発言だと、涼は君に、言ってなかったの? 僕と付き合ってるって」

「は、はいっ」

「…………そっか」



 いや、言えよ。

 なんで、付き合ってるカレシがいるから、デートは無理とか言わないんだよ。


 

 キスは無理とか……いやもう、いいや。涼のことなんて、もうどうでもいいし。



「村井せんぱいに酷いことしちゃったから、謝りたくて……」

「もういいよ、白糸滝しらいとたきさん。もう終わったことだし」

「え? 終わったって……?」



 どうやら僕と涼が破局したことは知らないみたいだ。

 涼経由で聞いたことなかったのかな?



 ああ、そういえば涼は学校と部活休んでたんだっけ……。

 知る機会がなかったのかな。



 いやでも、ラインとかで会話してないのかな。

 してるよなぁ。でもじゃあそのときに、なんで別れたって言わなかったんだろ。



 僕と別れたんだから、どーぞ君に好意をむける女子と、幸せにいちゃこらすればいいのに。

 まあ、それはさておきだ。



 僕にとってもう涼は過去の存在だ。

 別に、言っても良いか。



 それに、別れたことを告げた方が、この子のためにもなるだろうしね。

 涼と付き合いたがってるだろうから、この子。



「涼と僕はもう別れたよ」

「わ、別れた……? どうして……?」



 君とキスしてたからだよ……っていうのはなぁ。

 もしこの子が、僕と涼が付き合ってることを知ってたうえで、デートしてキスまでしてたら、悪口の一つでも言ってやろうと思ったけど。



 でもこの子は少なくとも、あのキスの夜の時点では、涼にカレシが射ることを知らなかったわけだ。

 そんな子に、さすがにおまえのせいで別れたー、っていうのはちょっと可哀想に思えた。



「価値観の相違……かな」

「は、はあ……」

「まあ、そういうわけだから。白糸滝しらいとたきさんは気にせず、涼と付き合ってもいいと思うよ。じゃあね」



 僕はその場をあとにしようとして……。



「あ、あの! 一つ聞いてもイイですか?」

「ん? なに?」



 白糸滝しらいとたきさんは僕に尋ねてくる。



「今日……りょうせんぱいって、おうちに帰ってきてるでしょうか?」

「涼……? いや、知らない」

「知らない? 幼なじみなのに?」

「うん。もう彼女とはプライベートでの付き合いないし、したくないから」



 ……警察から、さすがに帰ってきてるだろう。

 何時間も経ってるし。



 たぶん【あの人】が向かえに来てるんじゃあないかな?

 昔からあの人、ちょっと涼にきつかったけど……。



 さすがに、実の娘がってなれば、さすがに来るよね、会社から。



「む、村井せんぱい。あ、あの……こんなことお願いするの、とても厚かましいとは思うんですけど……」

「なに? お願いって」

「その……マンションに入れてもらえないですか? 涼せんぱいの部屋、インターホンならしても全然出てこなくて……」



 うちのマンションは、結構セキュリティがしっかりしている。

 部屋の人が許可しないと、エレベーターホールに行けない。



「いやインターホンならしても出ないんだったら、まだ帰ってきてないんじゃあないの?」

「はい……でも、万一って可能性が……」



 ……正直、そこまでやってあげる義理なんてどこにもなかった。

 ……でも、涼が警察に連れてかれたのは、僕が通報したからってのも、あるし。


 そのせいで白糸滝しらいとたきさんに心配かけちゃってるっていうんだったら、間接的に、僕が彼女を困らせてるってことだ。

 ……仕方ない。



「わかった。いいよ、白糸滝しらいとたきさん。君を部屋の前まで連れてく。でもそれだけ。連れてくだけだから」

「は、はい! ありがとうございます!」

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